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café「R」〜料理とワインと、ちょっぴり恋愛!?〜  作者: 木村色吹 @yolu
第4章 café「R」〜料理覚書〜

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214/218

《第214話》真空パックでローストビーフ②

 準備は整った。

 料理もリュックに詰めたし、チーズも入れた。

 寝巻きなどは、連藤さんのお部屋に置いてあるので問題ない。


 何が問題なのかというと……


「あのコンシェルジュさん、苦手なんだよなぁ」


 年度替わりは人も変わる。

 役職も上の名前がついている人が多いマンションなのもあり、このマンションは24時間のコンシェルジュ対応がウリになっているのだが、夜21時までは女性が対応。それ以降は男性に交代となる。

 この女性がかなりのパワフルさ、なのだ。

 連藤の視覚が不自由なことは、引き継ぎで伝えられているのはわかる。

 のだが、何かと手をかけようと、あれよこれよと声かけはもちろん、荷物の移動までしようとする始末。


 しまいには……


「本当にあなた、連藤様の、彼女、なんですか?」


 連藤には伝えていないが、いい加減、認めていただけないかと思うのだ。

 最近は「ニセカノさん」と呼ばれる始末。

 はははと、適当な笑いで誤魔化してきた自分が悪いと莉子は思うも、いい加減、管理会社に言うべきか、という段階ではある。

 どうにか「なにか」が起こって、今日は素っ気なくとも、何も言われずに通れますように。



 ──と、思っていたのは間違いでした。


 莉子は大きなタワーマンションに到着。

 まだ慣れない動きで暗証番号を押し、自動ドアを開けて入っていく。

 次にコンシェルジュがいるフロアだ。

 最近改装をし、セキュリティを強化したのも、莉子にとって困難度が増したような気がする。

 テスト改装とはいっていたが、コンシェルジュの受付に、カードキーをタッチする画面がある。

 タッチすると、コンシェルジュ横のバーが降りて、エレベーターにいくためのホールへ移動ができるのだ。

 宅配の方々は全て受付に配達となる。

 その後、コンシェルジュが各部屋に運ぶ、あるいは、この場で受け取りができる仕様だ。

 しかしながらテストも兼ねているため、かなり細かく決められていることも多く、代引きの受け取りは原則禁止、時間指定も受け付けない、という。

 だが絶対にコンシェルジュが受け取ることになっており、荷物連絡が届き次第、メール通知がくるようになっている。

 家にいなくても受け取ってもらえる安心感はあるようで、時間指定なしで、通知がきたら受け取りに来る人も多いそうだ。


 そんなセキュリティを強化された受付で、T・Nいう名札がついたいつものコンシェルジュが立ち上がった。


「住人の方以外は、ここに氏名のご記入を!」

「鍵、開けて入っても書かなきゃダメなんですかね」

「はい。規則ですので!」


 これは嘘だ。

 毎回書いてはいるが、前のコンシェルジュさんの時には不要だったものだ。

 それにB5用紙を四等分に切り取った紙は一人分の名前だけを書く用紙になっていて、それを綴ってあるファイルも見たことがない。

 第一に、訪問者一覧とするのなら、A4サイズでその日一覧になっていた方が確認しやすいと思うのだが、そこに名前の記入をしたことはない。

 どう考えても、手の込んだ莉子への嫌がらせ、なのである。


「はい……」


 書いて差し出すと、むしり取るように持っていく。


「あなた、本当に連藤様の知り合い、なんですか?」

「はい、合鍵も渡してもらってますし……」

「ニセカノ、なんじゃないですか?」

「連藤さんは信用ある人にしか、鍵渡さないタイプですし」

「抜き取ってもできますし」

「いやー……」


 めんどくさいなぁと、心底思っていると、肩が叩かれる。

 振り返れば、そこに連藤の姿が……!


「ひぇ、ふぇ、連、藤さんっ」


 気の抜けた驚いた声がフロアに響く。


「あ、やっぱり莉子さんか。声が聞こえたから、そうかと思ったんだ」

「すみません、ちょっとモタついてしまって」

「いや、受付で、何かあったか?」

「何もございませんよ、連藤様!」


 間に割って入ったのはコンシェルジュだ。

 だが連藤の顔は、他の人にはポーカーフェイスに見えているかもしれないが、少なからず、どこか不機嫌な様子が伺える。


「ニセカノって、どういう意味だろうか」


 聞こえてたんかーい。


 莉子は心の中でつっこむも、いつからいたんだ!? と、逆に気になってくる。


「管理会社に連絡するので」


 連藤はそれだけいうと、タッチパネルにカードキーを通し、バーを下げると、莉子の手を引いて歩き出した。


「すまない。俺が先に部屋にと言ったばかりに」

「ぜんぜんぜんぜんなんでもないんで、ほんと、なんでもないです」

「莉子さんは2回、同じ言葉を繰り返すときは、だいたい『なんでもではないとき』だ」


 莉子は動き出したエレベーターのなかで口をつぐむ。

 もう何をいっても見透かされるのではと思ってならないからだ。


「……今日のメニューはなにかな」


 連藤が莉子のがさついた手をそっと撫でた。

 手の甲の骨を一本一本数えるように、優しく指でなぞっていく。


「え、あ、ローストビーフと飴色玉葱のキッシュ、作ってきて」

「……あとは?」


 ぴったりと横についた連藤から、良い香水の匂いがする。

 いつもかいでいる匂いのはずなのに、エレベーターという密室だからか、いつもより濃く、そして、ぞわぞわと首筋をなでられるような、そんな感覚がする。


「あ、あとはタコとブロッコリーのサラダ的なやつを……」


 するりと指が取られた。

 連藤の指にからみつけられる。

 驚いているうちに、連藤の唇が莉子の耳に触れた。


「風呂と、食事、どっちに、……する?」


 莉子の顔が真っ赤に染まった瞬間、エレベーターが静かに止まった。

 歩きだせない莉子の手を、連藤がひいてくれる。

 その手は少し強引で、優しい温かさがある。


「さ、おかえり、莉子さん」

「連藤さんも、おかえりなさい」


 広々とした玄関で二人は言い合う。

 初めての『おかえり』に、お互い吹き出し、部屋へと入っていく。


 さ、すぐに料理の支度をととのえよう。


 莉子はリュックからエプロンを取り出すと、最終盛り付けにとりかかった────

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