《第166話》ターキーの下準備
さて、前々日の今日やることは……
「ターキーの解凍です」
莉子は冷凍室から4キロのターキーを片手ずつでつかみ、流しへゴロン。
「野菜室で自然解凍とかいってたけど、信じられないので流水解凍です!」
莉子は、肉の半解凍が大嫌いなのである。
解凍してると思って焼いて、生焼けだった経験を痛いほどしている。
ここは経験値から、間違いのない解凍をするべき! と、莉子の本能が囁いているのだ。
「1日つけとけば溶けるかな」
ざぼんと水に浸し、ランチの仕込みに莉子はとりかかった。
ランチの準備に、ランチの対応をしながらも、ターキーのことは忘れない。
肉の弾力をみながら、水を換えたり、なんとなく放置してみたり……
「わからない。これ、とけてる……?」
そのまま放置すること、翌日。
クリスマス会の前日に─────
「これをなにかするにしても、まずは液を作るか……」
まず、3リットルのお湯を2つ沸かしていく。
「2キロで1.5リットルもひつようなの……?」
連藤からわたされたレシピどおりにすすめていくが、莉子の言葉尻は半上がりだ。
「4キロなら、3リットルじゃん? しかも2羽いるから、6リットル……? はぁ……さすがに6リットルの鍋……あるけど、あつかいきれないので、3リットルずつ……重っ!?」
独り言はげしく作業をしていると、現れたのは連藤だ。
今日は少し早めに閉店だったためか、裏口(居住区としては表)から入ってきたのが、彼の右手にはエプロンがある。
「仕込みだろ?」
「お疲れさま。そして、その通り! 今、お湯沸かしてピックル液作ろうと思って」
「6リットル、全部?」
「むーりー。3リットルずつ」
「わかった。俺は鍋をみておくよ」
「ありがと。私は塩とか準備します」
3リットルに対して、塩が60g、黒胡椒を粒のままで20粒くらい、オレガノとローズマリーは少々、鷹の爪は2本くらい。
これを2セット、ボールに準備しておくと、連藤さんから声がかかる。
「お湯が沸いたぞ」
「はーい」
鍋のなかに、準備しておいた塩などを投入!
3分くらい沸騰させたら、ガス台からおろし、冷ましておく。
「水はったところにおいておきます?」
「そうだな。そのほうが早く液が冷えるな」
大きめの流しに水をはり、鍋をいれ、水は細くだしておく。
「これで大丈夫かなぁ」
「じゃ、莉子さん、ターキーの処理をしておこうか」
「解凍できてる?」
「ああ、問題ない」
袋をあけてでてきたターキーはごつい。
やはり4キロ。骨を含めてでみても、でかい!
内臓は抜いてあるが、その中に、食べれる内臓と首が入っている。
連藤の動きにならい、莉子も取り出していく。
「この内臓どうします?」
「そうだな。アヒージョにでもいれようか」
「じゃ、冷蔵にしまっとくね」
その間に、連藤はターキーを丁寧に水で洗い、水気を拭き取っていく。
一方莉子は、あたりに散ったであろうターキーの水滴をふきとり、アルコール消毒をしていく。
「……鶏は水しぶきが怖いよねぇ……」
「とはいえ、水洗いはしないほうが、とはいっても、血色の水をそのままふき取るのもな……」
「そうなんですよ……」
基本、肉は水洗いしなくても大丈夫、という。
焼けば消毒できる、という話。
ただやっぱり下処理の段階で、肉から出た水を洗いたい、とか、ぬめりがあるから洗いたい、とか、いろいろある!
しかしながら、鶏肉には、カンピロバクターという食中毒菌が……!!
実例でいうと、鶏肉を食べてないのに、カンピロバクターの食中毒にかかった例がある。
鶏肉を洗った際、その水しぶきがまな板へ。それによってまな板にカンピロバクターが付着。
そのまな板でお刺身を調理したことで、お刺身を介して、カンピロバクターが体内へ……。
それによって集団食中毒となってしまったという……!
外国の料理番組でも、『水洗いはしちゃだめだよ! そこから食中毒になるからね!』なんて言ってたり。
「気をつけるのにこしたことはないですけど、めんどうですねぇ」
ふたりでブツブツいいながら、消毒をすまし、ターキーの水気をふきとるが、これが予想以上にめんどう。
内臓のなかが凸凹していて、全然水気がとれない。
「わー、あばらの隙間に水がはいって、ふきづら!」
「やりづらいかもしれないが、あばらを上にするといい」
「こう?」
ターキーの生きていた頃の体勢にもどす。
すると、わりと平らな腹の面に水が流れてくる。
「おお。でも、バランスがむずかしい」
てこずりながらも、ターキーをふきおえると、大きなボールに大きめのナイロン袋をかぶせる。
そこにターキーをいれ、ほどよく冷めたピックル液を注いでいく。
袋の口は結束バンドで結んでおけば、大丈夫。という連藤の体験談だけど、莉子は心配なので、もうひとつナイロン袋でつつんでおく。
「このボールのまま冷蔵室にいれておこう」
「そだね。そのほうがバランス保てるし」
これで1日つけておくと、肉のなかに水分がしみこみ、焼いてもパサパサしないジューシーターキーになる。というのだが……。
「スタッフィングの下処理はどうする、莉子さん?」
「それは明日にしよう。明日は昼だけオープンで、14時に閉店するし」
ふたりでそろって背伸びをすると、莉子は冷蔵室からワインをとりだした。
「下処理お疲れ様会で、1杯いかがですか、連藤さん?」
「……やっぱり飲むと思ったよ。では、1杯いただこうか。今日は莉子さんの部屋で飲みたい」
「はい、いいですよ?」
「最近はカウンターごしだったからな。たまには肩をならべて飲みたいんだ」
そういうと、連藤は莉子の肩を抱いて階段に足をかける。
「こここの階段、狭いから……!」
「莉子さんは細いから、くっつけば大丈夫」
「そそそそそそういう問題じゃなく! 離してくださいよ……」
「水を使ったから少し寒いんだ」
「ちょちょちょっと!!」
口では拒否しながらも、連藤のしまった胸筋、さらに細くて厚みのある上腕二頭筋に、莉子の心が踊っていたのは内緒だ。





