《第219話》シン・ステーキの焼き方
つい先日、クリスマスがあったのもあり、店内は妙な忙しなさのなか、夜を迎えていた。
そんな閉店間際に来店した連藤と三井は、いつものようにカウンターを陣取っている。
珍しくスーパーの名前が入ったナイロン袋から、三井がなにか取り出した。
「莉子、これ、焼けるか?」
そう言って三井から差し出されたのは、牛肉だ。
「赤みの牛肉ですね。しかも塊ですね……え? 今からこれ、食べるんですか?」
パックに入った牛肉をまじまじと見つめる横で、連藤はワインを取り出している。
「たまたま営業の帰りにくじ引きをしたら当たってしまったんだ。それをアテに赤ワインを飲みたいんだが……」
取り出した赤ワインは、スーパーに売っている安ワインだ。
だが、それなりに吟味をしたようで、安旨ワインで知られるボトルになる。
三井は牛肉を指差しながら、
「一応、和牛らしいんだが、そんなにサシもないし。俺じゃあ、上手く焼けないしな」
三井はため息混じりにつぶやいた。
最近、料理にハマっているらしく、先日ローストビーフを作ったといっていたのだが、これは焼きたいらしい。
連藤も、頷きながら、
「400gもあるだろ? 食べるのは3人の方がいいと結論になった」
「でも、三井さん、星川さんとローストビーフにして食べればいいじゃないですか」
「あいつ、今、出張でいないのよ。そのまま実家に帰るだかで、年明けまで帰ってこねえの」
「なるほど」
それならと、莉子は牛肉の処理にとりかかることにした。
「これ、結構焼き方楽ちんなんで、三井さん、覚えていったらいいですよ」
少し前のめりな三井に見えるように、莉子は作業を進めていく。
「まず、スーパーの牛肉はドリップあるので、しっかりキッチンペーパーで拭き取ってくださいね。……で、一応和牛ですが、サシは少なめなので、気持ち強めの塩を振って、15分おきます」
「15分も!?」
「そんなにすぐ焼けないです、塊肉は」
莉子は、口の開いていたスパークリングワインと、今日のランチで余ったポテトサラダを差し出した。
これで待っていろ、という意思表示だ。
二人に注いで渡すと、嬉しそうに乾杯し、ポテトサラダをつまみにしだす。
「今年もなんだかんだと忙しかったなぁ」
「だが、案件もまとまったし、それなりだろ。これで年を越せるよ」
プチ忘年会が始まったのを横で聞きながら、莉子はさらに作業を進めていく。
塩を振ったことでまた肉からドリップがでてくる。
それを丁寧に拭き取って、次はフライパンの用意だ。
テフロンのフライパンに少し多めの油を入れ、温まらないうちに肉を乗せる。
そのとき、再度塩をかるく振った面を油にひたした。
「お、莉子、そんなに塩振っていいのかよ」
「一応和牛なので、塩は多めに。もっとサシが入ってたら、もっと強めに振っていいですよ」
乗せた肉の上は、新たに塩が振られていない。
その面にも塩を振り、中火で火にかけていく。
「ぜんぜん、弱火じゃねぇか」
三井の言葉に莉子は笑った。
「だって、コールドスタートですからね。だんだんお肉を温めていくように焼いていきます」
若干白くなった程度でひっくり返し、また白くなった程度でひっくり返す……を4面で行っていく。
「片面10秒であっためたら、もう片方も10秒っていうように、均等に火が入るようにやってくださいね」
すぐに油跳ねが激しくなる。
肉から水が出ているせいなのだが、三井の顔は渋い。
「こんなに跳ねるのか」
「しょうがないですね、この焼き方なら」
ここから徐々に油の温度を上げていく。
ここから揚げ焼きの工程に入る。
「この表面をメイラードさせるっていうんですかね。こんがりガリガリの表面になるのが、最終目標です」
ある程度の焼き色がついた段階で、莉子はバットに網をのせると、そこに肉を取り出した。
「焼いた時間と同じ時間休ませます。焦がさないようにしてくださいね。今回は6分ぐらいですかねぇ」
さらにアルミホイルをかけておく。
「軽くぎゅっと覆う感じで、6分置いておきます。で、このフライパンの油は捨てます。ソースも作れますが、今日はめんどうなんで、作りません」
「作れよ!」
「作りません。もう閉店時間ですので」
莉子の意思は強い。
冷蔵庫から取り出したのは、市販のステーキソースだ。
そのソースを器に入れて、フライパンを洗いにいく。
「結構面倒だな」
莉子は、その言葉を聞き逃さなかった。
「面倒ですが、まだ、楽チンな方なんでっ!」
洗われたフライパンをきちんと拭いて、改めて少し多めの油をしいて、ここでは火をつける。
「今度は熱くしてから焼いていきます。焦がさないように、カリカリのいい感じの美味しい表面にしていきますよ」
再び激しい油跳ねのなか、火を入れていく。
「弾力を見て、……まだ火が入ってないですね。跳ね返りが弱いので。ぷよぷよしてます。これがもっとコロンと丸くなるように焼いていきます」
だいたい3分ぐらいだろうか。
ころりとした可愛らしい肉の塊に変化していく。
「ここで、もう一度休ませます」
「何回休むんだよ、その肉」
「これがラストです。3分程度焼いたんで、同じ時間休ませます」
その間に皿を温め、昼のあまりの葉野菜を添えておく。
そこで3分のタイマーが鳴った。
「では、仕上げの焼きです」
同じフライパンで、少し強めの火にし、焼き色をしっかりとつけていく。
「絶対焦がしちゃダメです。強めで、ささっと焼きますが、ガリっとした表面にしたいだけなので、揚げるイメージで」
言いながら仕上げの火入れはあっという間だ。
コロンとした見た目から、少し強そうなバリッとした肉の塊に変化する。
「これを切って、出しますが、先にソースね」
器に入れておいたソースに、肉を休ませていたバットに落ちた肉汁を注いだ。
それをぐるりと混ぜて、完成のようだ。
「肉の旨みがあるので、これでぜんぜん味変わりますよ」
そして、莉子は塊肉に包丁を入れていく。
切った断面は美しいピンク色だ。
均等な色は、火入れも均等に入ったことを示している。
「なんか、ローストビーフみたいだな」
「近いと思います。でも、何時間も放置とかしないでいいので。少し手間はかかりますが、簡単で美味しいですよ」
莉子は切った肉を皿に盛り付け、二人の間に差し出した。
「さ、冷めないうちにどうぞ」
連藤は一連の焼き方をイメージしていたようで、一枚肉を皿に取ると、
「莉子さん、わさび、あるかな」
「ありますよ。いいですね、わさびも」
連藤はわさびで一口、頬張った。
三井は簡易ソースに肉を浸し、頬張る。
「……うまい。莉子さん、この焼き方もいいな」
「そうでしょ」
「なんだこれ? 皮ができてて、中の肉はやわらかいんだな……」
「サシがなくとも、和牛の強さですね。美味しいですよね」
莉子は瞬く間に閉店させると、小ぶりの椀にご飯をもり、一切れを少し小さめに切ると、ご飯に乗せた。
そこにわさびをのせ、醤油をかけて、かっこんでいく。
「……はぁ……夜更けのステーキ丼って、背徳感マシマシですね……」
さらに口いっぱいのご飯を、連藤が持ち込んだワインで流し込んでいく。
「お前が一番食ってんじゃねぇのか?」
三井の声に、莉子は無視をする。
「美味しく焼いてくれたんだ、いいじゃないか」
宥める連藤に、三井は食いぎみでいった。
「当てたのは俺だし!」
「小さい男ですね……」
「聞こえたぞ、莉子!」
「肉が冷めるぞ、三井。ほら、食べた方がいい」
3人の夜は、淡々と更けていく。





