《第32話》遅咲きの花
今日の来店は、奈々美さんと優さんのお二人。
たまには女子トーク。
今日の夜は予約が入っているのだが、久しぶりの方々だ。
奈々美と優の二人である。
コース料理はいらないが、ある程度の食事がしたいという希望がある。
ランチメニューを繰り越そうかとも思うが、生憎それらの在庫もないところ。
「さて、今日のワインは何がいいかね……」
セラーを覗いてみるが、なかなか決まらない。
せめて、赤か白ぐらいは決めたい。
「……ロゼにしよ」
彼女はロゼをセラーから取り出し、冷やす作業に入る。
ワインクーラーの中に氷を詰め込み、それを差し込んでおく。
現在17時30分。
予定は19時頃。
冷えすぎるかな……
そのままにしたところで、料理である。
女子といえば、アボカド。
あと、エビ。
生春巻きでも作るか───
今日は少しエスニックな料理としようと決めると、下処理を始める。
まずは生春巻きだ。
アボカドをスライスし、スライスされたスモークサーモン、キュウリはアボカドと同じ長さにしたものを千切り、短冊切りにしたクリームチーズを準備する。
生春巻きの皮となるライスペーパーを水に浸し取り出し、水をよく切ったらラップを広げた上にそれを乗せ、スモークサーモン、キュウリ、クリームチーズ、さらにアボカドを乗せて巻く。
巻き終わったら下に敷いたサランラップでくるりと巻いて、放置。
冷蔵庫には入れず、それなりに涼しい場所で保管しておく。冷蔵庫に入れると途端に固くなるのだ。
それから殻付きのエビを処理にかかる。これはエスニックカレーに使用することにする。
殻を取って背腸も取り、ミニトマトは半分に切り、パプリカは乱切りに。ナスは輪切りにし、水に一応さらしておく。
オリーブ油でニンニクと生姜のみじん切りを炒め、さらにエビにサッと火を通す。
それを一度取り出し、そこにミニトマト、パプリカ、ナスを入れ炒める。
火がだいたい通ったところでカレー粉とチリペッパーを加え炒め、カレー粉のいい香りが立ってきたところでココナッツミルクを加え、さらに煮込む。
ナンプラーと塩胡椒で味を整えて、来店した時に再度温め直し、エビを入れて一煮立ちしたら出来上がりだ。
ご飯は炊いてあるし、あとは鶏ハムのサラダを出せばいいだろう。
下準備が整ったところで、お二人の到着である。
「いらっしゃい。席は一応、テーブル席も押さえてみたけど」
「私、カウンターがいいな」
優がそう答えたので、
「ではこちらへどうぞ」
莉子はカウンターといっても一番奥まった席に通す。
その場所だと料理が出しやすく、荷物置きも横にあり、便利なのだ。
「では早速ですが、今日はロゼワインをご準備しました。
お料理はエスニック風のお料理です。
まずは、ワインをお出ししますね」
グラスを二人の前にそっと置くと、ゆっくり注いでいく。
薄紅色の液体がグラスの中で揺れいてる。
若干オレンジがかって見える。
よく冷えているのかグラスがくもってくるが、それがまた清々しく、喉越しの良いイメージを彷彿沸させる。
「莉子さんも一緒に飲みましょう」
奈々美さんの優しい一声に素直に莉子は従うと、小ぶりのグラスにそれを注いだ。
「したら、なんに乾杯?」
莉子が二人に尋ねると、
「私に彼氏ができた記念に乾杯!」
優が高々と腕をあげる。
莉子も押されるようにそれに続くが、
──彼氏ができただと!?
「ちょ、彼氏って……」
莉子は口にワインがつけられい。
相手を聞くまでは、糠喜びはしたくない。
「そう、莉子さん聞いて、
瑞樹くんと付き合うことになったの」
大きな声が上げられないため、口を一文字に閉じて、ワインを掲げた。
まるで天の神へと捧げるかの如く高々と……!
「おめでと」
声を殺し、喜びを表現する。
大変苦しい。
本当であれば雄叫びをあげたいほどだ。
「瑞樹くんの告白を待ってたの?」
「よくわかるね、莉子さん」
奈々美が続くが、優は自分のことだと恥ずかしいようだ。
耳まで赤くなっている。
「ね、莉子さん、食べ物出してよ」
話をそらすように優が言うので、莉子はにやけ顏のまま生春巻きを出す。
合わせて鶏ハムのサラダをガラスのボウルに盛り付け出した。
この鶏ハムはとても簡単でしかも美味しい!
まず、ジップロックの中に鶏むね肉を用意します。
そこに、鶏むね肉に塩と砂糖を擦り込んだものを空気をよく抜いて入れ、半日〜1日置き、なじませます。
次に鍋に火を沸かし、沸騰したところにジップロックごと漬け込みます。
再沸騰し、2分程度過ぎたら火からおろし、そのまま放置。
水が冷たくなるまで置いておきます。
その間のお湯で鶏に火が通り、さらに低温調理になるため、しっとりふわふわの鶏ハムになるのです。
鶏皮はこんがり焼いておせんべいにしてもよし、出汁として使ってもよし。
なんとも万能なお肉になるのである。
適当な葉野菜にその鶏ハムをのせ、ピーナッツがきいたドレッシングをかければ出来上がりだ。
ナンプラーの香りもいいし、ナッツの歯ごたえも楽しい逸品である。
二人はそれらに舌鼓を打ちながら、写真を撮り、談笑し、時折明るい声が響いてくる。
莉子は横で聞きながら、他のお客にドリンクやスイーツ、ビールを出していく。
再びワインを注ぎに二人の前に来た時には、ボトルの中身が半分より減っている。
2杯目を注いだあとのようだ。
注ぎ足してから、次のエスニックカレーの登場だ。
小さなボウル状の器にエビ、野菜を盛り付け、カレーのスープを注ぎ入れた。
それを大きな皿の上にのせ、隣の隙間にご飯を盛る。
くし切りのレモンとライムを乗せ、完成である。
「エスニックな料理にも合うんですね、ワインって」
奈々美は感心したように料理とワインを楽しんでいる。
辛味や酸味のある料理も、重すぎず軽すぎずのロゼワインはうまく合わせてくれるのだ。
特に今回選んだワインは取り立てて香りが立つものではなく、酸味が割とはっきりした辛口のロゼになる。
それもあって、料理に合いやすいのだ。
莉子も端っこの生春巻きをつまみながら、ロゼワインを流し込む。
スィートチリソースの甘みと、スモークサーモンの香り、青臭いキュウリの味がマッチしてくる。
「ねぇ、瑞樹くんの告白ってどんなんだったの?」
莉子が興味本位で聞いてみると、優は顔を赤らめながらも、
「フツーだよ?
付き合ってくださいって」
奈々美と莉子は二人で囃し立てるが、
「奈々美さんはどうだったの?」莉子が追撃する。
彼女の目が少し泳いだ。
「……学生のときだったからなぁ。
『おれと付きあわねぇ?』みたいな感じだったかな」
奈々美さんなりに巧の真似をしてくる。
身振りがまるで巧の動きだ。
よくイメージできるだけに笑えてくる。
「そんな莉子さんはどーだったんですかー?」
優がグラスを傾けながら聞いてきた。
注ぎ足してあげながら、莉子もふと頭をひねる。
「あれ、私、ちょっと前に怪我してたじゃない。そのときに、なんだっけな。
一緒に乗り越えたいとかなんか言って……
よく考えると、付き合ってくださいとか、好きです、とかそんな改まって言ったことないかも」
「大人ぁ」
二人の声が重なる。
そのリアクションがまた面白い。
「連藤さんて、本当に大人な男の人だよね」
奈々美が赤ら顔でいうと、
「ホント。リアル紳士って感じ」
優も顔が赤いながらに答えた。
「でも三井さんって、どんな人なのかな?」
奈々美が呟くと、
「三井さんも大人の頼れるオトコ! って感じだけど、
どうなの、莉子さん?」
優が付け加えた。
「三井さんねぇ……」
実は連藤も三井も莉子も大きく年が離れていない。
そのためジェネレーションギャップが少なく、話せる会話が多いのだ。
そのせいもあってか、彼のことは知らなくはない。
連藤とも仲がいいのもあり、余計に情報が豊富なのもあるのだが、これを若い女性に話すのははばかられる。
───あまりにゲス男だからだ。
現在彼女は6人。
この前の地雷女を撤去してからいきなり2人追加したようだ。
なんとなく、わからなくもないが……
彼曰く、
『首元のネクタイを緩めるだけで、女が釣れる』
というのだから、色男の金持ちは伊達じゃない。
だいたい身につけているものも高級品が目立つのもあるのだろう。
左手首にロレックス、ネクタイはフランコバッシ、靴はジョンロブ、スーツはブリオーニ……
これらの名前は三井から教わり初めて知ったものばかり。
ネットで見てみるとどれも10万なんか簡単に越えるものばかりだ。
ちなみに連藤はアルマーニが好きだという。
まるで世界の違う場所にいるため、何と答えたらいいか。
「三井さんは、女の……味方では、ない、かな……」
それだけ伝えておこう。
2人はそれだけで悟ったのか、静かにグラスを口元に運ぶ。
「ねぇねぇ、莉子さんは連藤さんとどう過ごすこと多いの?」
プリッツェルを差し出すと、質問がくるとはどういうことか。
「どう過ごすかぁ……
音楽を聴きながらワイン飲んで、
他愛のない話をしてる感じかなぁ……
向こうは目が見えないから、映画とかそういうものは無理だしね。
でも一緒にお酒飲めるのは楽しいよ」
奈々美と優は小さく頷き、自分たちは何をしているのか考えているようだ。
「だいたいは買い物とか、映画とか、食事とかだよね」
「うん。瑞樹くんとも食事が多いなぁ」
「やっぱ、莉子さん、大人だよねぇ」
2人の声が揃う。
伊達に年食ってないしな。
言葉にはしないかわりに、ワインを飲み込んだ。
「ちょっと話変わるんだけど、聞いてくれます、莉子さん?
ちょっと奈々美も聞いて!
あのね……」
優の話は尽きない。
奈々美もその話をふくらませては、しぼませたり、女子らしい会話である。
それに莉子も巻き込まれながら、女子の会話に混じってみる。
こういう日も楽しいものだ。
若い感性に触れる機会は少ないものだし。
ドアベルが響いた。
「おい、莉子、酒くれよ」
三井である。
「なんだ、この空気……
莉子、お前、なんか言っただろ?」
「さぁね。
で、そのお隣は?」
「7番目の彼女。
綺麗だろ?
莉子より若いぞぉ」
鼻の下が伸びる三井だが、より冷たい空気が立ち込める。
冷ややかな二人の若い目線は、ナイフよりも鋭いだろう。
だがその中で毅然とビールを飲み干す三井のハートの強さに、
今日は、乾杯───
生春巻きとエスニックカレーと鶏ハムの作り方が書いて有ります。
どれも美味しい!
どれもロゼに合う!
お試しください。





