表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
café「R」〜料理とワインと、ちょっぴり恋愛!?〜  作者: 木村色吹 @yolu
第2章 café「R」〜カフェから巡る四季〜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/218

《第36話》思い出の中の人の顔は【続・後編】

カフェに残った連藤と。

ようやくワイン出します!

 床で莉子を抱えながらうずくまる連藤の肩を叩くと、三井はおもむろにジャケットを羽織り出した。


「莉子、あと頼んだぞ。

 俺から連藤の休みは伝えておくから、

 今日はゆっくりなだめてやってくれ」


 定休日だしいいだろ?

 三井は莉子の頬を軽く撫で、軽くウィンクすると、颯爽と出て行った。


 後ろ姿が清々しくも、たくましく、陽が昇り始めた木々の陽射しが彼にかかり、それは美しい。 


 持って行かれた………!!


 かと思った。

 まだ、大丈夫。

 手も足もまだある。


「連藤さん、シャワー入る?」


 虚ろな顔が上を向くが、首は右にも左にも振れない。


「ここ寒いから、上に行こうか」


 連藤を椅子にかけさすと、再度戸締りを確認し、施錠を整え、連藤の手を掴み歩き出した。

 連藤はうつむいたまま、だがしっかりとついてくる。


「ここから階段です。足元気を付けてくださいね」


 そう言って上り始めた階段もいつもの彼らしく淡々と足を運んでゆく。


「最後の段です」


 扉を開けて、部屋へと通した時、再び抱きしめられた。

 先ほどの縋るようなものではなく、存在を愛おしむ、そんな柔らかく温かいものだ。


「……莉子さん、すまない」


「なんで謝るんですか」


「辛い思いをさせたので」


「確かにしましたが、

 あなたが無事で安心しました」


「だから莉子さんは……」


 連藤はまた顔を苦く歪ませる。


「なんでこんなに優しくするんだ……?」


「好きだから」


 連藤の目を見て、莉子は言った。

 連藤もまるで見えてるかのように、こちらを見つめている。

 連藤が莉子の頭に触れ、頬に触れ、肩に触れていく。

 莉子の身体を確認するように手が流れていく。

 彼女をたどるように腕を伝い、首筋を撫でると、再び頬に触れ、両手で彼女の頬を包むように持ち上げると、連藤の鼻筋が目前にゆっくりとかぶさった。

 綺麗に整った鼻頭を莉子は指で突いて豚の鼻にすると、


「女の口紅つけてるくせに、そんなことはさせませんよ」


 連藤の顔が赤くも青くもなっていく。

 莉子はそれにも動揺せず、連藤をソファへ座らせると、彼女は名探偵のように人差し指を立てた。


「私の推理はこうです」


 左手は腰に当て、ゆっくりと連藤の周りを歩き出す。


「多分貴方は、ここのカフェで話をするのは憚られるので、外へ出ようとあの女性を誘った。

 誘ったのはいいがどこへ行こうかと迷っているうちに、タクシーに詰め込まれ、そのまま強引にホテルへと運ばれ、そこでも貴方は話をしようと試みるも……

 多分、口紅がついていることから、強引な彼女のアプローチがあったのでしょう。

 ただその紅は横に流れ、右の手の甲にも残っていることから、無理やり女性を引き離し、口を拭ったと考えるのが、スマートな流れでしょう。

 そのまま貴方は見えないながらに外に出て歩いてはみたが、どこかも、何かもわからず、途方に暮れていたところで警察に保護され、今に至る。

 どうでしょうか、連藤和弥さん?」


 再び連藤の鼻先へ指を押し当てると、


「概ねその通りです……」


 自白した。


 私の推理は当たったのだ!


 小さく座り込む連藤の頬に陽射しがかかった。

 もう、日の出である。

 自供した犯人の顔は青白く沈んでいる。


 だが莉子の顔は清々しい───


 なぜなら、推理が当たったからだ。


「そんなに沈まないでよ。

 ……え、

 最後までしたの……?」


「してない!」


 本当のようだ。


「そんな気分の時は、シャンパンの華やかな香りで洗い流しますか」


「シャンパン?」


「店で出したら3、4万はくだらないシャンパンです」


「では元値は1万ぐらいか」


「私にとっては高価なんですぅ。

 そのスーツももっとランク下げれば、あの女も寄ってこないのに」


「このスーツだけはランクは下げられない」


「あっそ」


 莉子はワインクーラーを取り出し、そこにシャンパンを入れてから、タオルをお湯で温め、連藤に渡した。


「顔、拭きなさい。スッキリするよ?」


 すぐに冷蔵庫にしまってあったチーズを取り出し、それを切り分ける。

 カマンベールチーズだ。白カビのツンとした香りがしてくる。

 このチーズは取り寄せをしたとっておきだが出して進ぜよう。

 そして今回のシャンパンはピノ・ノワールでできているシャンパンになる。

 香りもさることながら、味もボリュームがあるのではと、期待が高まる。

 準備を整え、ソファへ移動すると、顔を拭き終わった連藤が少しこざっぱりした表情を浮かばせていた。

 すぐにジャケットを預かり、ハンガーにかけたとき、連藤は自然な動きでネクタイを緩めた。

 細い指先がネクタイにかかり、首のボタンが二つだけ外される。

 その仕草がいつも彼がしている仕草だけに、自分の部屋でそれが見られたことがなぜか特別な気がして、胸のあたりがぞわりとする。

 すぐに耳も熱くなるのがわかった。

 莉子はごまかすためにシャンパングラスを取りにその場を離れ、深呼吸をしてから、再び戻る。


 コースターを置いてグラスを配置。ワインクーラーごと運び、そのグラスの前においた。

 グラスの間にはカマンベールチーズと、いつものプリッツェルが盛られている。


「さ、飲みましょうか」


 莉子は布でコルクを包むと、捻るように開けた。

 勢いよく抜けるが、こぼれなかったため、成功と言えるだろう。

 そっとグラスに注ぎ入れていくと、皮の色味がワインに移っているからか、ベージュを帯びたイエローに染まっている。

 香りはとてもフルーティだ。パイナップルのような甘酸っぱい香りと香ばしい風味が抜けていく。


「では、乾杯」


 連藤にグラスを持たせ、それに莉子がグラスを当てた。

 その合図で二人ともにワインを口に運び、飲み込んだ。

 舌にからむ細かな泡はとてもシルキーで滑らかだ。

 また飲み込んだあとから苦味がわいてくるのが、心地よい苦味でとてもいい。

 酸味が弱いため、カマンベールチーズとの相性もよく、するすると飲み込んでしまう。


「高いものは繊細だな」


「その通りですね」


 莉子は満足そうに微笑むが、連藤は前を向いたまま、どこに視線をしばっているかわからないところを眺めている。


「莉子さん、

 俺は後悔をしていたんだ」


「はい」


「自分の目が見えなくなったことで、あの人を苦しめたんだと」


 あの人とは、彩香のことだろう。


「はい」莉子はただ返事を返す。


「だから俺はあの人を何かの形で幸せにしなければならないと思っていたんだ」


 連藤はグラスに手が伸び、また一口飲み込んだ。


「5年の中で君に会い、俺も幸せになりたいと思うようになった。

 そんな折、現れたんだ。

 俺はやはり幸せになってはいけないんじゃないかって、思ってしまった……」


 莉子は返事をしないまま、プリッツェルを頬張る。砕く音が妙に響く。


「だけど、あの人の顔が全く思い出せなかった。

 あの艶かしい口元しか、思い出せないんだ。

 笑顔とも言えない歪んだ唇に、あのさも当たり前と言わんばかりの態度。

 思い出の中の人の顔は褪せて崩れていく。

 だけど、莉子さんの顔は鮮明に浮かんでくるんだ。

 多分想像で妄想で、勝手なイメージなんだと思う。

 だけど、莉子さんの笑顔ならいつでも見えるんだ───」


 あのたった一度の時間だったが、そのときでも莉子が様々な表情を描き、連藤と話をしたのだろう。

 それが記憶の奥に沈み、定着し、彼の視野に浮かぶのだ。

 それが虚像であっても、それでも幸せな顔が思い浮かぶのは、自分が幸せだからだ。


「私の顔かぁ……

 美人な人、想像しといてくださいね」


 莉子はワインを飲み干した。

 鳴る喉の音につられて、連藤もグラスを空にする。

 莉子はそれにワインを注ぎながら、


「ちゃんと断れましたか?」


「……よくは覚えてないが、酷いことを言った記憶がある」


「ちょっとスッキリした」


 莉子が笑うと、連藤もつられて笑う。

 その時間が心地よかった。

続きはムーンにあるよ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ