《第169話》ラム肉のフレンチラックを焼く
店はクローズがされている。
今日は試作料理を味見の日だからだ。
「今日、お越しくださり、ありがとうございます」
莉子は、カウンターに腰をおろす、三井と連藤に頭を下げてみせる。
そして、慎重にカウンター下の冷蔵庫から肉を取り出した。
──大きめのバッドにあったのは、骨つきのラム肉『フレンチラック』だ。
「綺麗な、肋骨だなぁ」
赤ワインをちびりと飲み、三井がつぶやく。
「莉子さん、急にフレンチラックなんて、どうしたんだ?」
連藤の質問に、莉子は小さく唸りながらも、答えた。
「ラム肉のチョップは焼いてたんですけど、塊で焼いたらどうなるかなって。なので、今日はお二人に、実験台になっていただきます」
「俺はうまけりゃいいわ」
「莉子さんがまずいものを出すわけないだろ」
「変なハードル上げないでくださいよ、連藤さん……」
莉子は昨夜みたYouTubeを頼りにした処理をしていくが、ついつい莉子から声が漏れる。
「便利な世の中になりました。料理の本を買わなくても、勉強ができる時代なんですよ……ね……よいしょ」
莉子は手際良く、肉に切り込みを入れていく。
脂肪側ではない骨と骨の間に切り込みをいれていく。こうしておけば、焼き上がったあと切り分けやすくなるのだ。
さらに適当なハーブと、オイルと塩を塗り付け、肉の温度が常温に戻るまで放置。
その間に付け合わせの芋といんげんの処理をしていくが、二人のグラスが空になる。
「どうします? 新しいワイン、開けますか?」
「俺は肉が焼き上がるまで待つが、三井は?」
「じゃ、俺、ビール」
「はいはい」
まずはラックの表面に火入れをしていく。
脂が覆った肉面から焼いていくが、全体が白っぽくなる頃には、フライパンを傾ければラムの脂がたっぷり流れてある。
それを10分程度かけながら焼いていく。
脂身は美味しそうな焦げが浮き、香りもいい。
「意外と手間がかかるようだな」
連藤の声に、莉子は「はい」と声を返した。
「やっぱり、ワイン、飲みます? あと20分くらいかかりそうです」
「そうか……。それなら、チーズと白を」
莉子は手早く言われた通りに、チーズの盛り合わせと白ワインを連藤に用意する。
三井には、冷えているビールを手渡すが、栓抜きは自分でと置いておく。
「よし、オーブン、入れてきますか」
温まったオーブンへ、脂側を下に入れて焼いていくのだが、時間が読めない。
動画ではこの肉よりもひとまわりほど大きなイメージがあった。
「15分ぐらいで様子みてみるか………あとは、付け合わせ……」
莉子はいんげんをバターソテーし、じゃがいもはフライにしていく。
その香りだけで飲めるのか、連藤のグラスが半分に減っている。
「莉子さんは飲んでないのか?」
「そうですね。飲みたいんですけど、やっぱり、焼いてから赤にしようかなって……」
返事をしていた声がこもる。
カウンター下に置いたオーブンを覗いたのだ。
「カウンターでも、だいぶ料理できるようになってきたなぁ。莉子、厨房いらないんじゃねぇか?」
「なわけありますか!」
反論のために立ち上がった莉子だが、すぐにしゃがみこむ。
お肉の様子が、わかりづらい。
「莉子さんは心配性だな。放っておけば焼ける」
「焦げたらいやじゃないですか。私、よく焦がすので」
そんな会話をしているうちに、オーブンがチンと音を立てた。
ガラス越しの肉は、焦げてもおらず、焼き色もいい。
莉子はすぐにワインの準備を始めだした。
だがすでにワインのコルクは外されていた。
「2016年のジゴンダスです。もう、飲み頃じゃないかと……」
3つのグラスにそっと注がれる。
クリアなベリー色だが、赤みが濃い。
香りは果実味も含みながらも、なめし革のような雰囲気もある。
「……よし」
大きな木の器に出されたラムチョップの存在感はなかなかだ。
付け合わせのフライドポテトと、いんげんのソテーもいい彩りになっている。
「どうでしょうかね」
連藤は匂いをかぎ、優しく微笑む。
三井は食べたそうにナイフとフォークを持ち上げている。
「はいはい。切っていきますね……」
切り込みを入れてあったおかげで、切り分けやすい。
断面は薄い桜色だ。
「少し、焼き過ぎたかな」
そういう莉子だが、三井は「うまそう」嬉しそうに喉を鳴らす。
改めて盛り付け直し、莉子は二人にラム肉を差し出した。
最後にとろりとかけたのは、バルサミコ酢だ。
「甘めのバルサミコ酢なので、ラムにも、ワインにも合うと思います。どうぞ」
三井はひとり喜び、すぐにかぶりついた。
連藤は骨の位置などを改めて確認すると、そっと切り分けていく。
一口ふくみ、ワインを運ぶ。
莉子はそれを見届けてから、自分も一口頬張った。
脂がしっかり焼けていると、ラムの臭みが少ない。
だが、ムラがあると、ラム特有の臭みがでるようだ。気をつけなければ。
そして、切り分けたお肉を見て莉子は唇を結んでしまう。
「どうした莉子? うまいな、このラム。臭みもないし、柔らかいし」
「ああ。莉子さん、ちょうどいい焼き加減だ。ワインとの相性もいい」
莉子は褒められているのに、うーんと唸る。
理由は残った肉だ。
「切り分けた先から肉汁があふれて、まだ残ってるお肉が少しパサパサしてます。もう少し休む時間を設けてみてもいいかな……やっぱ、チョップのほうがジューシーさがある気も………でも蒸し焼きみたいで、ふんわり焼けてもいるんですよねぇ……」
「いつでも熱心だな、莉子さんは」
連藤はおいしそうに頬張り、ワインを飲み込む。
三井は、そんな小さな事かと言わんばかりに、手掴みで次の肉を取り上げた。
「うまけりゃいいだろ」
「三井さんはそうでしょうけど」
莉子はそういいつつ、二人にワインを振る舞いながら、自分へもワインを注ぎ足していく。
いいコンビネーションなのだが、あと一歩が欲しい!
莉子はメモを書き込むと、ワインを飲み干すが、まだまだ今晩は終わらないようだ。
「莉子、赤終わったら、白飲もうぜ。連藤のチーズ、めっちゃうまいな」
「それはよかった。ゆっくり召し上がってください。白、用意しときますね」
いつもの夜だが、楽しい夜のは変わりはない。
莉子は美味しく楽しむ二人に笑いながら、ワインを準備していく。
連藤は莉子の雰囲気が好きで微笑み、三井は次の白ワインが楽しみで笑っている。
それぞれに、カフェでの楽しみ方がある。





