《第218話》まぐろのゴマレアステーキ
天気が良すぎる最近。
夏並みの暑さが始まり、なかなかに体力が奪われる……!
ということで、『スタミナがつくおつまみ!』をリクエストされた莉子だが、はてさて、何にしようかと、探すことに。
新しいメニューは、なかなか見つからず、それならとスーパーで安い食材を買ってこようかと、莉子は重い腰を持ち上げた。
なぜなら明日は定休日前日。
仕入れも最低限、なのである。
ランチタイムを終え、中休憩を取るかたちで店を閉め、莉子は自転車に跨った。
……が、暑い。
「春、どこ行ったの、もぉ……」
そうして漕ぎ出したスーパーは10分もかからず、到着。
住宅街のなかにあるだけに、安い食材も豊富、種類も豊富、なのである。
カゴを腕にひっかけ、野菜コーナーから順に眺めていく。
一番最初にカゴに入ったのは、台湾パインだ。
春にしか登場しないこともあり、毎年3つは食べている。
いつものパインよりもずっと甘く、小ぶりで、芯も食べれるのも気に入っているため、1本、カゴへ。
そこから次にカゴに入ったのは、新玉葱だ。
前回、玉葱地獄で苦しんだが、それでも甘い玉葱はたまらない。
こちらも3個、投入する。
その裏の棚にあったのは、春キャベツだ。
くしゃくしゃとした葉だが、柔らかく、甘みがある。
生で食べるといつものキャベツとはちがう食感が楽しめる。
こちらは1玉。
『なにかメインになる食材は……』
莉子のアンテナがピンと立ち上がる。
すべて今の時期、美味しい食材だが、お腹をいっぱいにできる食材ではない。
鮮魚コーナーを歩き出したとき、莉子は冷凍魚が並ぶエリアで立ち止まった。
「……やっす」
手に取ったのはマグロだ。
大きなフライパンでも入りきれないぐらいの大きさで、なんと千円を切っている。
斜めにしたり、横にしたりしてみるが、どうみても、どうみても! マグロのハラス、のように見える……見えるぞ……!
冷凍ではあるが、ハラスなら、やりたり料理がある。
莉子はルンルンでそれをカゴに入れ、会計にレジへ向かった。
さて、莉子はこのハラスをメインに添えると、春キャベツと塩昆布のサラダ、新玉ねぎの煮浸しを準備。お酒は、ロゼのスパークリングワインだ。
食事はおにぎりを出すことにし、軽くつまめるようにかぼちゃサラダと、カマンベールに胡桃をのせ、蜂蜜をかけたカナッペを用意。
「莉子さん、ただいまー!」
時間通りに、巧が来店。その後ろを連藤がついてくる。
「ただいま、莉子さん」
「お二人とも、おかえりなさい。お食事はカウンターで」
二人を案内し、席についたところで、カナッペとかぼちゃサラダ、そしてスパークリングワインを注いでいく。
「「「おつかれさまでしたー」」」
すでにクローズが出ている薄暗い店内で、のんびりと夕食が始まる。
二人のつまむ速度に合わせつつ、莉子はメイン料理にとりかかる。
「今日は、マグロのハラスが手に入ったので、これをレアでいただきましょう」
「えー! すげぇ」
巧の感動の声に、莉子は手をかざす。
「あなたがいつも食べている、ハラスとは一味も二味も落ちます。薄いです。ほら」
「……わかんね」
見せた私がバカだった。
莉子の顔にはそう書いてあるが、巧には読み取れないようで、
「それ、どんな料理?」
とても楽しそうだ。
「すぐできちゃいます。まず、このハラスに塩コショウして……ニンニクは、スライスしておきます」
多めのごま油を注いだフライパンを弱火にかけると、そこへニンニクを投入。
その間に、バッドに白胡麻、黒胡麻をざっと入れて混ぜ、塩コショウしたハラスに貼り付けていく。
「ニンニクはチップにします。たくさん合った方が美味しいので……」
3粒ほどのニンニクが瞬く間に黄金色に。
「いい匂いだ……」
匂いで料理の手順を感じる連藤は、ごま油とニンニクの香りに鼻を傾けている。
なかなかに食欲をそそるようで、
「早く食べたい」
小さくこぼす。
莉子はそれに笑いながら、ニンニクチップを取り出すと、そのフラインパンに胡麻がびっしりついたハラスを滑らせた。
じゅわりといい音を立てながら、瞬く間に白色に色が変わっていく。
「もうすぐできますよぉ……」
全ての面を強火で色を変えるように付けると、それをまな板へ。
空いたフライパンには多めのごま油が残っている。
そこにジャーと流し入れたのは、すき焼きの割下だ。
「面倒なので、これで……」
すぐに泡がではじめ、とろりと煮詰まっていく。
その隙にハラスをさささと切り、深めのお皿へ。
そして、ちょうどよいとろみのついた甘辛いタレをじゅわりとハラスにかけていく。
先ほど取り出したニンニクチップを上にかければ、完成だ。
時間的にも10分程度でできてしまう料理だが……
「さ、召し上がれ」
差し出した皿から、巧が連藤の皿と自分の皿に取り分ける。
それを二人同時に口に含んだ。
「……うまっ」
「マグロが溶けてく……」
ふふん、と莉子はご満悦の笑顔を浮かべ、一切れ、取り上げた。
「……あー、おいしい! ゴマの風味とかいいんですよねぇ。お酒が進みますね」
「莉子さん、ヤバい、これ、ご飯ほしい」
「俺ももらえるかな」
すっかりスパークリングワインが取り残されたが、それはそれで。
莉子は先に握っておいたおにぎりを二人に差し出した。
「おー! ナイス、莉子さん」
「おにぎりか。たまに、いいな」
二人は海苔を巻いて、頬張って、またハラスを食べて、頬張って。
流し込むようにスパークリングワインを飲んでいる。
「……意外と、邪魔しないね、今日の泡」
驚きながらグラスを見る巧に、莉子はVサインをする。
「そんな食べ方もするかと、香りが薄い、余韻も短い、あっさりなの、選んでみました」
「正解だな、莉子さん」
楽しげにもりもり頬張る二人を見ながら、莉子はスパークリングをちびりと飲む。
まだまだ夏が遠いだけに、体力はしっかり残しておいてほしい。
そう思いながら、パインをデザートにと切っていく。
今日の夜は、あっさりと、そして、明日は元気に迎えられそうだ。





