《第209話》 ハイボールに合うウイスキーって?②
「今頃、ウイスキーかよ」
三井の言葉には棘がある。
その“今頃”とはどういう意味かと問えば、
「流行だよ、流行。蒸留所も増えたし、供給過多になりつつあんの」
莉子が唸り声で返事をすれば、連藤がそれに反応する。
「投資目的で集めている人も、聞いたことはあるが……」
「それもあるけど、」
まだうんちくが続きそうだったため、莉子はドン!と、二人の前に今日のウイスキーを置く。
「私は初心者なので、飲んでみても、何が何だかわなんないので、今日はヤスさんからのオススメ含め3本、準備しました」
1本目は、白い瓶に黒いキャップ、瓶には大きな『N』の文字。
ニッカフロンティアだ。
2本目は、正面は四角で、平たいボトルにウイスキーらしいコルクキャップ、ラベルは青い紙テープを破りながら巻いた作りになっている。
バスカーの、青ラベルだ。
3本目は、流線的な透明ボトルに、七面鳥かたどられてる。無骨な1本。
ワイルドターキー8年だ。
「えっと、ニッカフロンティアはジャパニーズ、バスカーの青はアイリッシュ、ワイルドターキー8年はアメリカですね」
莉子なりにウイスキーには『5大ウヰスキー』と呼ばれる国があることを事前にチェックはしていた。
ワインでいうなら、フランスワインのボルドー、ブルゴーニュ、シャンパーニュみたいなものだということぐらいはわかっているが、産地によって味の違いや風味、蒸留の製法など違いがあるよう。
さすがにそこまでは難しいと匙をなげ、近所のスーパーで手頃な価格で準備ができるものの中から選んだ結果が、この3本だ。
本来なら、他にスコッチ、カナディアンが入る方がいいのかもしれないが、1万円を予算に考えていたため、これ以上は買えなかったのもある。
「こう並べると、少し、色が違うっていうか、ワイルドターキーめっちゃ濃いですね」
莉子が驚いていると、三井が鼻を鳴らす。
「アメリカはバーボンだろ? バーボンはトウモロコシとか使ってるからな」
「なるほど。他は大麦ですもんね」
莉子は飲み比べセットをグラスに作ると、トレイに名前付きで二人に渡した。
「連藤さん、左から、ニッカ、バスカー、ターキーです」
莉子は連藤の手を取り、グラスをなぞっていく。
「覚えたよ」
グラスを器用に取り上げ、匂いを嗅ぎだした二人に莉子はいう。
「はい、ではですね、これから美味しいハイボールが作れる原液はどれだろうーチェックをしていきます」
「原液っていうなよ……」
「ストレート、だな」
莉子はお構いなしに進めていく。
「お水と氷も準備してますので、好きなタイミングで言ってください」
3人それぞれ、香りをかぎ、飲んでいく。
「一番甘い香りがするのは、真ん中、いや、ターキーもだな」
連藤の声に、莉子が頷いた。
「なんか、香りの弱いから強いになるように並べた感じになりましたね」
「たしかになー。こう並べて飲む機会ねーから、意外と違うもんだな」
莉子は一つずつメモをしていく。
ニッカ
・甘いというより、少し薬の匂い
・少しキャラメルの雰囲気があるけれど、苦い匂いが鼻につく
バスカー
・甘酸っぱいりんごのようなフルーティな香り
・キャラメルみたいな匂いがする、おいしそー
ターキー
・ブランデーみたいな干し葡萄?な香り
・重たい匂いがする
・シロップと少しアルコールを感じる
「お、ニッカ、うまいな」
三井はするりと薄く注いだウイスキーを飲み干していく。
莉子もつられて口に含むが、
「……あま……え、あ、なに、くっさ!」
莉子はグラスを傾けながら、液体を睨みつける。
「なに、この煙い感じ。くっさ」
「莉子さんは敏感のようだな。ウイスキーでいうスモーキーさってやつだが、それほど濃くはないはずだが」
「……私は臭いですね」
「おこちゃまだな!」
「うるさいですよ、三井さん!」
最後にワイルドターキーだ。
一緒に飲み込む際の香りはとても甘く、小さく一口含むと、じわりとしたが焼ける味がする。
だが、飲み込んだあとから感じる鼻からの香りが最初感じた重厚感のある香りがする。
「へー……ワイルドターキーって、余韻、長いんだ」
莉子がつぶやくと、連藤も頷いた。
「確かにそうだな。喉にはりつくのか、ずっといい香りがする。ワイルドって名前がついてるだけあるな」
「味が濃いよな、ワイルドターキーは。つか、莉子、ウイスキーは、ストレート、ロック、水割り、ハイボールで、全部味が変わるんだが、全部試すのか?」
莉子の顔は無だ。
そんなこと、聞いていない。という顔である。
「お前、ウイスキーのレビュー動画、みてみろよ。ストレート、ロック、ハイボールって、だいたい3回飲んでるぞ」
莉子はきりっと背筋を伸ばすと、言い切った。
「今日は、ハイボールの原液を探すためなので、そこまではしません!」
「ほお」
「このまま、ハイボールの味見に突入します」
莉子はそういうと、氷なしで炭酸を注いでいく。
「おおおおおい、氷なしかよ!」
「氷って、味が薄まるじゃないですか。嫌いなんですよね……」
とぽぽぽぽ……しゅわわ……
炭酸が注がれる音が続いていく。
そこに焦るのは連藤だ。
「確かにそうかもしれないが、ウイスキーの原液はぬるいから、氷でグラスごと冷やして炭酸を注ぐ方が、おいしさを楽しめるはずなんだが!?」
「お二人はそうしたらいいかと。私はこのまま比べます」
「どうしてそんなに頑ななんだよ!」
「飲みすぎて、二日酔いになりそうだからですよっ!」
今度は二人の動きが止まる。
確かにそうだ。
少しずつしか飲んでいないとはいえ、ワイルドターキーであればアルコール度数50度。
ワインで度数が高くて15度程度。
「連藤、水、飲むか」
「もらおう」
今日は平日ど真ん中。
明日、二日酔いになるには時期が早い。
莉子はさっそくと飲みながら、メモを書きこんだ。
ニッカ
・甘い、臭い?
・スモーキーな雰囲気がいい後味になってる
・全然違う!
バスカー
・柑橘系の香り
・少し苦味がでる
・さわやか、すっきり!
・凛々しい感じに
ターキー
・甘味はもちろん、ふくよかな香りもそのまま
・ちょっと煙たい雰囲気あり
・重たさは健在な気がする
「結構、違いますね……」
三井と連藤は原液を探すためなのに、ロックでウイスキーを楽しんでいる。
三井はニッカ、連藤はターキーだ。
「二人はそれがお好みで?」
「そうだな。ちょっと煙い感じがいいよな、ニッカ。うまい。飲みやすい。金額も高くないんだろ? コスパいいわ、これ」
めちゃくちゃベタ褒めである。
「やっぱりウイスキーはバーボンだな。俺はバーボンなんだと思う。この重厚感と風味がいいんだよ」
絵になってます。
めっちゃくっちゃ、絵になってます。
「今度、連藤さんに似合うロックグラス、買っておきます」
「オレのは?」
「百均でいいですよね」
「おい!」
冗談はさておき。
莉子は腕を組んで考える。
こんなに奥が深かったか、ウイスキー。
どこか、おじさんが飲むお酒、の印象があり、手を出さないできたが、手を出しても面白そうな世界ではある。
でも──
「ウイスキー沼ったらヤバそう」
小さくこぼすと、三井が笑う。
「ウイスキーは棚を作りたくなるからな。破産まではいかないが、それぐらい金を注ぐやつもオレの知り合いでいるわ」
ヤバい世界すぎる……!
「で、莉子さん、この3本でどれにするか決めたのかな」
カランと氷が揺らされた。
それだけで色っぽい連藤に見惚れながら莉子はいう。
「3本とも、出しますね」
その言葉に二人の顔は苦笑いだ。
「オレたち呼ばれた意味、ねーだろ」
「そういうなよ、三井」
「意味ありますよ。3人とも、気に入ったのがちがったんですから」
莉子は改めて青バスカーでハイボールを作っていく。
やっぱり氷なしのハイボールに、三井は肩をすくめてみせる。
「ワインって、美味しいとまずいって、結構、みんな一緒だったりするじゃないですか。でもウイスキーは全然ちがうんだなって思って。それに安いから味がマズいとかもウイスキーはあまりなさそうだし」
喉を鳴らしてコップの半分まで飲み干した莉子は、二人に誓う。
「明日の唐揚げ&ハイボールパーティは、大成功まちがいなしですっ!!!!」
「「酔っぱらったな」」
二人の声が揃うのもしかたがない。
莉子は赤ら顔で鼻歌混じりにカウンターを右往左往している。
テンションが高く、楽しげだが、それ以上に足が千鳥足だ。
「連藤、莉子上げた方がいいぞ」
「やっぱりか。じゃ、〆、頼むぞ」
「へいへい」
クローズを出していた扉だが、改めてクローズチェック、グラスや食器はカウンター内へ。
使っていたカウンターも粗方拭き終えたとき、2階から降りてきた連藤が声をかけてくる。
「三井、コーヒー入ったぞぉ」
「おー、今行くわー」
こういう日も、たまにはある。





