《第216話》三井さん家にお呼ばれ
妙に張りのあるベッドだ。
莉子はそう思って目を開けると、木の板張りの天井が見えない。
真っ白の高い天井がある。
部屋は薄暗く、窓のカーテンは閉め切ったままだ。
だが莉子は部屋は時間になったらタイマーで開くようにシステム化してある。(loT関連が得意の瑞樹くんが)
「……はっ!」
飛び起きた莉子だが、となりにはまだおねむの連藤がいる。
昨日は深酒はせず、ワイン1本で済ませたのに、ぐっすりだ。
潰れた頬が唇をずらしてるせいで、少しマヌケなのに、長いまつ毛がキレイすぎて、少し、イラつく。
枕の下からスマホを取り出し、時間を確認すれば、7時ちょうどぐらいだ。
「連藤さーん、おきてー」
莉子が連藤の鼻をつまむ。
嫌そうに顔を歪めながらも、手首をつかむ手は優しい。
「……おはよう、莉子さん」
「おはようございます、連藤さん」
莉子はベッドの上でぺこりと頭を下げて、「よいしょ」と降りる。
朝食の準備をしなければ。
顔を洗い、身支度を整え、コーヒーを淹れにかかるが、その前に冷蔵庫を開けた。
昨日あまったパンは寝る前にフレンチトーストになるよう、卵液に浸してあるからだ。
それをバターが溶けたフライパンに乗せ、蓋を閉めて弱火に。
じっくり火を入れていく。
その横でコーヒーの準備だ。
「連藤さん、いつもどうりですよね? メープルでいいです?」
「時間は変わらず、メープルでいいよ。ありがとう」
連藤さんはリビングの一人掛け用の椅子に腰を深くおろす。
そこでニュースをピックアップしながら聞いていくのだ。
最近のスマホは優秀なそうで、ニュースをピックアップ、要点をまとめ、さらに読み上げまでしてくれるという。
無表情に見えがちだが、集中している時にしか見せない眉間のしわがある。
カッコ良すぎる……!
莉子はコーヒーを啜りつつ、ひと口コーヒーを飲んで眼福に浸る。
だがそれは数秒だ。
すぐに連藤の元にコーヒーを届ける。
そのトレイには先ほど焼いていたフレンチトーストもつけてある。
肩をそっとさすると、すぐに連藤はヘッドホンを外した。
「コーヒーとフレンチトーストです。メープルたっぷりかけてあります。気をつけて食べてくださいね」
「ありがと。莉子さんは?」
「私はダイニングテーブルを一人で広々と使わせていただきます」
「わかった」
くすりと笑う連藤に莉子もにひひと笑って、テーブルについた。
二度目の眼福です。
後ろ姿を見ながらの朝食、たまりません……!!!
じっと見つめすぎたようだ。
連藤がトレイを手に立ち上がった。
「え、あ、連藤、さん……?」
「もう食べ終わったし、聞き終わったから、そちらに」
「……はあ」
「い、いやだったか?」
「え、いや、違います! ぜんぜん、違うんです。お気になさらず!」
半分に減ったコーヒーに冷たい牛乳を足し、連藤は莉子の前に腰を下ろす。
「莉子さん、」
トーンはいつもと変わらないが、連藤をおかずに朝食を楽しんでいたのがバレたのか……!?
「は、はい」
「今日は三井の家に呼ばれてる。夕食を食べてから、来いとの言われた」
「……はぁ」
「巧と瑞樹も来る。三井、ウイスキーを少しばかり集めていたようだ。飲み比べをすることになった」
「莉子さん、」のトーンの低さはなんなのだ?
莉子は問いただしたくなるのをグッと堪え、「いいですけど」そう答えたあと、莉子は「あ!」と声を上げた。
「今日、星川さん、出張だ」
「知ってたのか」
「だって、連絡きましたからね。『お夕飯、残り物でいいから食べさせてやって』って」
「さすがだな」
「じゃ、カフェ早仕舞いして、またこさせていただき」
「いや、」
連藤の否定が早い。
何事かと顔を上げれば、神妙な顔つきだ。
「今日は俺が迎えにいく。タクシーで」
「……はい」
朝食を終え、二人出社も少し板についてきたような気がしているのは莉子だけだろうか。
連藤が大きなビルに飲み込まれていっても、妙な緊張もドキドキも最近はしなくなった。
どうか1日、何事もなく仕事がこなせて、過ごせすように。
そう思うぐらいだ。
気持ちのいい天気のなか、カフェに帰ってくると、開店準備に取り掛かりながら、各種SNSに営業時間短縮の連絡を書き込んでいく。
「これでよし」
そうしているうちにランチタイムが過ぎ、今日の営業は19時までとしていたのが功を奏してか、18時30分すぎても人が入らなかったため、閉店とする。
オープンの看板を店内に入れ、鍵をしめてから、
「今日もお疲れ様でした。ありがとうございますね〜」
看板をささっと乾拭きし、今日は終了だ。
時刻は19時。
さきほど連藤には連絡をいれてある。
「……はやっ」
声がもれるほどの速さだ。
いや、これは、もう、外でタクシーに乗って待っていたぐらいの速さだ。
莉子は昨日と荷物を入れ替え終えたリュックを抱え、タクシーに乗り込んだ。
「莉子さん、お疲れ様」
「連藤さんも」
「夕食はすこし腹持ちのいいものがいいから、ラーメン、食べに行こう」
「ラーメン。……ラーメン?」
魚介の出汁が濃い塩ラーメンと海鮮丼のセットが食べられるお店につれてこられた。
ここの大将は、元は日本料理人だとか。
日々、仕入れの魚が変わるため、海鮮丼にも変化があって楽しめるそうだ。
「あ、連藤さん、ずるい」
莉子がそういったのには理由がある。
数枚のお刺身を残して、塩ラーメンのスープをかけて、簡易刺身茶漬けを作っていたからだ。
「ずるくはない」
「教えてくれてもいいじゃないですかー。まあ、白身がまだ2枚ありますから、やりますけど!」
ご飯に出汁が染みておいしいのはもちろん、魚の脂がさっと溶け出し、また味の濃いスープが楽しめる。
「……この〆、めっちゃいいですね」
「そうだろ?」
そうして食事を終えた莉子たちは、三井宅へとついたワケだが………
「なに、このウイスキーの量……」
莉子がそうこぼすのも無理はない。
キッチンカウンターにずらりと並べられたウイスキーの数々。
見たことのあるウイスキーはもちろん、ないものまでさまざまだ。
「少しだけどな。奥にまだある」
すでに1杯飲み終わった三井が、少し赤い顔でそう言った。
「まあ、飲み比べ、やろうぜ?」
今夜は長くなりそうだ──





