《第60話》水も滴る…
「莉子さん、すまん」
そうチャイム越しに言われたが、なんのことだか理解できずに階段を莉子は降りていく。
扉を開けるとびしょ濡れの連藤がそこにいた。
「夕立に当たった……」
いや、夕立のレベルじゃない。
ゲリラ豪雨の方だ。
「お風呂、すぐ入れるから入って」
今日はフランスの惣菜屋で簡単なものを買って、手軽なワインをゆっくり飲もうと決めた日だった。
仕事帰りの連藤に買い出しを頼み、毎日暑い日が続いているので、お風呂につかってもらえればとお湯をはっておいたのが功を奏すとは。
連藤から渡された惣菜を莉子は冷蔵庫にしまい、常温で大丈夫なものはテーブルに素早く出して簡単に準備を整えながら、
「今日連藤さん来たら、
ご飯にする?
お風呂にする?
それとも、わ・た・し?
って、やろうかと思ったんだけど、無理だね」
タオルをかぶり顔を拭く連藤のジャケットを受け取りハンガーにかけ、さらにベスト、シャツと預かっていく。
「莉子さん、まずはお風呂になったが、
もし、莉子さんがいいって言ったらどうしたんだ?」
肌着に手をかけた連藤があまりに真面目に言うので、莉子は黙ってお風呂場へと背を押した。
脱衣所まで案内をし、さらに背を押してみるが、
「まだ下を脱いでないし、浴室の状況がわからないので、教えて欲しい」
「したらさっさと脱いでタオル巻いて」
莉子は背を向いてタオルを突き出した。
「俺は目が見えないんだが」
「いいから!
声の方で場所わかるでしょ?」
莉子が連藤の方を見ないで話しているのがよくわかる。声がこちらに向いていない。
連藤は言われた通りに服を脱ぐと、タオルを莉子から受け取り、腰に巻いた。
音で莉子も判断し、大丈夫と思ったのか連藤の方へ振り返った。
「連藤さん、濡れたズボンもハンガーにかけておけばいい?
Tシャツとスウェットは前、置いていったから、それ出しとくね」
浴室の扉を開けて押し込んで見るが、連藤は立ち尽くしたままだ。
「……莉子さん、」
「はい」
「わからない」
「……はい?」
莉子は連藤の手を引きながら、
「シャワーは大丈夫で、浴室は難しいってどういうこと?」
「シャワーはお湯が流れていくが、浴槽は貯まっているだろ?
危険だと思わないか?」
からかわれてると思いながらも、莉子は心を平常心にし、タオルの奥が何かを意識しないように連藤を浴室の椅子に腰を掛けさせた。
そして右手をつかみ、
「こっちが浴槽」
次に左手をつかみ、
「こっちが洗い台。あと、桶」
さらに右手を今度はシャワーの場所へと移動し、
「これがシャワーで、その下に右からシャンプー、リンス、ボディソープになってるよ」
左手を台につけてから、そのすぐ上にある洗顔を手に握らせた。
「これが洗顔ね。好きに使ってください」
立ち上がろうとした時、
「先に、温まりたいんだが」
「入っていいですよ?」
「お湯の深さがわからないから手を貸して欲しい」
「はぁ」
莉子はしぶしぶと連藤を立たせると、自分の肩に手をかけさせ、浴槽へと静かに足を下ろさせた。
からかわれていると思っていたが、昔、風呂場で痛い目にあっていたのだろうか。
あまりに慎重だ。
するりと伸びていく白い足だが、お湯に一瞬ついてからさらに探るようにお湯に足を沈めていく。
浴槽の底に足が着くと、ホッとしたのかそのままもう片方の足も入れ、連藤は身体を浸しはじめた。
肩まで浸かったのを見届けて、
「これでだ」莉子の声が途切れた。
大きなしぶきがあがり、そこには服を着たまま湯に浸かる莉子がいる。
Tシャツに部屋着用の短いルームパンツの姿ではあるが、こんなつもりはなかった。
「ちょっと連藤さんっ」
莉子は怒鳴るが、連藤は笑ったままだ。
「莉子さんも温まったらいい」
「服のまま入れますか!」
「なら脱がしてあげようか」
そう言いながら連藤が迫ってくる。
莉子はそれを払いのけ、
「しっかりあったまってくださいね!」
足を踏み鳴らしながら、莉子は浴室から出ていった。
続きがムーンにあるけど、パラレルだよww





