《第170話》定番・ローストビーフ
ローストビーフはいろんな作り方がある。
実際莉子も、いろんな作り方で作ってみている。
それこそ、オーブンで火入れをしてみたり、炊飯器で火入れをしてみたり……
だが……!
「肉の大きさで、火の入りが変わるから、いっつもまちまちなんだよね!!!!」
と言う状況。
なのですが、巧と瑞樹からのリクエストがあり、作らざるを得ない状況に……
それとなく、なんとなく成功させてきたが、今日は失敗できない。
理由は簡単。
「なんで今日に限って、肉持ち込みなのよ……」
上等な牛肉なのである。
長方形に切られた肉だが、脂の具合は良く、さらに生の状態なのに、香りも良い。
「熟成肉とか言ってたっけ? すごいいい香り。ステーキの方がいいんじゃないの?」
莉子はお肉を手早く下味をつけていく。
今日は、適宜なハーブとオイル、あとはニンニクを塗りつける。
「温度管理が大事だから……下味つけたら、常温に1時間放置……と」
その間に、前菜や付け合わせの下処理、さらにはスープにデザートを準備し終え、再び肉に向き合った。
「今は4時……予約は7時……やってきますか」
鉄フライパンに油を薄くひき、肉に焼き色をつけていく。
厚み1センチ1分と見て、4分は間違いない厚みだ。
まんべんなく色をつけてる間に、隣でお湯を沸かしておく。
「温度が80℃をキープ……だったよね……」
タンパク質が固まる温度を急激に上げないように、じっくり、そして、一定に温度を保つことが重要らしい。
焼き色が均等についたところで、アルミホイルに二重に包み、さらにジップロックに肉を詰め、お湯へ投入。
傍には、しっかり温度計を添えてある。
「これで、5分くらいグツグツって………そんなに煮ていいの? ………お! すぐ温度あがってくるし……」
微調整をしながら、肉の厚みの雰囲気で、7分とし、7分後、火を止めると30分放置だ。
「この間に、食器関係、見ておこうかなぁ」
ワインの確認や、グラスを拭き直していると、タイマーが響く。
「あとは、来るまで常温で放置、だね。……よし、ラストの確認しておきますか」
夕方のお客をさばきながら、巧と瑞樹の料理を整えつつ、莉子は夜を迎える。
今日は連藤と三井は接待だということで、この店への来店はない。
それを見越しての、彼らのイベントのようだ。
「莉子さん、ただいまー」
「ただいま、莉子さんっ」
時間よりも15分早く、二人は到着した。
いつものカウンターに座ってもらうと、すぐにシャンパンを取り出した。
「やっぱり、最初の一杯は」
フルートグラスにそっと注ぎ、渡すと、巧が笑う。
「莉子さんの分は?」
「一応、店主なので、断りなく注げませんから」
「そういうとこ、莉子さん、真面目だよねぇ」
二人に笑われつつも、莉子は自分にもシャンパンを注ぐが、
「今日は、何に乾杯なの?」
「今日はオレと瑞樹の、なんだろ。友だち記念日?」
「ちょ、なんか、それ恥ずいし! ……おれがその、小学校んとき、転校してきた初日が今日で……そこから仲良くなったわけじゃないんだけど、まー、なんとなく、二人で今日は楽しむ日って決めてて」
「ウケる。まじでそう。そっから仲良くはなってないよな? あー、友だち同士ってさ、誕生日だーなんだーとはするけど、それ以外の記念日ないじゃん。なんか二人でしたくって。それでつくった感じ」
「なるほど。……また二人のことが知れて、嬉しいです」
莉子はいいつつ、二人のグラスに自分のグラスを当てていく。
リンとなった音に、莉子は微笑みながら、料理をスタートさせるが、前置きは忘れない。
「ここはカフェなので、なんとなーくなコース料理ですからね! そこだけはお間違えなく」
前菜はチコリーのサラダ、スープは野菜たっぷりのコンソメスープをパンを添えて、さらに海老とホタテのグリル・チーズリゾット添えを食べてからの、メインのローストビーフだ!
「すっごいいいお肉でした」
言いながら差し出した皿には、たっぷりとローストビーフが乗っている。
二人の御所望だ。
『食べきれないぐらいローストビーフが食べたい!』(肉は持ち込み)
山盛りのローストビーフの皿に、二人の感動は止まらない。
「わさび醤油はもちろん、塩、胡椒、マスタードもあります。色々ためしてみてください」
となりに置かれたのは、ピノ・ノワールのワインだ。
「こう、芳醇な香りはもちろんなんですが、ほどよい渋みもあって、ローストビーフによく合うんです」
同時にグラスの香りを嗅ぎ、巧と瑞樹は顔を見合わせる。
「「ぜったい、うまいやつ」」
ワインを飲み、肉を頬張り、二人の食欲は止まらない。
むしろ、ご飯をくれと言われる始末……
「やっぱ、丼だよな、瑞樹」
「だよね!」
……ここがカフェじゃなかったら、どつかれていると、莉子は思う。
しかしながら、会社での関係は変わっても、二人の関係は変わりがないのが、本当に素敵だと莉子は思う。
むしろ、より二人の距離が縮んだぐらいに感じる。
言いたいことをよりよく伝え、さらにお互いを高め合う、そんな関係に見える。
「お二人は、ずっとこのままでいてほしいと思うのは、わがままでしょうか」
莉子がグラスにワインを注ぎながら言うと、巧は笑う。
「無理だよ、莉子さん」
「うん、それは無理!」
お互いに否定されて、莉子は驚いてしまう。
「だってさ、莉子さん、お互い変わってるから、この距離感なんだと思うよ?」
「オレもそう思ってる。どっちかがそのままで、ってなってたら、きっと、もうオレたち、離れてると思うし。目指す場所があるってのが、大事だよな、お互い」
「そうそう!」
これが若さか。若さなのか!!!!
莉子は心のなかで呟くが、切磋琢磨している二人だからこその距離感、というのもわからなくもない。
「……私も、連藤さんと、ちゃんとした距離とらないとな」
そうこぼしたとき、瑞樹の顔が、にゅっと出てくる。
「莉子さん、ちょっと聞いて。優ちゃんなんだけどぉ」
こちらの距離感はまだまだなようだ。





