《第61話》暑い日こそ
巧くん、来店
連日続く暑い日に、なるだけ涼しいものをと思うものだが、何故か巧のリクエストは、
「ホワイトシチューが食べたい!」
だった。
ランチを食べに来たのはいいが、夕飯もリクエストをしていく強者は巧ぐらいだろうか。
いや瑞樹も同じか。
久しぶりに時間ができたらしく、今日はここで夕食が食べれると満面に笑顔を散らす彼を見たら、応えなければならないだろう。
とっておき、とまではいかないが、そこそこ美味しいクリームシチューを作ろうではないか!
莉子はひと肌脱ぐ気持ちで腕をまくり、準備に取り掛かった。
まずは玉ねぎのスライスである。中位の玉ねぎしかないので、2玉ほど使うことにしよう。
そして鶏の胸肉をそぎ切りにし、薄く塩胡椒をしておき、あとは牛乳を使う分を計量カップに注ぎ、常温にするために放置しておく。
では早速取り掛かるとしよう。
深めの鍋に多めにバターを入れ、玉ねぎを炒めていく。
色が変わらないようにしっかりと炒めたあと、鶏肉も入れ、表面の色が変わるまで炒め、コンソメの顆粒も加えていく。
肉が白くなったところで火をとめ、この中に小麦粉を入れるのだ。
だいたい大さじ6杯程度だろうか。
火を入れないまま、粉っぽさがなくなるまで混ぜていき、それから火をつけるのがポイントだ。
ある程度炒めたら牛乳を少しずつ加えていく。玉ねぎや胸肉についたホワイトルーを溶かす要領だ。
とろ火にし、火を加えていくことでだんだんととろみがついてくる。牛乳を入れ切り、少し煮立たせ様子を見てみる。
「やっぱちょっとゆるいかな」
ここで登場するのは、顆粒のシチューの素である。
大変便利な白い粉だ。
適宜に加えてやるだけで、とろみがつくのと味に深みも出るのだから素晴らしい。
好みのとろみになったら、コクのあるチーズを加える。これが隠し味だ。
シチューの風味にチーズのコクが合わさり、グッとワンランク上のシチューに進化するのである。
これに茹でたブロッコリーとソテーしたキノコを添えれば出来上がりだ。
あとはサラダとガーリックトーストがあれば満足していただけるだろうか……
準備もそこそこ出来上がったところで、
「莉子さん、ただいま」
巧の登場である。
「おかえり、巧くん。
先に1杯、何か飲む?」
「今日はビールもらってもいい?」
「はい。したら合わせておつまみも出すね」
カウンターに腰を下ろすと上着をおもむろに脱ぎ、ネクタイを外すと、栓を抜いた瓶ビールに巧は直接口をつけ、一気に飲み込んだ。
「……っあぁ、うまい…」
今日はポテトチップスの日である。
さくさくと音を立てながら、さらにビールで流し込んだ。
「莉子さん、やっぱり美味しいわ、ビール」
「夏はいいよね」
巧はシャツの袖をまくりながら、
「じゃ、次は白のグラスとシチューが食べたいんだけど」
「かしこまりました」
莉子は先ほど用意したサラダを差し出し、ガーリックトーストをオーブントースターへ入れた。
シチューも火にかけ数分。
オーブントースターがチンと音を鳴らす。
それに合わせてシチューも火を止めて、深めのボウル型のスープ皿にシチューを入れ、ブロッコリーとキノコのソテーも添える。さらにガーリックトーストを木の皿に乗せて、巧のもとへ運んでいく。
白い湯気がたちのぼる皿を眺めて、巧の瞳がキラキラと明かりが増したのがわかった。
「そんなに楽しみだったの?」
「たりまえじゃん!
じゃなかったらリクエストしないって」
言い終わるやいなや、すぐにスプーンを取り上げ、
「いただきます」食べ始めた。
汗をかきながら、湯気をスプーンから払い、口に含むたびに幸せそうに目を細めている。
がっつく姿も綺麗な男子はなかなかいないだろう。
莉子は眺めながら自分にもシチューをよそい、食べてみるが、やはり暑い。
エアコンが効いている店内でも、暑い。
汗を拭きながら食べるが、だが体の芯は冷えていたようだ。
お腹が温まっているのがわかる。
「暑い日にあったかいものもいいね」
「でしょ?
俺、大好きなんだよね、そういうの。
特に莉子さんのシチューってマジうまいから食べたくなるんだ」
おかわり! 彼の声とともに差し出された器にさらにシチューを盛り付け渡した。
2杯目はパンを浸し食べるようだ。
サラダも食べきり、パンも追加してようやくと彼の胃は落ち着いたようである。
ワインを飲み干し、一息つくと、
「莉子さん、もう少ししたらコーヒーとアイス食べたい」
「わかったよ」
莉子は空いたテーブルの片付けをしながら返事し、カウンターに戻ると準備を始めるが、
「コーヒーできるまで何か飲む?」
「水でいいや」
「そ」
コーヒーを挽いていく。缶の蓋を開けたときの香りも格別だが、こうして挽いたばかりの香りも一段といい。香ばしさと甘みが漂ってくる。
「莉子さん、」
「なに?」
「今日はありがと」
「え?
いいえ、久々に巧くんの顔見れてよかったよ」
「俺も莉子さんの料理食えてよかった」
そう言った巧の声が詰まっている。
ふと見上げると、巧の顔は真剣な表情だ。
「なんかあったの……?」
コーヒーとアイスを差し出すと、巧はコーヒーを一口すすり、言った。
「しばらく戻れないんだ」
「……え?」
莉子と巧の視線がぶつかった。
莉子はもう一度、巧に言った。
「戻らないの?」
「うん、しばらく」
「そっか」
莉子はそう返事をし、厨房内の椅子にちょこんと腰を下ろした。
気の抜けたような、そんな雰囲気だ。
「でも、俺帰ってくるから」
「うん、いつでも待ってるよ」
莉子もコーヒーをすすり、
「で、いつ帰ってくるの?」
「2週間後」
「……ん?」
「2週間だけど?」
「……2週間?」
「2週間」
「……2週間でなんでそんなに深刻なってるの!?」
莉子は食器をひっくり返す勢いで言い返すと、
「だってこういう暑い日がそんなになくなるじゃん!
暑い日に食べたいものベスト1はホワイトシチューなんだけど、
次に、グラタン、ラザニアがあって、それも頼みたいじゃん。
でも2週間もいなくなったら、暑い日も少なくなるし、俺の楽しみが……」
巧は一度頭を抱えたが、すぐに持ち直すと、
「だから2週間後帰ってくるとき、また連絡するけど、そのときはグラタン、お願い!」
可愛くウインクされたなら、断ることは許されないだろう。
「……仕方ないなぁ…」
ほだされる莉子だった。





