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café「R」〜料理とワインと、ちょっぴり恋愛!?〜  作者: 木村色吹 @yolu
第2章 café「R」〜カフェから巡る四季〜

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《第40話》静かな夜に

閉店後に連藤さんが来店しました。

「閉店後に来るの、久しぶりだね」


 カウンターに腰を下ろしたのは連藤である。

 慣れた動きで上着を脱ぎ、ネクタイを緩め、一つ息を吐く。


「今日は残業?」


「そうなるな」


「何か食べる?」


「そうだな、白ワインが飲みたいから、それに合わせて何かもらえるかな」


 なるほど。彼女は一つ唸り、


「リースリングがあるので、それと、ベーコンのソテーでもいかがでしょうか」


「では、それで」



 普通であれば客が一人、オーナーが一人であるなら何かしらの会話などするのだが、二人の時間だ。

 何かをしている空気感で会話をしている気がする。

 彼女はワインクーラーを用意すると、氷を詰め、塩をかけてからアルザスのリースリングワインを入れた。

 このワインクーラーの中に塩を入れたのは、温度が下がりやすくするためだ。こうすれば短時間で白ワインの温度を下げることができる。

 それからフライパンを火にかけ、温まるのを待つ。

 すぐに厚いベーコンを食べやすい大きさに切り、温まったフライパンへ滑らすと、胡椒をまぶし、中火でじっくり火を入れていく。外側がカリッと中はジューシーに仕上げたい彼女のイメージでそのように調理してみる。


「焼きあがる頃には冷えてるかとは思うんだけど、何か軽く食べる?」


「いや、ワインと一緒でいいよ」


 莉子は言われた通りに作業を進めるが、連藤の表情は柔らかく、むしろ微笑んでいるほど。

 彼女の動きを音で楽しんでいるのだろう。

 いい具合に焦げ目が付いてきたので裏返し、またじっくりと火を入れていく。

 根気がいる作業になる。

 食べたい衝動を抑えなければならないからだ。


「連藤さん、今日はどんな日でした?」


 皿を準備し、添える野菜などを盛り付けながら、何気なく聞いてみる。


「今日は莉子さんに会うために、仕事を頑張った日だな」


「私に?

 なんで?」


「覚えてないのか?」


 振り返って曜日を見るが、特段、何の日でもない。

 普通の平日だ。


「なんか、

 ……特別な、日なんですか……?」


 恐る恐る尋ねる莉子だが、連藤は笑っている。

 莉子さんらしい。そう言って笑うだけだ。

 焼きあがったベーコンステーキを盛り付け、ワイングラスに白ワインを注ぎいれた。

 辛口というだけあり、酸味のあるライムの香りが強い。またしっかりしたミネラルを感じる。

 ほのかに青リンゴの香りが浮いてくるが酸味の強さと果実味あふれる香りがそのニュアンスをかもしだしているのだと思う。

 なんにせよ、すっきりとした味わいで、ベーコンぐらいの油であればすっきりと流してくれる素晴らしい白ワインだ。


「いい香りだ」


「仕事終わりにはいいワインかもね」


 そう言いながら莉子はグラスを鳴らす。

 これが二人のスタートも意味する。

 莉子も連藤の隣に腰を下ろすと、ベーコンステーキを一口切り分け、頬張った。


「莉子さんが隣にくるなんて珍しいな」


「今日はなんか足がだるくって。

 連藤さん、他に食べたいものがあったら言ってくださいね。

 すぐ作りますから」


「ありがと」


 連藤は薄く微笑み、グラスを口へと運んでいく。


 実は莉子はその仕草が好きなのだ。


 目が見えないのになぜこれほど優雅にグラスを運べるのだろう───


 素晴らしく綺麗な仕草なのだ。

 いつも見惚れてしまう。

 だが空いたグラスは見逃さない。

 すかさず注ぎ、再び連藤の姿を見つめる。


 今日も、眼福いただきました!


 莉子は心の中でガッツポーズをするが、一体、今日は何の日なのだろう……


「ねぇ、連藤さん、

 今日は何の日? フッフー」


 このフレーズが通じるのは莉子より上の年代になるだろう。自分が境目じゃないかと思うほどだ。


「莉子さん、」


 連藤はくるりと椅子を回すと莉子へと向き直った。

 腕を伸ばして何かを探る動作をするので、彼女は手を取ってみると、それをしっかりと握り、


「莉子さん、今日は俺が告白してから半年となります」


「そんなになりますっけ?」


 莉子はすかさず返すが、


「もう、そんなになるの?」


 再び驚いた声が上がる。


「そうなんです。

 リニューアルオープンしてからしばらく経つので、そんなに経っていないイメージはあるかもしれませんが、私が告白をした日から見ると、ちょうど今日で半年なのです」


 連藤はメガネを白く光らせ、言い切った。

 彼の記憶力なので間違いはないだろう。


「なので、半年が過ぎた記念に」


 連藤はカバンを探ると、小さい箱を取り出した。


「開けてみてください」


 開いた箱にはペンダントが飾られている。


「この輝く石は……?」


「ダイヤだが、嫌いだったか?」


 ───こんなの初めてみた!!!!


 莉子はまじまじとそれを見つめては遠くに離し、また見つめては離してを繰り返している。


「これ、結構石が大きいよ?」


「そうでもないぞ?

 できれば仕事でもつけてもらえたらと選んだペンダントなんだ。

 本当は飲食店ではいけないことなのかもしれないが……」


「つけてきてもいいですか?」


 莉子はそういうと裏へとダッシュしていった。

 足音が忙しなく遠ざかっていく。

 ワインを二口、ベーコンを一口食べたところで、彼女が再び小走りで現れた。


「めっちゃ、キラキラするよ、連藤さん!

 こんなのもらっていいの?

 私、半年なんて忘れてたのに」


 最後の一言が余計だが、それが莉子らしいのだ。

 日々をこなすのが楽しい彼女だ。

 過去がなんであったかなど覚えている暇がないのである。


「構わないよ。

 いつも仕事終わりに店を開けてもらってるし。

 そういったお礼も込めているからな」


 莉子の表情がぐっと明るくなるがそれを連藤が知るのは難しいだろう。

 莉子は連藤の手を取り、自分の頬に当てた。


「私、笑ってるのわかる?」


 連藤が無言で頷き、彼も微笑んだ。


「ここで光ってるんだよ」


 ちょうど莉子の鎖骨の間になる。

 襟を開けたシャツの隙間からしっかり顔を出せる長さになっている。

 さすが連藤だと思う。

 石のところに連藤の指を滑らすと、連藤もそれがそこにあると安心したのか、大きく頷いた。


「私も連藤さんに何かプレゼントしたいなぁ……

 ねぇ、タイピンなんかどう?」


「それなら毎日つけられるからいいかもな」


「したら今度一緒に買いに行こう?

 いつも通ってる店、あるんでしょ?」


「ああ。

 だが、高いぞ?」


「高い中で買えるものから選びます」


「莉子さんが選んだのであれば、なんでも構わないが」


 言いながら掴んだままの莉子の手にそっと連藤は唇を寄せるが、


「あんたのアルマーニにしょっぼいタイピンなんか合わせられるわけないでしょ?」


 すぐさま手を抜かれ罵声を浴びせられる。


「優しくないなぁ、莉子さん」連藤は拗ねたように言うが、


「いいえ、私はメリハリがあるのです」連藤の鼻を突き、思わず吹き出した。


「連藤さんの鼻って硬いよね」


「硬い?」


「豚の鼻、しにくいよね」


「しやすい、とかあるのか?」


「あるある。なんだろ、軟骨がまるでない人っていうの?」


 二人のくだらない話は尽きない。

 今日は風が冷たく、気温もそれほど上がってはいない。

 だが湿り気が頬を撫でて、もうすぐ雨が降ると教えてくる。

 彼が帰る頃は雨かもしれないし、そのまま落ちないかもしれない。


 そんなことも気づかず、気にせず、連藤が言う半年記念日が過ぎていく───



「連藤さん、カウンターで寝ないでくれる?」


 現在、夜中の1時を指している。

 カウンターに突っ伏した連藤に莉子は冷たい声をぶつけるが、


「どうも酔っ払ってしまったみたいだ。

 ……莉子さん、泊めてくれないかな……?」


 懲りない男だ。

 同じ手で攻めてくるとは───


「あなたは学習能力がないのか?

 私はタクシーというものを呼べるのだよ」


 そう言って携帯を取り出した時、連藤が素早く莉子の携帯を奪った。


「ちょっとなんで奪えるわけ?

 返してよっ」


 身長の高い連藤が万歳をしてしまうと、もう莉子はお手上げなのだ。

 届かないのである。


「泊めてくれたら返してあげよう」


「だいたい泊まれるような準備ないんだから、帰りなさいよ!」


「大丈夫、会社に一式置いてきている」


 こんなくだらないやり取りをするのはいつまでなのだろう。


 愚痴を言いつつも二人の顔は笑顔なのだから、二人のコミュニケーションの一つなのだろう。


 首元のネックレスは光ったままで、二人の攻防は続いていく───

すみません、いろいろすみません……

頑張ります。

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