表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
café「R」〜料理とワインと、ちょっぴり恋愛!?〜  作者: 木村色吹 @yolu
第2章 café「R」〜カフェから巡る四季〜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/218

《第38話》思い出の味に彩りを

ひとりで来た巧との会話のなかで

 今日は夏日ともいえる、暑い日だ。

 だが一変して夜の今は薄曇りで肌寒い。

 夏が迫る中の春の翳りとでも言おうか。

 撫でる風は湿っぽくも冷たい。

 そんな日だったが、巧は一人でカフェへと来ていた。

 カウンターに腰をかけ、莉子の手元をじっと眺めている。


「ねぇ、莉子さん、

 家庭の味ってどんなやつ?」


 ふと手が止まり、顔を上げてみるが、巧の顔を見つめてまた手元に戻った。


「家庭料理ってこと?

 肉じゃが?」


 ちらりと目を上げるが、手元は止まらない。

 オーダーが詰まっているようだ。今日のカフェはサラリーマンで賑わっているのも理由だろう。

 ここでは8人は大人数のグループになる。

 飲み放題などないため、一杯一杯、またオーダーごとに料理を作って出しているところだ。


「いや、そーじゃなくて。

 莉子さん家の味ってこと」


「うちの味?」


 手早く盛り付けると、オーダーされたテーブルへと運んでいく。

 よくあれだけのオーダーを覚えてさばけるものだ。

 巧は感心しっぱなしだ。

 自分など一つの仕事でも忘れてしまうことがあるのに。


 さらにドリンクのオーダーを拾って帰って来ってきた莉子は、


「うちの味ってなぁ……」


 まだ困っているようだ。

 ドリンクを準備する手は動きながら、首はかしげたまま、口元がぶつぶつと動いている。

 巧の今日のドリンクは赤ワインのためそれをも注いでまた立ち去り、他のドリンクをさばきに出かけていく。

 今日の赤ワインはメルローで作られているという。

 程よい酸味と重さ、香りの華やかさから、新世界といわれる土地のワインだとか。

 飲みやすく、味もフルーティで香りが鮮やかなのが特長だ。

 喉越しも良く、はっきりとした味わいのため、初心者の自分でも馴染みがいい。


 ようやくと落ち着いた時、莉子はそのワインを飲み干し、


「家の味ってうちないかも」


 そう言った。


「ビーフシチューとかは?」


「あれは父親の味というか、レシピだから家で食べてたわけじゃないよ」


 莉子はさらにグラスに注ぎ、一口飲み込んだ。

 巧に一緒に飲もうと言われ、彼女はありがたくいただいているが、巧よりも飲むスピードが早いかもしれない。


 しかし、この答えまでにかかった時間は、30分程度だろうか。

 それまでずっと考えてくれていたことに感動である。


 しかし、無いとは……


「巧くんは?」


 替わりに切り返えされるが、


「うちは、ないよ」


「なんで?」


 莉子がおつまみ用のポテトチップスを追加し言った。


「俺が生まれてまもない頃に死んでるから。

 そのあとは父子家庭だけど、親父ああだから、

 基本、家政婦さん」


「なるほど」


「でも莉子さんは途中までいたしょ?」


「まぁね。

 だけど料理は父親の仕事になってたし、そんなに定番の料理とかもなくて、いつもなんかまかないっていうか、そんな感じだったら、うちの定番はコレ! って料理はないかなぁ」


「母親は料理しなかったの?」


「できなくはなかったんだと思う。

 お弁当とか作ってたしね。

 だけど、そうだなぁ、

 母親の味っていったら、ホットワインになるかな」


「ホットワイン?」


「赤ワインに香辛料を入れて温めたやつ。

 うちは子供用なのかオレンジジュースが入って、蜂蜜とマーマレードも入ってるけどね」


 いいなぁ……。

 そう聞こえたが、巧の表情はそんな顔をしていない。

 何もなかったかのようにグラスが空になっている。


 さらに注ぐが、

「家の味ってなんなんだろね」

 グラスの奥に向かって話しかけた。


「急にどうしたのよ、巧くん」

 彼女も同じくグラスを覗いてみるが、彼の視線はそこに留まったままだ。


「……実はさ、奈々美の家も両親がいないんだ。

 だからお互いに家の味ってなくって、

 二人で、なんなんだろうねって会話になっちゃってさ」


「なんなんだろね」


 莉子も言ってみる。


「私もわかんない」


「でも莉子さんはホットワインがあるじゃん」


「そうかもしれないけど、それを懐かしむのは自分だけだよ」


 言われて、思わず固まってしまう。

 知っているのは自分だけなら、懐かしいのは自分だけ───


「それなら二人で過ごした時の、

 ちょっとした料理とか、

 飲み物とかのほうがよっぽど思い出じゃない?」


 二人だけの思い出の料理って、憧れだよね。莉子が笑って言う。

 それこそ羨ましそうな、そんな表情だ。


「ね、もしものもしもだけど、

 母親の得意料理を彼女に作ってもらって、母親より不味かったらどうする?」


 それはなんとも言えない質問だ。

 母親のほうが美味いといえば妙な角が立つし、仮に美味しいと嘘をつけば、今後その料理がその味ででてくることになる。

 仮に熟練の夫婦であれば、母親のほうが美味いと言っても笑い話になるかもしれないが、若いカップルでそのコメントは禁句の一つだろう。言っただけでマザコン扱いされる可能性だってある。

 だが毎回その不味い料理を食べさせられるのも苦行でしかない───


「ないほうが丸く収まることもあるよ」

 莉子の言葉は深い。


 なければ、お互いで味を作ることになる。

 そこで美味しい、不味いは言っていい言葉だ。


「莉子さん、やっぱ大人だね」


「伊達に年は取ってないからね」


 莉子は残りのワインを注ぎきり、同じワインのコルクをひねる。


「このワイン、結構在庫あるんで、頑張ってこー」


 大人なのか、セコイのか。

 だがそれが莉子らしくもある。


「したら、瑞樹呼ぶわ」


「お願いしまーす」


 携帯をいじりながら、何かが欠けていてもそれが欠けていないと表現する莉子に、巧は度々救われている気がする。

 だからこそ、ここに来たくなるし、帰りたい家のようにも感じてしまう───


 巧は瑞樹に連絡を終えると、ワイングラスを差し棒代わりに莉子に傾け、


「俺、莉子さんが母さんでいいかも」


「こんな大きい子、いらない」

 即答だった。

正直、自分も家庭の味ってないなぁと。

強いて言えば「あじのも◯」かなぁ……

今じゃ頼ることがなくなった万能調味料。

たまに使うとめちゃくちゃ美味いんだよね。やっぱすごいは「◯じのもと」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ