《第173話》青唐辛子入りチヂミを焼きます
たまたま見ていたテレビ番組。
莉子はその料理に釘付けになる。
「……チヂミに青唐辛子……!?」
通常の生地に、青唐辛子の輪切りがたんまりと入れられたチヂミ。
それをビールと流し込む俳優だが、辛そうだ……
「食べたい」
莉子の気分は、辛いものが食べたい気分だったのだ。
野菜の注文メモに青唐辛子を加えておき、莉子はその日は眠りについた。
……が、起きてからはずっとチヂミが頭から離れないでいた。
青唐辛子のチヂミ、いつ、どのタイミングで食べるべきか。
なので、青唐辛子をいつ発注するか、ずっと考えていたのである。
「……めっちゃ悩む……」
「莉子さん、眉間にすごいしわ」
ツッコんできたのは巧だ。
今日は瑞樹とランチに来てくれている。
「いや、昨日、青唐辛子入りのチヂミをテレビで見まして……」
「うわ! やばくないそれ!?」
瑞樹は彼女の優のおかげで、少しは辛いものが食べられるようになったが、積極的には食べない。
だが、巧は違う。
「え、めっちゃうまそう」
「でしょ?」
「えー、そこ盛りあがんないでよぉ」
瑞樹の泣き声が入るが、莉子は気持ちが通じたことがうれしく止められない!
「こうビールと一緒がいいと思うんです!」
「わかるわーそれ! 莉子さん、めっちゃよくない?」
「そうなんです、が」
「「翌日ね」」
声が重なった。
これは瑞樹にはわからないことだ。
疑問符を浮かべていると、二人はにひひと笑う。
「……ま、そういうわけなので、定休日に食べるか、その前の日に食べるか、悩んでるんです、私は」
「なるほど」
巧も大きく頷いた。
瑞樹は大きく首を傾げている。
「莉子さん的にはいつ食べたいとかあるの?」
「巧くんはどうです?」
お互いに「うーん」と唸ったとき、カレンダーを眺めていた瑞樹が顔を上げた。
「莉子さん、もう悩むなら、今日の夜、食べたらどうです? おれは食べないけど」
「「なんで!」」
「二人で言わないでよ……ビールは飲みたいけど、辛いのは……」
確かにすごく辛そうなチヂミだ。無理強いはできない。
改めて莉子はカレンダーを見ると、「あ」と声を漏らした。
「明日の夜にしましょう。明後日は、臨時休業でした。墓参りに行くの、忘れてました」
「「忘れないで!」」
二人のツッコミをうけつつ、莉子は明日の夜の約束をし、その時間は解散となった。
かくして翌日の夜、集まったのは………
「莉子さん、瑞樹くんから聞いて、来ちゃった!」
優と、
「私も食べたくって。やっぱり、スカって辛いのがいいよね!」
奈々美と、
「オレ、今日めっちゃ楽しみにしてたんだー」
巧と、
「おれは、いらないんで!」
瑞樹と、
「俺もいただきたい」
連藤だ。
ここは、ちょっと予想外だが、翌日の墓参りに連藤も行くと言ってきかず、だから泊まりたいということで、急遽、参加となったわけだが───
「ビール、足りるかな……」
樽が3本用意されているが、莉子は足りないんじゃないかと心配している。
瑞樹はその心配はおかしいと思うが、
「セーブしながら飲めば、平気じゃん」
巧の発言に、どれだけ飲む気なんだと思ってしまう。
「なんだよ、瑞樹」
「いや。……うん。楽しみだったんだなって」
「そりゃそーよ!」
早速と莉子は焼きにかかる。
今日は本当にチヂミしか作らないと伝えてある。
辛いものを紛らわすための豆腐サラダや、中華スープは用意したが、その程度だ。
もちろん、辛くない海鮮チヂミも焼いていく。
3つのフライパンを並べ焼いていくが、青唐辛子は切っている時から辛かった。
作り方は簡単だが、これはあくまで莉子流だ。
片栗粉とたこ焼き粉を水で溶き、その中にニラと青唐辛子の輪切りを加え、焼いていく。
本来なら、片栗粉と小麦粉、そのなかに鶏ガラスープの素や醤油など加えていくのだが、それが入っている粉が、たこ焼き粉なのである。だしの風味が効いたたこ焼き粉は下味がついているものもあり、莉子はそれを小麦粉代わりにしたのだが、これがいい風味なのだ。
市販のチヂミの素でも作ってみたが、莉子の中では、たこ焼き粉がいちばんしっくりきたので、ずっとそれだ。
海鮮チヂミはイカとエビが多めで、玉ねぎ入りの野菜チヂミ、そして、青唐辛子のチヂミ。
焼き上がりの皿に滑らすのは、ピザ用カッターだ。
「包丁で切るより、これ、便利だわぁ……」
コロコロとさせれば、あっという間だ。
莉子は熱々のうちにテーブルに座る彼らへと届ける。
特製のタレと一緒に並べられたチヂミに、小さな歓声があがる。
「どんどん食べてくださいね。次焼き終わったら、私も食べに入ります」
すでにクローズをだした店内だ。
彼らのビール片手に乾杯の声が響いた。
「……味、おいしいかなあ……ちょ、目が痛い……え、唐辛子……?」
チヂミを焼く厨房のなかにも歓声が届いてくる。
なかなかにインパクトのある味のようだ。
莉子は追加のチヂミを持っていくと、顔を真っ赤にした5人がいる。
「瑞樹くんも食べたの?」
席についた莉子が聞くが、舌を仰いだまま、うなずくだけだ。
ビールの減りも尋常じゃない……
「莉子さん、食べてみて!」
優が涙目で皿によそってくれる。
莉子はこれほどに弱っている彼らに驚きながら、一口頬張った。
甘酸っぱいタレが焦げた部分にしみて、旨味が広がる。
さらに、ニラの歯応えと、青唐辛子の歯応えが面白い。
……が、すぐに辛さが上がってくる。
「……辛い!!!!!」
莉子は叫ぶと、ビールを流し込んだ。
一口でこの辛さとは……
青唐辛子も当たりとハズレがあるのだが、今回は当たりだったのかもしれない。
「でも……なんか病みつきになります……!」
さらに頬張る莉子に、瑞樹はドン引きだ。
巧は莉子に釣られて再び食べ始める。
「はぁ、辛っ」
それに押されて、優と奈々美も食べ出すが、笑顔だ。
「はぁ〜辛いー!」
「なんかスカってするよね、奈々美」
瑞樹は理解できないという顔で見るが、連藤も同じようだ。
「味がわからなくなる辛味は、ただの痛みだ。俺はもう食べない」
「おれもそうしよ」
莉子は二人の前にチーズが溶けた海鮮チヂミの皿を押し出した。
「チーズのっけてみたんです。美味しいですよ」
二人の顔が、やわらい笑顔になる。
よっぽど、辛かったようだ。
「たまにはビールもいいもんですね」
莉子はもう一口、辛いチヂミを頬張り、ビールを飲み干すと、胃をさする。
──がんばれ、明日の私!





