《第66話》夜に咲く花 その1
再び連載回に…
「一人も三人も変わらないから、浴衣着ましょうよ」
奈々美の押しに負けて浴衣を着ることになったのだが、その理由は簡単だ。
花火大会があるからだ。
毎年行われていることは知っていたが、下手なお客に巻き込まれないために毎年その日はお休みにしている。
なぜならカフェ前にある公園が通路と化し、大勢の人でごった返すのである。
駐車場にはテープを張り巡らせ、チェーンもかけて、しっかりと戸締りをし、カフェに1日こもって過ごすのだ。何かあったらすぐ飛び出せるようにするためである。
だが今は住居が上にあるので部屋でじぃっと過ごせば問題ないだろう。以前はそんな場所がなかったため、厨房奥にある小さな休憩室に毛布を持ち込み、椅子を並べて寝転び過ごしていた。
思い返せば子供の頃は花火を見に行ったことも記憶にあるが、両親がいなくなってからはそんな風に過ごしたことはなかった。
奈々美と優がカフェに来たその日も、莉子は花火大会に向けて準備を整えていた。
カフェの横にチェーンに黄色いテーブ、コーンも用意し、他に不足はないかのチェックをしていたのだ。
二人に声をかけられ、久しぶりだねなどと言いながら一緒にカフェに戻ると、二人はカウンターへ、莉子はカウンターの奥へと体を滑り込ませる。
「花火大会のために鎖を用意するって大変だね」
優は言うが、
「これしとかないと無断駐車でひどいんだよね」莉子は肩を落としながら二人が注文したコーヒーセットを準備していく。
「ね、莉子さんも花火大会行かない?」
奈々美の急な申し出に驚き、視線をコーヒーから外すが、
「巧の会社、あの花火大会に協賛してるのもあって、会社だけの観覧席を作って、毎年関係会社におもてなしをしてるんだって。私も呼ばれるんだけど、私一人で行っても巧は接待で忙しいだろうしつまらないからって断ってたんだけど、今年は優もいるし、莉子さんも一緒なら三人で花火が見れて楽しいかなぁって」
「それいいね!」
優もノリノリであるのだが、莉子は渋い顔だ。
渋い顔のまま皿にケーキを盛り付け、コーヒーと一緒に二人に出すが、
「私、そういうの向いてないと思うんだ」
「接客してるのに!?」
優が驚くのも無理はない。
「きっと海外の人も多いんでしょ?
二人は英語とかできるんだろうけど、私そういうの全くダメだし」
あまりの落ち込みように二人が驚くほどだ。
「意外と莉子さんって人見知りなの?」
「……うん」
ホーム戦は来るもの拒まず問題ないのだが、アウェイ戦はどうしてもいつものポテンシャルを発揮できないのである。
「大丈夫。私と優、ずっととなりにいますから。
たまには花火大会、楽しみましょうよ」
「そうだよ、莉子さん」
そんな流れから逆らえない雰囲気になり、しかも浴衣まで着て行こうというのだから大変な事態である。
確かにカフェで着替えて歩いて行くのはそれほどの距離ではないので都合がいいのもある。
家から着替えてここまで来るとすると、浴衣姿で電車を乗り継ぎ、さらに駅からここまで歩かなければならない。私服でこのルートは簡単でも浴衣であると着崩れする可能性も高くなり、さらに浴衣はそれほど涼しい格好ではない。それであるならギリギリまで涼しい格好でいた方が花火大会も楽しめるというものだ。
莉子は浴衣浴衣と思考を巡らし、買わなきゃダメかと諦めかけた時、ふと母を思い出した。
ごそごそとクローゼットの奥を漁り出てきたのは、母が生前着ていた浴衣だ。
白地に青い大ぶりのボタンがあしらわれている。
大人っぽい浴衣だがどの年代が着てもシックで落ち着いた雰囲気の浴衣だろう。
藍色の帯と下駄もなんとか見つけ、準備を整えるが、本当に大丈夫だろうか……
昨日の夕方から駐車場にはチェーンをかけ、黄色いテープも貼り付け、さらにコーンも置いてこれで準備は整った。翌朝、カフェの扉に張り紙を出すついでに外に出てみるが、いたずらされた形跡はないのでとりあえず安心する。だが本格的に動くのは今日の夕方からだ。改めて緩みがないか確認をして部屋へと戻り、午後一浴衣の着付けにくる二人のために、部屋の掃除を再開した。
13時ぴったりに二人は浴衣を風呂敷に包み現れたが、さらに巧と瑞樹もいるではないか。
どうやら巧の車で移動してきたようだ。
その巧だが、
「莉子さん、悪いんだけど車停めさせてくれない?」申し訳なさそうに言ってくる。
「構わないけど。巧くんレベルなら会場近くに止めれるんじゃないの?」
「接待の人が優先で俺たちは無理」
話しながらチェーンを外しているところに、もう一台、車が現れた。
「莉子、停めていいだろ?」
三井である。
「帰りに客を送らなければならなくなってしまって……急で申し訳ない」
小さく頭を下げるのは連藤だ。
どうして三井という男は、こう頭を下げられないのだろう。
とは思うが、四人揃って浴衣姿とは圧巻である。
「色男が全員浴衣って見栄えがいいですねぇ」
莉子がチェーンを掛け直して言うと、
「莉子さんもあとから浴衣で来るんだろ?」
言いながら微笑む連藤に莉子は照れくさそうに
「そうなりますね」返事を返すが、「みんな浴衣着れるの?」一つの疑問をぶつけてみた。
「俺が着付けてる」
涼しい顔で言ったのは三井である。
「へ? 三井さん、着付けれるの?」
「浴衣ぐらいはな」
「三井はこう見えても、いいとこの坊ちゃんだからな」
「言うな、連藤!」
「人って見かけによらないんだねぇ」
へぇと興味なさげに莉子は頷き、先に準備があるという四人を見送るが、一旦連藤が戻ってきた。
「あの、莉子さん、」
「なんですか?」
「俺も接待ばかりじゃない。
会場に着いたら声をかけてくれ。
よかったら一緒に歩きたい」
莉子が答える間もなく、一瞬手を握るとするりと抜き取り、すぐさま三井たちの方へと戻っていった。
「やっぱ、オトナだねぇ、連藤さん」
言いながら肘でつつくのは優である。
「さ、男性陣も出来上がってるので、こちらも準備しますか!」
奈々美が二人の背を押していく。
今年の夏が、始まる気がした───
つづくよー





