《第213話》 真空パックでローストビーフ
重めの赤ワインに合う肉料理のトップ3は、
・ステーキ
・煮込みハンバーグ
・ローストビーフ
だと、莉子は思っている。
それもあってか、ローストビーフを作る回数は、他の人たちよりも多い自負がある。
それこそ少し手の込んだ料理という意味で、記念日や誕生日、そしてクリスマスなどに作ることが多いのではないだろうか。
莉子はどうかというと……
「……いい感じの肉料理浮かばないから、ローストビーフでいいか」
これぐらいの手軽さで作っている。
ローストビーフがなんとなく難しいような気がするポイントは、
・普段使うことが少ない、塊肉を使う
・温度管理
・完成までに時間がかかる
この3点だと思う。
自炊界隈の目線でいうと、この3点のハードルは結構高めではないだろか。
さらには、お肉は常温に、塩味をなじませるために半日置く、など、レシピに書いてあったら敬遠せざるを得ない!
そんなに先が見えない料理など、作りたくない!!!!
人間は目先の結果を優先しがちだ。
特に『料理』は、短縮しやすく、『手軽に』終わらせたい枠に入ることがある。
さらには、失敗すると、食べきれなかったり、体調を崩すことになってしまったり、自分の身へのデメリットが大きい。
そんなローストビーフの工程を、一つでも、減らしたい!!!!
よく作る莉子でも、
①肉をマリネ
②時間を置いて味をなじませる
③肉を常温に
④表面全部に焼き目をつける
⑤お湯に浸けて、温度が下がり切らないように注意しながら1時間程度放置
5つの工程は、結構めんどうなものだ。
そこで出てきたのは、料理器具のニューフェイス『真空パック装置』だ。
今日は連藤の家に莉子が行く日となる。
赤ワインを飲もうということになっているため、できるだけ手軽で、持ち運びがしやすいものがいい。
タッパでもいいが、汁が溢れる、汚れ物が出る、など、デメリットも大きい。
莉子は届いたばかりの真空パック装置のコンセントを刺す。
すぐに電源が入るが、意外と大きい。
手のひらぐらいの幅かと勝手に思っていたのだが、A4の用紙の長さぐらいある。
まず、冷蔵庫から肉をだした莉子は、冷たいままの肉に、塩、胡椒、ローズマリー、ニンニクパウダーを振りいれ、オリーブオイルでこすり、なじませる。
次に、真空パック用の袋にお肉を入れる。
少し厚手の袋のため、少し入れづらいが、なんとかずるんと入ってくれた。
「この口を、挟めて、真空パック用のボタンを、押す、と」
説明書をなぞり、読み上げ、莉子は確認すると、肉を入れたパックをセット。
ちょうど黒い線があり、ここが熱くなって、パックを溶かし、閉じる役目をするようだ。
カッチリと音がなるように蓋を閉めると、光るボタンに指を添える。
「……ぽちっと」
押した途端、袋の空気がみるみる抜けていく。
ものの数十秒で真空パックされたお肉が現れた。
「……すご」
口コミで、1回の口閉じだと水が入ってきたと書かれていたので、今度は真空ではなく、ナイロン袋を溶かして止める機能を使う。
なんとか2本目も無事に入れられたので、常温になるまで放置する。
その間、肉がパックごとすっぽり入る鍋を探し、火にかけた。
表面温度計で温度をはかり、肉の温度は25℃前後、お湯の温度も80℃を超えたところで、そのまま肉をぽちゃんと入れた。
少し温度が下がるので、火にかけ、80℃を超えたところで鍋を火からおろし、放置だ。
うまくできれば、家を出るタイミングで肉をとりだし、連藤さんの家で焼き色をつけて出せば完成だ。
そう、この工程でローストビーフを作ると、①〜③を真空パック内で行え、そのままお湯へドボンとすればいい。よって、洗い物も少なくて済む。
最初の工程では、少なからずフライパン、肉を転がす箸が最低でも使用しなければならない。
でも真空パックならば、最後にフライパンで焼き色をつけるだけなので、鍋を片付けた後にフライパンが出てくる。
これだけで視界に入る調理器具の量が少なく、心が安寧に包まれる──!
あとはタコとブロッコリーのサラダ、またリクエストがあった飴色玉葱のキッシュ、春キャベツがあるといっていたので、それはソテーにしてステーキ風で出せばいい──
莉子はひと通りの準備、そして、料理のイメージを固め、満足げに頷いた。
ゴールが見えていれば、準備に漏れはないからだ。
「よーし、あとは片付けをすませて……」
おしりのポケットに入れておいたスマホが震える。
手を洗ってひょいっと取り上げれば、時間的には珍しい連藤からである。
莉子さん、今日、少し遅くなりそうだ
合鍵で入っててほしい
「……え……」
莉子にとって、これはローストビーフより、かなりかなりハードルが高い。
ローストビーフの出来栄えで緊張するよりも、あの部屋に自力で入らなければならないことに、莉子の胃が痛み始める──





