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café「R」〜料理とワインと、ちょっぴり恋愛!?〜  作者: 木村色吹 @yolu
第2章 café「R」〜カフェから巡る四季〜

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《第50話》鮮やかな景色

 今、何時だろう。

 腕時計をかざすと、針は10時を指している。

 その時間に思わずため息がもれてくる。

 目の前の書類は山のままであるし、確認しなければならない報告書も積み上がったまま、コーヒーのカップには年輪のようにフチに輪が描かれ、すっかり冷めてしまっている。

 もう何もかも詰まっている。

 そんな今日なのに同僚の三井は新しい3番とデートと言って定時で上がっていった。

 あいつがいればまだ仕事が捗ったのに───

 そうは思うが、今の時点でこれだけ詰まっているのだ。彼の手がはいったところで締め切りは1日縮むぐらいだろうか。

 ……結構違うか。


 椅子から下に敷いていたクッションを抜き取り、背もたれに当て、身体を反らしていく。

 固まった肩がほぐれる気がして気持ちがいいのだ。

 ほぐし終わったら、コーヒーを入れに行こう。

 さらに腕を大きく伸ばしたとき、入れたてのコーヒーの香りが鼻腔をかすった。

 静かに置かれた紙カップは白く、湯気が舞い、それがいれたてであると教えてくれる。


「連藤部長、お疲れ様です」


 黒い革のヒールにネイビーのスーツが目の端にかかった。

 ゆっくりつま先からなぞっていくと、白シャツの襟を緩めながら立つ、最近入ってきた莉子である。途中入社であるのだが、彼女を引き抜いてきたのは自分だ。


「相変わらずの処理量ですね……

 書類の作成なら手伝いますが」


 思わず笑ってしまう。

 彼女に手伝う余裕などあるはずないからだ。

 こんな時間まで仕事をしているのに何を言うのだろう。


「君に手伝える余裕などないだろ?」


「いえ、まぁ、そうでもないですよ?」


 彼女は笑ってごまかしてくるが、彼女のこの気遣いと優しさがよくて、引き抜いたのは否めない。

 改めてぐるりとオフィスを見回すが、すでに莉子と自分だけになっていたようだ。


「このフロア、私と君の他に、誰かいるか?」


「いえ、もう私達だけみたいですが……」


 莉子はそう言いつつも、「誰か他に残ってるー?」フロアに響く声を上げた。

 彼女の声にエコーがかかっただけで、それ以外に返事はなかった。


「やっぱり、いないみたいですね」


「そうか」


 莉子の手にはファイルが握られている。それを見つめながら、入れてくれたコーヒーを飲み込んだ。


「で、遅くまで残っていたのはそれか?」


「そう、なんです……

 部長、お忙しいのに、ご相談なんて無理ですよね……?」


 おずおずと差し出してきたのは、明日にある会議資料の企画書だ。


「この企画は問題なかったはずだが」


「……それが、あの、崎川チーフに駄目出しくらっちゃいまして。明日プレゼンなんで内容をみていただけたら」


「あいつが? よっぽど君の方がまとまったプレゼンをするし、問題はないと思っている」


「そうは言いましても、こっちとしても納得させたいので」


「なるほど。

 では、ここじゃなんだから、奥の商談室で聞こうか」


「ありがとうございます」頭をぺこんと下げ、泣きそうな笑顔を作る。

 自分は彼女のこの顔が、なぜか唆られる。思わず、喉が鳴った。



 個室の商談室は6畳程度の広さで中央にテーブルと椅子が4脚組まれている。

 扉からすぐの椅子を引き、彼女にすすめ、自分もその横に腰を下ろし、左手を出すと、彼女は素直にその椅子に腰掛け、左手に企画書を渡してきた。

 中身に目を通すが、どこに落ち度があったのだろう。


「崎川から言われた箇所はどこの部分だ?」


「えっと、その付箋がついてるページで……」


 莉子は身体を乗り出し、そのページをめくり、指摘箇所に指をさしてくる。


「……莉子君、君は誘ってるのか?」


 メガネを直しながら視線で教えてやる。

 彼女は慌てて胸元の布をかき集めた。顔を真っ赤に染めながら謝る彼女がまた可愛らしい。

 先ほどシャツのボタンをほどいたせいで、屈み込んだ結果、中が開いて見えてしまったのだ。普通にしていれば問題はなかったが、前屈みになる際は、女性は気にしなければならないだろう。

 耳まで赤い彼女は俯いたまま、すみませんと繰り返している。顔を上げさせるようにそっと顎に指をかけると、ぴくりと肩が震えた。まるで小動物のようだ。


「な、なんですか……?」


「いや、からかってみようと思って」


「はぁ?」


 彼女は不満の声を上げるが、身を固めて見つめるだけだ。


「それだけじゃ、逃げられないぞ?」


 シャツを掴む手を左手で握り、ゆっくり顔を近づけると彼女は身体を仰け反らせた。

 そのまま右手で彼女の内股をさすると、驚いた彼女の脚の力が緩み、すぐに彼女の膝と膝を割るように自分の右膝を滑り込まる。そのまま左足で床を蹴って椅子を押しだした。

 小さな部屋のため、すぐに壁にぶつかり、がつんと揺れた衝撃で顔が一段と近づいた。

 頬と頬が触れそうだ。彼女の白い肌は、頬の血管が浮き出ているのか、薄紅色に染まり、それが鼻先まで続いている。さらに黒髪のショートが少し乱れ、長めの前髪が目にかかりながらもこちらを見つめていた。ただ視線は切れることなく、じっと睨んでいる。


「……どうする気ですか」


「言って欲しいのか?」


 掴んだ手をほどこうと抗うが、それが叶うことはない。

 彼女の手を自分の両手で包むように握ると、怯えた瞳がこちらを向いている。

 それは、泣きそうな、困ったような、そんな表情だ。


「……そんな顔しないでくれ」莉子の耳元で囁くと、身を一瞬よじった。その健気な雰囲気が強気な目線に重なり、自分の首筋が、背筋が、ゆっくりと粟立ってくる。


 もっと、イジメたい……


 思い、つい手を伸ばしたとき、


 ………わぁぁっ!」


 起き上がったが、世界は暗い。

 顔を抑え、目が開いていることを感じると、携帯から時間を確認する。

 3時42分と携帯が言ったことから、午前の時間であるようだ。


「……俺は、欲求不満なのか……?」


 連藤は誰もいない部屋に呟いてみる。

 これからある昇進試験のストレスのなのか、部長にだなんて自分がなっていたり、莉子がまさかの部下になっていたり、目が見えているという設定の夢も久しぶりな気がする。


 あまりに唐突な夢に戸惑いながら、


「どうしたらいいんだろ……

 これは俺の欲求なのか?

 いや、そんなことはない、はず、

 いや、まずない、いや……」


 枕元に置いてあるミネラルウォーターを飲み干し、もう一度ベッドに身体を沈めてみるが、


「なんであんな夢見るんだ……

 ……どうしよう……莉子さんにあんなことしたい願望とか、そんなのが俺にあったりしたら……」


 延々悩み、一人ベッドの上を転がり続ける連藤だった。

続きはムーンにあるよ!

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