《第189話》オイルフォンデュ
今日は早々にクローズを出し、女子会である。
メンバーは、星川、奈々美、優と、今日は初めて参加の九重の彼女、真穂である。
「莉子ちゃん、いつもありがとね!」
言いながら差し入れを持ってきたのは、星川だ。
「三井くんから、これ渡せば機嫌良くなるっていうから」
「……お、アメリカワインですね! わーありがとうございます。みんなで飲みましょうっ」
席についた真穂だがソワソワしている。
「私、会費だからと、持ち寄りもなく……」
「あ、気にしないで! あたしも持ってきてない!」
言い切ったのは優だ。
うんうんと頷くのは奈々美である。
「じゃ、今度の女子会のとき、3人で差し入れしよ」
「いいね、それ!」
「私もいいんですか?」
「いいっていいって!」
その会話に不服なのが、星川だ。
「なんか、シニアは仲間はずれね」
「しょうがない。私と星川さんは、ちょっと世代が違います」
ふたりで慰め合いながら、莉子は小さなオイルポットを用意する。
そして、それぞれに長めの串を渡すと、
「今日は、オイルフォンデュです」
すでに温められたオリーブオイルには、ローズマリーが浮いている。
「食材は、マッシュルーム、じゃがいも、かぼちゃ、ブロッコリー、長芋、トマトとか、あと、豚ヒレ肉に、鶏肉、牛肉、ウィンナーもあります。好きな食材を皿にとって、その串にさして、オイルで揚げて召し上がってください。オイルはガーリックと塩で多少香りと味を足してますが、塩やマスタードなど、お好みでどうぞ」
フライドガーリックが並んでいる理由は、香りをつけたためだ。
焦げないうちにローズマリーを取り出すが、シンプルに、いい香りのオイルができた。
「串揚げじゃないのが、莉子さんって感じ」
星川は笑いながら、長芋やウィンナーを皿にとっていく。
小皿が各3枚ずつ与えられているのは、塩やマスタード、ケチャップなど、味変ができるようにだ。
さっそくと何を刺そうか迷うメンバーのなか、莉子はマッシュルームをさすと、オイルに差し込んだ。
「串の取手には、名前が貼ってありますから、このまま置いておいても問題なしです」
莉子は塩で食べるつもりなのか、皿に岩塩をごりごり卸していく。
莉子に続いて、かぼちゃ、鶏肉、ウィンナー、長芋が油へと落とされる。
じゅん! と音はなるが、すぐに落ち着く。
オイルポットは温度調整をしなくとも、設定された温度を保ってくれる。
ゆっくりと火が入れられていくため、おつまみの生ハムやチーズをつまみ、シャンパングラスをそれぞれに揺らしていく。
「はぁ……」
大きなため息をついたのは、真穂だ。
「どうしましたか、真穂さん?」
今日は女子会のため、料理を運ぶ回数が少なく、どっかりと椅子に座っていたのだが、真横でため息をつかれてしまっては、どうにかしなければならない。
「いえ。その。私なんかが、ここにきていいのかなって……」
「なんでです? この女子会は、私が好きに開いている会です。お気になさらずです」
「そうよ、真穂ちゃん。ここはね、彼氏の愚痴とか、仕事の愚痴を、ぶわーーーって吐き出す場なんだから」
星川はもう酔っているのか、頬が赤い。
聞けば、徹夜明けといっていたが、今日は乱れそうだ。
「真穂ちゃんの彼氏って、九重くんだもんね。なんか、思いやってくれそう」
そう言うのは、優だ。
羨ましいと、頬にデカデカと書いてある。
「えー? どっちかっていうと、九重くんと瑞樹くんは、おんなじ属性じゃないです?」
莉子の言葉に、大きく首を振る。
「瑞樹くんは、いざってときの決断が、優柔不断。九重くんは、そこらへん、ビシッと決めそうだもん」
「でも、九重は、その、意外と自分勝手だから、私のためっていっても、ちょっと、違うこと、あります」
真穂ちゃんの長文セリフに、一同心が踊る。
少し緊張がほぐれたのだろうか。
いや、ついしゃべってしまったようで、耳まで赤い。
「ねー、みんな聞いてよ。あの三井くんが、この前、ザンギ作ってくれたのよ! すごくない?」
「「すごすぎ」」
声を揃えて感動するのは、奈々美と優だ。
それに補足として伝えるのは莉子の役目だ。
「その、三井さんって彼氏さんがいるんですけど、まー、イケメンクズでして、料理できないのに、わーわー言うので、連藤さん主導で、三井さんにザンギを作らせた経緯があります」
「そうなんですね」
真穂は頷きつつ、串にさしたかぼちゃを頬張った。
熱かったようで、はふはふと口が踊る。
「莉子ちゃんも、驚いたわよね、あの出来」
「ええ。焦げもなく、素晴らしいザンギでしたよ」
同意をしつつ、莉子はグラスに酒を注いでいく。
追加のポテトサラダを差し出しながら、思えば、真穂は料理が得意だ。
「真穂さんって、いっつも九重さんに何作るんですか?」
莉子の質問に、うーんと唸ると、にこりと笑う。
「うちはいつも安売りでご飯を作るので、これといったものは……」
「「「いい奥さん!」」」
なぜ、3人がこれほど食いつくいたのかはわからないが、とても素晴らしい金銭感覚であり、料理もなんでもできるのがそれだけでわかる。
「料理かぁ……全然作れないからなぁ……こんなんじゃ、同棲なんて、夢のまた夢だヨォ」
優の泣き言に、奈々美が肩を叩いて慰めるが、
「え、同棲、してないんですか?」
意外な驚きが返ってきた。
もちろん、真穂だ。
「同棲、してるの……?」
優の声に、小さく頷く。
「まじかーーーーー!」
優は自分だけ遅れている気になるようで、ぐずぐすと泣き出す始末。
だが、真穂はけろりと言う。
「私たち、一回、同棲解消しようかって、話してます」
あまりの急展開に、追いつけない。
串にさした食材もからからにあがっている。
「私が別な銀行に転勤になって、今の場所じゃちょっと生活が難しくって。だから、一回、離れて暮らしてって」
「……なんて、アグレッシブにフリー」
莉子の呟きに、皆同意だ。
確かに同棲をしていても、住む場所を変えても問題ない。
『絶対』同じ家に住まなければならない理由はないのだ。
「それぞれに、いい距離って、あるのかもね」
星川の声に、全員が頷くが、もうボトルが空だ。
「次は、何飲みます? 赤、白?」
莉子が言うと、みんな白がいいという。
莉子は冷やしてあるワインをとりに、厨房へと向かうが、歩きながら思う。
本当に、それぞれの距離感だ。
カップルだから、こうだ。なんて、ものはもうないのかもしれない。
家族だからこそ得られる幸せもあるし、カップルだからこそ得られる幸せもあるのだと思う。
なんとなく、カップルの形がいい意味で柔らかくなった夜。
深酒が進んでいく。
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