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café「R」〜料理とワインと、ちょっぴり恋愛!?〜  作者: 木村色吹 @yolu
第2章 café「R」〜カフェから巡る四季〜

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《第51話》夢のつづき

「昇進試験はうまくいきましたか?」


 莉子が連藤へと声をかけるが、いや、ああ、など端的な言葉しか返ってこない。

 呼ぶ度にあからさまに顔を伏せて、見えもしないのに手で視線を隠すほどだ。

 となりに腰をかけている三井は、呆れたように息を吐き捨てるだけで、何のヒントも与えてくれない。

 この二人の行動が、どんな意図からのリアクションなのか全く予想できない莉子は、腕を組みながら思いあぐねてみる。

 が、答えに全く行き着かない。

 まず、もし昇進試験がうまくいかなかったのであれば、三井がシャンパン入れてやる、とは言わないだろうし、あんな軽快な会話をしながら来店することはなかっただろう。

 『まさか、自分のことが嫌いに……』とも、浮かんだが、それなら連藤の顔がお酒を飲む前から赤くなることはないだろう。先ほどから名前を呼ぶ度に、赤く耳まで染るのだ。色白な連藤の肌が桜色に染まるのは見ていて面白い。

 ついつい名前を呼んで反応を楽しんでいた莉子だが、いい加減意味がわからないので、


「連藤部長、なんで私の方見てくれないんですか?」


 おちゃらけて言ってみた。

 まさかその言葉が火付けの役割になるとは思ってなかった。

 まさしく、燃えたかのよう。

 一瞬にして頭全体が朱色に染まったのである。


「莉子、まだ連藤、部長代理だから、代理」


「そか」


「で、『連藤部長』は禁句だ」


「なんで」


「……こうなるから」


 指をさされた連藤は身悶えていると言っていいだろう。

 両手で顔を抑え、震えている。

 まるで穢れのない少女が男性の裸を誤って見てしまったときの、恥じらいと興奮を表現しているかのようだ。

 だが背の高い色男がそんなことをして可愛いわけがない。

 むしろ少し引くぐらいだ。いや、少しじゃ済まないかもしれない。

 莉子は軽く頷き、おすそ分けのシャンパンを飲み込んだ。


 やはりシャンパンはいつ飲んでも美味しいお酒だ。

 色はクリアな黄金色で優雅であるし、細かな泡が沸き立つグラスは華やかで、優しい音色が聴こえてくる。舌触りはシルクのようになめらかにすべりおち、あとから沸き立つ香りがフレッシュな葡萄の風味とさわやかな柑橘系のニュアンスが流れてくる。

 本当にこれ以上に美味しい飲み物なんて存在しないんじゃないかと思ってしまう。

 うっとりとシャンパンのグラスを掲げ眺めていたが、連藤はいきなりグラスを掴むと、シャンパンを飲み干した。


「莉子さん、」


「……はい」


「今日、一緒に、過ごしませんか」


「過ごしてますけど……」


「これからの、夜を、一緒に」


「急にどうしたの?」


「自分がおかしくなったのか、確かめたいんだ」


 カウンターのテーブル越しに肩を掴まれ硬直するが、これも意味がわからない。


「もう、今の時点でおかしいよね?」


 助けを求めるように三井を見やると、


「連藤、ちゃんと説明してやれよ。

 莉子なら、わかってくれるんじゃねぇかなぁ?」


 三井は適当な言い方でカマンベールチーズをかじり、シャンパンを飲み込んだ。

 風味がよくあったようで、緩んだが顔が美味しさで引き締まる。


「……一体、何があったの?

 試験となんか、関係あるの?」


 掴む肩をほどき、逆に連藤の肩をさすって座らせ、彼女も椅子を引っ張り出してカウンター越しではあるが椅子に座り込んだ。じっくり話を聞こうじゃないかという姿勢である。

 他に客はというと、いないのだ。

 今日は週のど真ん中のため20時で閉店とし、現在21時。いつもの通り、閉めたあとにメシを喰わせろと来たわけである。


「……その、試験にも関係があるというか、」


「ええ」なかなか言い出せない連藤を支えるように、莉子はすかさず合いの手を入れる。その返事に押されるように「実は……莉子さんを俺が…」言いかけるが、すぐに顔を手で覆ってしまった。どうにも恥ずかしいようだ。大の大人が身悶えるほどの恥ずかしい話とはなんなのだろう。


「三井、頼む…!」必死な連藤の声がする。


「三井さん、頼む」莉子も続いてみた。


 三井は大きく息を吸い込み吐き出した。

 心底、嫌そうな顔である。言うのが面倒なのだろう。


「……端的に言うとだな、

 連藤が莉子を襲った夢を見たそうだ」


 これは面倒だ。

 どーでもいい、っちゃ、どーでもいい。

 夢かよ。莉子は呟き、


「殺したの?」尋ねると、


「じゃない。エッチな方」


 一層、どーでもいい。


 心配の表情だった莉子も無表情になり、三井の話が続くのを待つ。


「最後までは見れなかったらしい。

 それを始めに見たのが3日前だっけか。

 昨日もそれに近い夢を見たらしくてな。

 昇進試験はお飾りの試験だから、ぼーっとしてたって受かるんだが、

 どうしてもその夢が気になるそうだ」


 莉子は返事をする代わりにシャンパンを飲み込んだ。

 よく思うが、連藤は三井になんでも相談をする気がする。

 何気なく話したのかもしれないが、よくこんな夢の話を赤裸々に語れるものだ。


「連藤さんって、三井さんのこと、すごく好きですよね」


 夢が気になるからの、莉子のその言葉に連藤自身が戸惑っているのがわかる。


「いや、なんでも三井さんに話すなぁって」


「俺も連藤には逐一話してるからなぁ。

 例えば新しい3番ちゃんと」


「その話は聞きたくない」


 莉子がかぶせるように会話を切った時、


「莉子さんはおかしいと思うか?」


 少し泣きそうな、困った顔だ。


「なんのこと?

 夢のこと? 三井さんのこと?」


「俺と三井の関係」


「三井さんに彼女がいなくて、私も連藤さんと付き合ってなかったら、

 三井さんと連藤さんがデキてるって思ってもおかしくないと思います」


 はっきり言われたその言葉にさらに頭を抱えると、


「俺が三井に話しすぎるせいで、変な夢を見るのか……?

 そういえば最近、やたらと赤裸々に夜の話を聞かされてたから、それのせいもあるんじゃ……」


「連藤さん、目、見えないから、すっごく想像しちゃうもんね。そりゃ、夢にも見るかも」


「俺のせいかよ!」


 そんな三井に笑いながら、莉子は空気が抜けた風船のようにふにゃりと椅子に腰を下ろし、


「……夢の話でよかったぁ…」ため息と一緒に声をもらした。


「もしかしたら嫌われたんじゃないかって、ちょっとドキドキしてたんだ」


 シャンパンをグラスに注ぎながら莉子が言うと、連藤の頭が勢いよく彼女へむいた。


「嫌ったことなど一度もない。

 俺が不甲斐ないばかりに」


「そんなこといわないでよ、連藤さん」


 素早く連藤の手を彼女が取ると、その手を連藤は頬へと引き寄せる。


「はいはい、ごちそうさま。

 俺、これ飲んだら、5番とこでもいくかなぁ」


 携帯をいじりだした三井を莉子が睨む。


「連藤さん、おいてくの?」


「だって、夜どうするか確かめたいって言ってるしな。

 今日は連藤が代理になったんだぜ?

 お祝いしてやれよ、その洗濯板で」


「身体がガリガリである人への冒涜だぞ、それ!

 だいたい連藤さん、こーなってるときは酔っ払ってるの!

 助けてよ、三井さん」


 握られた手を抜けられないまま、もがくようにあたふためく莉子を見るが、何も言うことなく携帯へと視線を戻す。LINEの会話が続いているようだ。本当においていかれてしまう。

 

「莉子さん、今日は早めに休むというのはどうだろう」


 いつになく積極的な連藤に怯える莉子と、それを笑う三井。

 3人での夜がいつもの通り、笑いながら更けていく。


 こんな夜の過ごし方ができるようになったのも、莉子のおかげだと、三井はこっそり感謝をしているが、口から出る言葉は、


「洗濯板でも連藤の世話ができてよかったな」


 悪口ばかりだ。

 莉子自身もこんな楽しい時間があることを知って感謝をしているが、返す言葉は、


「いつか痴話喧嘩でもぎり取られなきゃいいわね、あなたの小ぃさいキノコ」


 下品な悪口である。


「やっぱり二人は仲がいいな」


 連藤は、通常運転に戻ったようである。



「莉子さん、今日はもう休んではどうだろう」

 いや、酔っている連藤だった。

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