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café「R」〜料理とワインと、ちょっぴり恋愛!?〜  作者: 木村色吹 @yolu
第2章 café「R」〜カフェから巡る四季〜

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《第57話》莉子の恩返し

連藤さん家にて

「今年はどうかしてる」


 こんなフレーズは意外と毎年聞くものだ。

 去年はこれほど暑くなかっただの、もう少し雨が多かっただの、毎年のように議論されるが、どれも正しく、どれも間違っている内容だ。

 莉子はカウンター先でこのやり取りを毎日聞きながら、今年の天気情報をしっかり手に入れると、同じ話題がでてきたらそれとなく今年の情報を流してみるという、なんともお節介なことをしている。

 そんな夏日が続く毎日で体調が崩れてしまうのは致し方ないことである。

 冷房の部屋から外に出て、また冷房の部屋へ。さらに外に出て冷房の……

 これだけで気温の変化に体調が崩れるのは言うまでもない。

 莉子自身もカフェの中は寒いぐらいに冷やしているため、自室は窓を開けての扇風機で過ごしている。

 寝室はさすがに冷房をつけなければやっていけないが、冷房の部屋に居続けると頭痛がしてくるのだ。

 そんな気温が続く中で体調をガタッと崩したのは、連藤である。

 部長代理となってから、やはり精神的に疲労が溜まっていることもあり、彼の完璧な食事をもってしても、体調を維持することは難しかったようだ。

 これは出番とばかりに、本日は連藤の家へ出張である。


 しかし、久々の自転車だ。

 リュックに2人分の野菜を詰め込み、出汁の素を用意。

 お肉は冷凍をしてあるので、ちょうど溶けていい具合になるかもしれない。

 

 背負って走り出してみると、風をきってはいるが、ぬるい湯気の立ち込めた空気の中を泳いでいる気分だ。

 暑いっ!

 莉子は口だけそう言い、急いで家へと向かった。


 相変わらず緊張しながらの訪問だが、なんとか彼の部屋までたどり着けた。

 部屋に入るが、マスクをした連藤がいる。


「莉子さん、すまない。

 お店も休んだんだろ?」


「気にしないでください。風邪ひいたときのお返しですよ」


 言い終わるやいなや、莉子からくしゃみが飛び出した。


「莉子さんも風邪か?

 ここまでくる間にすっかり汗をかいたんじゃないのか?」


「そのようですね。

 あの、5分でシャワー入ってくるんで、それから食事でも大丈夫ですか?」


 腕時計を見ると現在18時30分。

 遅くても19時30分には食べれるはずだ。


「全く問題ない。

 着替えは?」


「リュックに詰めてきました!」


 同じ轍は踏まないのだ。

 莉子はにやりと笑って見るが、連藤はなんとなく寂しげな表情だ。

 だが莉子は気にせずに、


「シャワー借りますね」


 そそくさとシャワーを浴びに駆けて行った。



 カラスの行水と言えるほどの素早さでシャワーから上がってくると、冷蔵庫に一旦しまっていた食材を取り出しはじめた。

 そこに並んだ野菜は、大根、人参、胡瓜、生姜、茗荷、葱をそれぞれ千切りにしたものと豆苗のざく切り、あとはくし切りにされたライムがあり、さらにお肉はしゃぶしゃぶ用の豚肉がたんまりとある。また和風のスープストックも持参されており、一体、どんな料理になるのかと思っていると、


「豚しゃぶをします。

 これ、テレビでやってて、試したらおいしかったし、風邪のときにもちょうどいいと思って」


 テーブルに早速と鍋を準備し、和風出汁のストックを温めていく。

 そこに薄口醤油、みりん、酒を加え一煮立ちさせたら、準備は万端である。


「さ、連藤さん、いっぱいは難しいけど、たくさん食べてくださいね」


 莉子がお肉をしゃぶしゃぶとし、そこに千切り野菜を乗せていく。そこに熱いだし汁をかけたら出来上がりだ。

 味が足りなければぽん酢を足すようにと言い足して、連藤に大ぶりのお椀を渡した。


「では、いただきます」


 だし汁を口に含むと、野菜の旨味が感じられる。千切りにしたおかげだろう。茗荷と生姜のしゃきしゃきとした歯ごたえと爽やかな風味がなんとも食欲をそそってくれる。

 肉も柔らかく、だし汁と一緒に食べていくと身体の芯が温まってくる気がする。


「意外と身体は冷えてたんだな」


「冷房つけ続けてるとそうなりますよね。

 少し、あったかくなってきました?」


「ああ。

 今度は豆苗を多めでおねがいできるだろうか」


「喜んで」


 莉子は連藤から差し出されたお椀を受け取り、さらに肉を湯がき、野菜をのせ、熱い汁をかけてやる。


「一味とかかけてみます?」


「いや、出汁の味がおいしいからそのままで」


 莉子は言われた通りに渡し、自分のぶんには一味を足して頬張った。


「これだと野菜が結構食べれるんですよね。

 でも1人で食べたからあんまり量が食べられなかったんで、今日は連藤さんが一緒なんで結構食べれそう」


 思わず顔をほころばすと、それが見えているわけでもないのに、連藤までも目を細めてくれる。

 この瞬間が莉子はたまらなく好きな瞬間だ。

 鼻歌が出そうなほどに幸せな気分に浸りながら、ゆっくりと鍋が進んでいく。

 特に盛り上がる会話もないが、それでも話したい話題はあって、今日のことから昨日の夜見たネットの話まで、莉子から連藤から声がこぼれてくる。

 会話も弾み、身体も温まったおかげか少し顔色が戻った連藤が、


「シメはなんですか?」


 確かに野菜も少なくなり、肉ももうすぐなくなるところだ。


「シメは、にゅうめんですよ」


 そういうとキッチンへと一度戻り、鍋に火をかけそうめんを茹で始める。茹で上がったそうめんしっかり水で洗った後、水を切り、皿に盛り付けると、テーブルまで運んできた。


「さっきと同じようにお椀にそうめんをいれて、熱い出汁をかけたらシメとなります。

 この出汁に卵を落としたものをかけてもいいし、そのままでもいいし」


「莉子さんは卵の出汁が好きだったよな?

 入れてくれるかな?」


「いいの?」


 言いながらこつんと殻を叩く音が聞こえる。

 すでに用意済みとは、連藤は少しやられた気分になる。

 煮立たせた出汁から豚の灰汁を取り除き、そこに卵を流し入れ、蓋を閉めて30秒ほど待つ。

 これだけでふわふわ卵出汁の出来上がりだ。

 そうめんの上からかけ、残ったネギをふりかければ立派なにゅうめんの出来上がりだ。


「はい、できました」


 莉子が手渡すと、連藤は湯気の香りを嗅いで満足そうに頷いた。


「豚肉の出汁もでて、絶対これは美味しい」


「私もそう思います」


 そういうと、小さく手を合わせ、


「「いただきます」」


 シメの儀式の呪文を唱えた。

 これは2人だけのときの恒例となっている。

 鍋のシメや食後のデザートなど、食事の最後となる料理に敬意を払って、いただきます、と唱えるようになった。

 いつからかはわからないが、改めて美味しいものをいただくときにいう気がする。

 どちらからともなく始めた儀式だが、意外と続いているものだ。


 そんな2人だが、同時に麺を啜りあげた。

 やはり思った通りである。

 出汁は柔らかくも豚の脂でコクがでて、さらに卵の甘みが出汁に溶け込み、これは汁まで食べられるにゅうめんである。

 薬味で入れた葱も風味をだしていて贅沢な味に仕上がった。


「味が深くなって美味しいな」


 連藤の声も笑っている。期待通りの美味しさのせいだろう。


「これなら何杯でも食べれそう」


 とはいいつつも、茹でた2束で充分だった。

 フルーツも用意はしてきたが、すでにお腹がはちきれそうである。

 莉子は満足そうにお腹を撫でながら、


「連藤さんも食欲が少し戻ったようですし、安心しました」


「そうだな。莉子さん、今日はありがとう。

 これから薬を飲んだら、すぐ休むことにする」


「それがいいです。

 片付けは私がしておきますので、ゆっくりしてください」


 言った通りに食器をキッチンに運ぼうと立ち上がったとき、


「莉子さん、ありがとう。

 泊まっていけたらいいのにな……」


 本当に寂しそうな声が連藤から出てきた。

 驚きながらも莉子は連藤の手を取ると、


「寝付くまで一緒にいますよ。

 マスクしてれば大丈夫でしょ?」


 大人になってからの病気は、精神的に弱くするようだ。

 これまでの仕事もあってか、ほとほと疲れていたのかもしれない。

 安心しきった連藤の表情に、逆に不安になる気持ちもあるが、莉子はここでできる自分のことをしようと改めて思う。


「一緒に添い寝してくれてもいいんだが」


「それは断ります」


 きっぱり言い切ると、食器を片付けに莉子はキッチンへと向かっていった。

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