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café「R」〜料理とワインと、ちょっぴり恋愛!?〜  作者: 木村色吹 @yolu
第2章 café「R」〜カフェから巡る四季〜

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《第34部》思い出の中の人の顔は【中編】

三井と連藤が来店中のカフェに、ひとりの訪問者が……

 ドアベルの音が響き、オーナーの莉子は、いつもの調子で「いらっしゃい」声をかける。

 どうも女性一人での来店だ。

 ───華やかな女性である。


 髪は明るめの色に均一に染め上げられ、ゆるいカールが春の季節を象っているようだ。

 トレンチコートはキャメル色で、ヒールは黒のピンヒール。

 彼ら2人のおかげで服の目は肥えている。なのでそれらが全てブランドものだとよくわかる。

 布の張りに、艶、どれをとっても高級品だろう。

 ちらりと見えた時計はカルティエである。


 金持ちが来る店じゃないんだけどな。

 そんなことを思いつつ、何か探す仕草をしているので、窓際の席を案内した。


「どなたかお待ちですか?」


 莉子は水を出しながら尋ねてみる。


「ここに来る人がいるんです」


「約束は?」


「特には……

 会えたらいいなって」


 無造作にかきあげる仕草が優雅で、爪先までしっかり手入れが行き届き、どこを切り抜いても絵になる女性だ。

 自分の乾いた手が恥ずかしくなり、すぐにトレイを後ろに持って莉子は隠した。


「そうですか。

 何かお飲みになりますか?」


「白ワイン、いただけるかしら」


「ではグラスでよろしいですか?」


「お願い」


 大人な女性という感じだ。

 三井はタイプではないだろう。いつも純朴そうなお嬢様を隣にはべらしているから。


 一体、誰が来るのを待つのだろう────


 莉子はふと想像してみるが、思い当たる人がおらず、彼女の勘違いではないかと思い始めるが、気の済むまでいてもらって構わない。そう切り替えた。

 今日は三井が遅くまで粘るだろう。

 その時間までいるとも思えないが、日付けが変わる時刻になったら、閉店だと言ってみようか。


 それだけ考えおいて、グラスにワインを注ぎ、テーブルへと運んだ。

 彼女はグラスをしなやかな指で挟むと、香りを嗅ぎ、


「シャルドネね。

 どちらのかしら?」


「フランス、ブルゴーニュになります」


「結構良いの置いてるのね」


「ありがとうございます」


 ひとつ頭を下げ、莉子は席を離れた。

 その女性はずっと遠くを見つめている。

 並木道の先の先をじっと眺めている。

 そこから何かが現れるのだろうか。


 自分が見えるのは延々続く街頭のライトだけである。


 カウンターへ戻ると三井がちらりと後ろを見てから、その女性を二度見した。


 二度見するほどの美人ではあるが、見つめ方が違う。

 普通の女性に向ける視線とは、少し違うのだ。

 棘のある、何かを見透かすような、何かを捉えたような、そんな目の細め方だ。


「三井さん、どうかした?」


「あ、いや、

 クダ巻いてちゃ莉子に悪いから今日は帰るかな、なぁ」


 三井が連藤の肩を叩き、身支度を促すのだが、何かがおかしい。

 こんなに急に動くことはまずあり得ない。

 今まで尻を叩いて叩いてようやく立ち上がるほどなのに、それほどの飲み方をしていたのに、いきなり動きが変わる。


 その空気に連藤も気づき、


「何かあったのか?」

 声を上げたが、


「いいから行くぞ!」

 声が小さくも言葉尻が強くなる。



 一体、なんなんだ____



 きっと莉子と連藤の言葉は同じだったに違いない。

 引きずるように連藤を連れ出そうとする三井に莉子が駆け寄ったとき、


「かずや!」


 声が上がった。


 あの女性からだ。



 また三井絡みか?

 莉子は三井に視線を刺したが、彼女はその三井を通り過ぎ、連藤へと駆けていく。


 胸元へと飛び込んだ彼女は言った。



「和弥、私よ、彩香。

 わかる?

 あなたの婚約者の彩香!

 ───ようやく見つけた」

 


 三井は大げさに頭を抱えるが、彩香と名乗る女は連藤の腕を捕まえると自分の席まで連れて行ってしまった。

 何やら話始めるが、生憎連藤の背はこちらを向いているため、どんな表情なのか全く読めない。



「連藤さんの下の名前ってかずやだったね……気にしたことなかった……

 ちなみに、三井さんはなんだっけ?」


「俺は、直樹」


「ケンジの方が似合うと思うよ……なんとなく」


 莉子は三井のグラスにウイスキーをなみなみ注ぐと、自分へも新たにグラスを出して注ぎ、一気に呷った。


「おい、大丈夫かよ」


 すっかり酔いが消えたようだ。虚ろ気な視界は晴れ、言葉も明瞭である。


「わかんない」


 莉子は熱くなる食道をさすっている。かすかに涙も浮かんでいるが、それぐらいキツイのを飲まないと耐えられないのだろう。


「でも、なんでここがわかったんだ……?」


 莉子もそこが疑問だった。

 ここ5年ばかり連絡もしてなかった相手が、いきなりこのカフェにピンポイントに現れるなんてありえるのだろうか。


「ね、三井さん、最近インスタ始めたって言ってたっけ?」


「ああ、始めた」


「それFacebookと連携してる?」


「してるな」


「この前、連藤さんと二人で飲んでた日、写真撮ってたけど、それインスタにあげた?」


「あげたな」


「この場所のタグ、つけた?」


「……ついてたかも」


「気をつけなはれや!」


 莉子は三井の頬を抓りあげたが、彼もその痛みを甘んじて受けている。

 どう考えても自分が原因なのがわかったからだ。


 思えば彩香とFacebookで繋がっていた。

 すっかりそんなことなど忘れていたのに────


 そう、彩香という女性は、連藤の婚約者「だった」。


 彼女もまた自分たちと同じ同期で会社に入社した一人だ。

 彼女は女性の花形、秘書室へと配属され、彼女の美貌もさることながら、かなり頭のキレもよく、女の花園である秘書室で先輩のいびりもなんのその。見事に秘書課での確固たる地位を見る間に築き上げていった。


 そんな中、同期の中で、いや社内で高嶺の花だった彼女を射止めたのは、

 出世頭の連藤だった───


 どういう経緯でというのは細かくは聞いてはいない。

 ただ、彼女のアプローチがあったことは間違いないようだ。

 彼女のバイタリティー溢れる人柄に押され、連藤は結婚を考えていた。


 そんな折、あの事故だ。


 あの女が連藤を見限ったと自分は思っているが、連藤は決してそうは言わなかった。


「俺が悪いんだ」それだけだった────


 

「ちょっとケンジ、二人の話聞いてきてよ」


 カウンター越しに莉子と向かい合ったままどれぐらい時間が経っただろう。

 走馬灯のように過去のことがまぶたに浮かび離れてくれない。

 それなのに莉子からは急な無茶振りだ。


「そりゃ無理。

 それに俺は、な・お・き」


 言い返したところで、いきなり二人が立ち上がった。


「ちょっと外に出てくる」


 連藤が莉子に声を投げるが、彩香は慣れた手つきで連藤に腕を絡ませ、出て行ってしまった。


 だがここに残っている杖はどうする!?


「ちょっと三井さん、杖持って追いかけてよ!」


 その莉子の声に三井は反応することなく、ただ黙ってウイスキーを口に運ぶ。


「あれじゃ、怪我しちゃうから!」


 カウンターから出て杖を取り走ろうとしたとき、三井が腕を掴んだ。

 しっかりと握った手は、か細い莉子の手首をすっぽり包んでいる。だがその力はかなり強く、指紋がうつるほどに握りしめている。


「あいつがそれを置いてったのは、なんか意味、あるんじゃないのか?」


「わかんないよ、そんな意味……」


 莉子は杖を抱え、連藤が座っていた席へと腰が落ちる。


「俺も、わからん」


 三井の声がJAZZの音に紛れていく。


 今日はもう、眠れそうにない────



まだまだ続きます。。。

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