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café「R」〜料理とワインと、ちょっぴり恋愛!?〜  作者: 木村色吹 @yolu
第2章 café「R」〜カフェから巡る四季〜

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《第48話》訓練次第でこれからも

連藤さん視点

「連藤さん、この前の料理なんだけど、」


 そう話す莉子を眺めながら、連藤は自分の顔を手で覆ってみる。


 ───笑っている。いや、にやけてる……?


 実は数日前に後輩から言われたことが、連藤の耳から離れなかったからだ。


『連藤先輩、なんか最近、丸くなりましたよね』


 ───後輩から影でサッチャーと呼ばれているのは知っている。

 サッチャーはイギリス初の女性首相であり、鉄の女と呼ばたその人だ。

 あまりに徹底かつ強靭な経済改革を行ったことから鉄の女と呼ばれたのだが、自分についた理由は、人間味に欠けた冷徹さからだろう。

 昔から知る人間にはそれほど差がないように見えているようだが、視力を失ってから出会った人たちは、表情が固く視線もどこを向いているかわからない人間に不安と恐怖を感じるようである。

 さらにそんな大きな欠陥がある人間から仕事のダメ出しをされるのは、若手のプライドを傷つける要因になるらしい。

 気づかれないだろうあだ名で呼び、人の些細な失敗を槍玉に挙げて、揚げ足を取りながら笑うことで優越感を得ながら業務へのモチベーションへと変えているのである。


 実にくだらない優越感だが、ヘレンと呼ばれないだけマシだったのかもしれない。


 そのあだ名で呼ぶことでモチベーションが維持できるならと、知りつつ何もアクションを起こさないまま仕事をこなしてきたが、彼女に出会ったことで表情筋が鍛えられたようだ。

 難しい顔の時でも柔和な雰囲気をかもしだすことができるようになったらしい。


「連藤さん、顔、ペタペタするの?

 拭くシートあげようか?」


「いや、

 なぁ、莉子さん、」


「なぁに?」


「莉子さんは俺のこと、最初、怖くなかったのか?」


 彼女の動きが止まったのがわかる。

 何か考え事をしているからだ。


「怖くなかったかと言われると、怖かったかなぁ」


 ───やっぱり。声には出さず、妙な納得をしてしまう。


「だって連藤さん、目が見えないでしょ?

 心配なことが多いだろうから、気を張ってるだろうなって思って。

 そういうのってこっち怖く感じない?

 緊張するっていうか」


 そうか。

 自分が、気を張っていたのか───

 

 自分が緊張しているから、相手も緊張する。

 自分が冷徹だから、相手も情を消す───


「でもね、連藤さんさ、ビーフシチュー持って行った時、すっごくいい顔したの。

 美味しいだけじゃなくて、この料理に興味あるって顔。

 あー料理好きな人なんだなーって思ったら怖くなくなったなぁ。

 だから、本当の最初は怖かったけど、そのあとは全然、普通だよ?」


 なんでそんなこと聞くの? 彼女が尋ねてくるが、連藤はその質問ははぐらかした。

 痛い現実を突き詰められた気分だ。

 そう、自分が原因だとはわかっていた。

 だが、それは自分が原因というだけで、結果を作ってきたのは相手だと思い込んでいた。


 違う。

 原因も結果も自分で作り上げていたとは。


 目が見えないながらも仕事ができる自分を、それは素晴らしいものと思い込み、

 

 そう、卑しめていたのだ。


 相手を軽視することで、自分のプライドを保っていたのだ───


 変わらないじゃないか。

 何も、変わらないじゃないか。



 あだ名を付けた後輩たちとなんら変わらないじゃないか。



 小さな溜息がこぼれてくる。

 自分の馬鹿さ加減に呆れてしまう。


「どうしたの、連藤さん?」


「俺も馬鹿だと思ってな」


 彼女はよくわからないと小声で呟きながらビーフシチューをオーブンから取り出した。

 今日はパイ生地で包み、焼いてみたそうだ。

 それに合わすのは赤ワイン。今日はフランスのローヌのワインだ。


「ローヌのワインなので、このベリーな風味と落ち着いた雰囲気、楽しめると思いますよ」


 トレイにビーフシチューとパン、サラダを添え、グラスにワインが注がれた。

 熱いから気をつけてと言われ、そっとパイ生地にスプーンを当てていく。

 軽く叩くと、熱い湯気が指先をかすった。


「連藤さん、手伝う?」


「パイ生地は割れてるか?」


「綺麗に割れてますよ」


 それならとスプーンですくい、息を吹きかけ、冷ましていく。

 思っているより熱いのがこの料理の特徴だろう。

 思う存分息を吹きかけたところで口に運んでいくが、やはり熱さはほどほどあるようだ。

 なんとか口にいれて噛みしめると、ビーフシチューにパイ生地のバターの風味がプラスされて、なめらかで甘みのある味に感じる。さらにワインを口に含むと、ベリーの奥深い香りがビーフシチューをより香り豊かに変えてくれる。


「とても美味しい」


 連藤は莉子がいるであろう方向を見つめ、そう言った。


「連藤さんのその顔好きだなぁ」


「……どんな顔なんだ?」


「おいしーって顔!」


 軽く触れてみたが、確かに口角は上がり、目元は下がっている。

 それだけであれば、笑顔と同じだ。

 だが見ている相手は、「おいしい」という顔をしているというのだから、この感覚とは違う表情を自分が作っていることになる。


「おいしーって顔は、しあわせーって顔と同じぐらい好き。

 連藤さん、そんな顔、増えたよね〜」


 彼女はそういいつつ、自分用にも焼いていたようで、息を吹きかける音が聞こえて来る。

 大きく息を吸い込みながら食べる音が食欲をそそる。

 やはり見えない分、音で何かを想像することが多くなった。

 香りと音でどんな料理なのかイメージするのは、実はとても楽しいのだ。

 辛い料理の時など、人間の焦る雰囲気がテーブル越しでもわかる。

 そんなリアクションをしてくれるのは彼女だけな気がする。

 いや、三井も巧も瑞樹も楽しげに食事をしているし、お互い楽しんでいるのだが、彼女の雰囲気はなんだろう。幼い子供が美味しそうにチョコレートを頬張ってる雰囲気というか、飽きないリアクションをしてくれるというか。巧たちも同じだが、やはり後輩や弟といった感情なのだろう。一歩引いて見つめる親の気分なのだ。

 だが彼女と食事をしていると、いつもの食事の3倍ぐらい美味しく感じることがある。

 それだけ細かく彼女がリアクションをしてくれるからなのだと改めて感じたとき、頬に何かが触れる。

 彼女の手だ。


「もっと、おいしーって顔が増えるように、料理頑張るね」


 彼女の手を優しく握ると、


「太らない程度に頼む」


 小さな頷きが聞こえた。

 相変わらず莉子さんは手を握るのに弱いと思う。

 そこが、可愛らしくて、好きなところでもある。


 平日の夜に、こうして二人で本格的な料理を楽しみながらワインを飲めるのも、彼女の店だからだ。

 もうcloseを出してある。

 邪魔をするモノなどない。

 BGMは聞きなれたJAZZではなく、クラシックなど流している。

 いつもと違う雰囲気を出したいからだろう。

 料理を頬張りながら、何気なく二人で微笑みあった時、扉からノックの音がする。


「あ、三井さん……」


 少し怒りのこもった声に笑い出しそうになるが、そこをこらえ、


「入れてやってくれるか」


「連藤さんがいうなら」


 彼女は扉を開きに行くが、


「三井さんさぁ、closeって読めないの?

 読めないんだよね?」


「はぁ?

 連藤が入ってるのに、なんで俺が入れないんだよ」


「はぁ?!

 連藤さんは私の大切な人だからでしょ」


「俺は?」


「あんたはミジンコ以下。

 で、何飲むんだ、大食らい。

 金はもらうからな!」


 相変わらず二人はこの調子だが、こんな三井を見るのも実は初めてだった。三井は女性には無条件に優しくする、ということが遺伝子レベルで刻まれているのだと思っていた。なのに彼女とは全くそのやり取りがない。だからなのか、彼女の暴言もかなり酷いものだ。客にかける言葉では絶対にない。だが三井と彼女のやりとりならコントのように見えるのだから面白い。


「本当に、二人は仲がいいな」


「連藤さん、違うから」


「連藤、勘違いしてるぞ」


 相変わらずの切り返しだ。

 そんな酷い言葉を吐きながらも、三井の言う通りに食事を作って出していく彼女は、本当に優しい人なのだ。


「莉子さんは、素敵な人だな」


「お前、急に惚気んなよ」


 注がれたワインを飲み干し、三井は返すが、それにも構うことなく連藤は薄く笑みを浮かべたまま莉子が立てる音の方向を見つめている。

 彼にはそれが見えている景色なのである。

 

 後輩に丸くなったと言われても、それはそれで。

 変わったてしまったのだから仕方がない。


「莉子さん、ワイン、貰えるかな」


「はーい」


「莉子、俺も」


「三井さんは水飲んでなよ」


「はぁ!?」


「まあまあ……」


 いつも変わらない日が過ぎていく。

 これが変わらない日と思えたのはいつだろう。

 彼女に出会ってからだと思うが、ずっと昔から続いている気がしてならない。

 それほどにこの時間は自然であり、必然であり、楽しい時間だからだ。


 もっとこの時間を築いていけるよう、もっと笑顔を作っていきたい。


「連藤さん、今の笑顔、すごくいい!」


 莉子さんに、またそう言ってもらえるように。

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