《第182話》今日は豚汁定食
天気予報士が言う。『明日は、冬将軍が来る日です』と。
冷え込みも厳しく、風も強いという予報に、莉子は即座に翌日のランチを豚汁に決めた。
ボードに『今日のランチ豚汁定食』と書き込むと、準備をしていく。
本当なら、昨日のうちに作っておき、味を馴染ませるのがいいのだが、そんな時間がなかった……。
「よーし、早起きしたし、がんばるぞー。多めに作って、私のご飯にもするぞー」
自分で声に出さないと動かないほど、厨房は冷えている。
意味もなくフライヤーに火を入れておき、鍋に水を沸かしておくが、いつ使うかは、ちょっとわからない。
すぐに取りかかったのは大根だ。
銀杏切りにした大根を下茹でしておく。
理由は、単純に大根臭いのが苦手なのだ。
そのあとは、白菜、にんじん、玉ねぎ、つきこんにゃくはお湯をかけてから適当に切り、あげもお湯をかけて適当に切っておく。あとはじゃがいもと、長ネギ、最後にごぼうと、厚めの豚バラをたっぷり切っておく。
「よし。やるか」
大きな寸胴にごま油をたらし、そこにごぼうを炒めていく。
香りが立ってきたら、豚バラを炒めて脂がにじんできたところで、じゃがいも、玉ねぎ、にんじんに油をまわしていく。
てらっとしたところで水を張り、出汁の素と、白菜とつきこんにゃくを投入。
あとは、火が通るのを待ちながら、灰汁をとっていけばいい。
「あ、大根……」
煮え始めたところで、忘れていた大根を入れ、酒、みりん、味噌をいれて煮込んでいく。
具沢山すぎて、ほぼ、味噌煮になっているが、かまわない。
仕上げに生姜とネギを忘れないように、そばに設置しておく。
鍋がことことしている間に、サバの竜田揚げを作っておくにした。
下味さえつけておけば、片栗粉をつけてあげればいい。
「あとは……にんじんのツナ和えつくっておこ……」
──そうしている間に、ランチタイムだ。
今日は正午ぴったりに三井と連藤が来店である。
「今日、豚汁定食か。って、白米かよ」
「炊き込みまで、手がまわんなかった」
「文句を言うなら、ビーフシチューにしたらどうだ、三井。ご飯にもあうぞ」
「いや、食うけど。食うけど!」
強風がひどい今日、客足も遅れ気味だが、少しずつ席がうまりはじめていく。
みな、来店時には手をこすり、定食を出せば、一番最初に豚汁に箸がのびていく。
「莉子さん、今日の豚汁、いいコクがある。大根もとろっとしてる。おいしいよ」
連藤の声に、莉子は安心したように笑う。
「連藤さんによろこんでもらえるだけで、元気がでます」
お冷を足しに三井のグラスに水を注ぐと、
「竜田揚げ、焦げてねぇか?」
「食べる前に言わないでください。下味つけた魚は、だいたいそんな色に揚がるんで」
「なんか、俺にだけ、冷たくね?」
「褒めないからですよ」
他のテーブルに回りながら、オーダーをこなす莉子の足音を聞く連藤は三井を肘でつく。
「なんで、素直に『うまい』っていわない」
「莉子には、なんか言いづらいんだよ」
「なんだ、それ。星川にもそうなのか?」
「うるさいなぁ……」
だが思うところがあるようで、黙って豚汁をすすると、大きな口でご飯を頬張る。
また豚汁を飲み込む。
「……やっぱ、難しいな……」
うわべだけの関係で、吐くように褒めることができるのに、いざ伝えなければならない言葉がでない自分に、三井は唸る。
「がんばれ」
連藤のがんばれが投げやりじゃないのが、また悔しい。
そんないつもの昼下がりは続いていく。





