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café「R」〜料理とワインと、ちょっぴり恋愛!?〜  作者: 木村色吹 @yolu
第4章 café「R」〜料理覚書〜

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176/218

《第176話》バッタ液ってなに?

 今日は優と奈々美の来店なのだが、カウンターに座るなり、彼女たちの開口一番が、


「「バッタ液ってなに?」」


 だった。


 莉子は、逆に聞いてみる。


「なんだと思ってます?」

「え、奈々美、言ってよ」

「なんで、私に振るの? やだって」


 口に出すのもおぞましそうなふたりの顔に、莉子は、単刀直入に言う。


「昆虫のバッタが山もり入った液体とでも思ってます?」


 ふたりの可愛らしい顔が、上下に小刻みに揺れる。

 むしろ、震えている。


「というか、どこでききました、それ」


 莉子はカウンターのテーブルでもぞもぞと手を動かしつつ聞くと、


「電車で。ね、奈々美、あの、発泡スチロール持ったお兄さん、ブツブツ言ってたもんね」

「そう! バッタ液が大事とかって……もう、怖くて」

「……それ、あの人じゃないです?」


 ふたりが振り返ると、そこには……


「「ぎゃあぁぁああぁ!!!!!」」


 ウィンドブレーカーを羽織ったお兄さんが、片手を上げて立っている。

 彼はズカズカと店に入ってくると、発泡スチロールをどんとカウンターに置いた。


「はい、莉子ちゃん、牡蠣。今日の、マジでいいよー」

「すみません、西屋さん、配達してもらって」

「いや、帰るついでだから。こっちこそ毎度ありがとね」


 莉子は発泡スチロールの中身を確認し、大きく頷いた。

 いつもどおり、粒がそろって、大きい牡蠣だ。


「ね、西屋さん、またバッタ液の配合、考えてたでしょ」

「……え、なんでそれ……」

「彼女たち、バッタの液だと思って、戦々恐々してましたよ」

「あー、ごめんね、お姉さんたち」


 キャップのツバをつまみ、頭を下げると、手を上げ、颯爽と帰っていく。

 唖然と見送る優と奈々美に莉子は思わず笑ってしまうが、ふたりの顔は真剣だ。


「「だから、バッタ液ってなに!?」」


 莉子は「はい」そう言って、カウンターに小さなボウルを置いた。

 そこには、クリーム色の液体が入っている。

 ふたりにそれを手渡し、莉子は発泡スチロールを冷蔵庫へと入れに行く。

 戻ってみたが、ふたりの顔はかしげたままだ。


「莉子さん、これがバッタ液、ですか?」


 奈々美の不思議な顔が面白い。


「クレープの生地みたいな色」


 優の声に、莉子はうんうんと笑う。


「バッタ液というには、バッター液とも言って、英単語の衣って意味になるんだけど」

「「batter?」」

「それなのかな? ホットケーキの生地みたいに、卵や小麦粉、牛乳や水で溶いた液のことを言うんだ」


 莉子はふたりに見せた生地に、冷蔵庫から持ってきたズッキーニをくぐらせ、パン粉をまぶすと、じゅわりと揚げていく。


「フライって、小麦と卵、で、パン粉じゃないの?」


 優の声に、莉子は頷く。


「そっちのほうが、卵の味がよくするかもしれない。バッタ液だと、少しふんわり、厚めの衣になるからね。でもつける工程が1個はぶけるから、お手軽っていうのがあるよね」


 揚げあがったズッキーニのフライをふたりに差しだすと、さっそくとつまんでいく。


「ほくほく、して、る」

「おいしー」


 すかさず、飲む予定のスパークリングワインをだすと、ふたりは一気に飲み干し、ひと息ついた。


「はぁ……よかった。謎がとけて」

「ホントだよね。検索したくなかったし」


 なるほど。

 今は簡単に調べられる世の中だからこそ、みたくないものは調べない選択もあるわけだ。


「でも、なんであの人、あんなにバッタ液にこだわってるの?」


 奈々美の声に、莉子は肩をすくめた。


「西屋のお兄さんいわく、『衣の厚みが変わるから、マジ配合、大切なんですよ』って言ってた。けど、私にはわかんない」


 ふたりのグラスにスパークリングワインを注ぎつつ、莉子は小声で話しかける。


「……明日、みんなで牡蠣パーティの日ですけど、3人で先に、味見しませんか?」

「「……賛成!」」


 今日もカフェの夜は、ゆっくりと、楽しく、更けていく───

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