《第195話》ビールのおつまみに、鶏ささみとニラの中華炒め
クローズが過ぎても居座っているのは三井と連藤だ。
今日は積もる話があるようで、莉子は2人の邪魔をしないよう、そっと厨房へ入り、仕込みの準備にかかる。
玉ねぎを剥いたり、切ったり、炒めたりとしていると、のっそり入ってきた人がいる。
「おい、莉子、つまみ」
「人に頼む態度ではないですね」
「いいから。ビールに合うやつ、頼むわ」
思えば今日は2人ともにビールだった。
莉子は冷蔵庫の中身を見て、ふんと唸る。
「鶏のささみと、ニラか……ピリ辛で炒めてみるかな」
莉子はキリのいいところまで仕込みを終わらせ、調理にかかる。
まず、ささみは筋を取って適当に切っていくが、大きめの方がジューシーに仕上がって美味しい。
そこに塩と胡椒を強めにふり、みりんを入れて揉み込んでおく。
フライパンを温め、ごま油を多めに注ぎ、熱くなったら、小麦をこまぶしたささみを投入。
順次、焼き色をつけていく。
コロコロと転がしていると、またのっそりと現れる。
「まだか?」
「あと5分もしないでできますよ」
火が通れば早い料理なのだ。
9割近く火が通ったのを確認し、そこへ豆板醤を投入。
少し多めに入れてやろう。
小さじ半分とレシピにはあったが、小さじ1は入れたと思う。
「……大丈夫大丈夫」
いい香りがしてきたら、中華味のペーストを追加で入れて、焼いていく。
味が馴染んだあたりで、3㎝ぐらいにぶつ切りにしたニラを投入し、さっと炒め合わせていく。
最後に醤油を回し入れ、香ばしく水を飛ばせば、完成!
皿に盛り付け、もう一工夫。
ギャバンの四川赤山椒(花椒)入りをパラリとかけてみた。
「これで、もっと熱くなるでしょー。まじ、おいしそー」
ふふふと笑うが、ここまで味見をしてきてなかったことに気づく。
莉子はそっとひと口頬張った。
「……お、辛いっ! 熱っ! ……でも、おいしい……あー、これ、ランチメニューにできそう……顔から汗ひどーい……」
さっそく皿を運んでいくと、待ってましたと箸を手に三井がこちらを見ている。
「そんなに楽しみだったんですか」
莉子の声には呆れが大量に含まれていたのだが、三井は気づかないようだ。
「ったりまえよ。ビール追加な!」
「飲み過ぎじゃないです?」
瓶ビールを手渡し「これで最後にしたらどうです?」ひと言足してみたが、聞く耳はないようだ。
栓を抜いて美味しそうに飲み込んでいく。
その間、連藤ができたての炒め物に箸を伸ばした。
そっと、ひと口ふくみ、うんとうなずく。
「……これは、ビールが進むぞ」
その一言に三井は大喜びだ。
大きくささみとニラを頬張った。
しゃきしゃきという音と共に、しっとりとした鶏ささみがふわっと広がる。
そのあとに、辛味がじんわりと口の中に響いてくるが、山椒の辛さと唐辛子の辛さの届き方が違うため、舌がしびれ、喉が辛いという、広がりのある辛さが面白い。
さらには目の当たりに汗がにじみだし、ビールがより欲しくなる1品なのは間違いない。
「莉子、これ、あいつに教えてやって」
「星川さんに? 簡単ですから、三井さんが作ればいいんですよ」
「俺も、そう思うぞ、三井」
一瞬、空気が止まる。
だが飲み込むビールは止まらないようだ。
「……莉子、もう1本」
「次で、ラストにしてくださいね?」
空になった食器を適当に下げ、莉子は厨房へと戻るが、連藤は久しぶりにテンションが高い三井にあてられたのか、珍しく声をたてて笑っている。
ふと、夜中の楽しい時間が久しぶりな気がして、莉子も厨房で仕込みの続きをしながら、笑ってしまう。
「こういう日も、たまにはいっか」
2人の会話をラジオのかわりにしながら、莉子は作業を進めていく。





