《第159話》バーベキューのその後……
バーベキュー自体は、それなりに終わった。
やはり連藤と三井のコンビは最強だった。
連藤が用意した肉の大きさはもちろん、三井の焼き方はすばらしくおいしかった。
あの彩華嬢もぶつくさいいつつも、しっかり召し上がられてから帰られたのだが、その食事中は女子会と化していた───
「はーい、ここから彩華が直さなきゃいけないことについて、女子が鋭く考えていこう! あんた、誰からもダメ出しなんてされたことないでしょ?」
星川主導のもと始まった女子会だが、彩華が直さなければならないこととして、まず『謙虚さ』が。
次に、いくら婿をもらうつもりでいても、尽くせない女は魅力がないということで、星川が『尽くされる女になれ』と伝える。
「意味がわからないわ。尽くす女にならなきゃいけないんじゃない?」
「違うんだよ、彩華。自分が尽くすだけじゃだめなのよ。相手にも尽くされる女になるのが大事なのよ」
「え、星川さん、それ、すごい名言だと思う! もっと詳しくっ!」
食いついたのは優だ。
莉子もみんなにお酒をくばりながら、聞き耳をたてる。
「尽くされるのが好きな男は多い。だから尽くしてやればだいたい男は満足よ。だけど、うまく扱えば、向こうも尽くすようになるわけ!」
これはあくまで星川の経験談だが、
「男を褒める! やってくれたことに感謝する! だいたいこれだけでうまくいくことが多いけど、まずはそういう男を見つけることが大事ね」
結局、そこかよ!!!!
というツッコミはおいておき、褒めて褒められ、感謝し感謝し合う関係というのは、当たり前のようでできないことも多いもの。
星川の声を改めて胸に刻んだ莉子は、連藤との関係をもうすこし丁寧に過ごしていきたいと思う。
………そんなバーベキューを過ごした翌日。
「なんで彩華さん、うちのカフェに来るんですか……」
「星川さんから聞いたのよ。あなたを見れば学べるって」
うまく逃げたな……
莉子は星川を呪いつつ、もし居座る気なら、カウンターの端に座ってと伝え、いつもどおりに仕事を始めた。
……が、視線が気になる。
熱視線というのは、このことを言うのだと思う。
莉子は負けない鋼メンタルを起動し、ランチメニューをこなしていく。
そのうちに、いつもどおりに現れたのは連藤だ。
莉子はドアベルを鳴らした連藤を迎えると、慣れた動作で手をとり、席をすすめる。
「お疲れ様、連藤さん。ランチは?」
「あ、莉子さん、ありがとう。今日のパスタはなにかな?」
「今日はペスカトーレですね」
「……そうか。では夜にビーフシチューにして、ランチはそれにするかな」
「かしこまりました。少々お待ちくださいね」
この会話の間に、連藤のジャケットをハンガーにかけてあげたり、連藤は莉子をいたわるように肩に手を添えたり、お互いに存在を確かめながら動いていた。
彩華はそれを見て、半ば感動を覚えた。
自分はなんて浅はかだったのだろう……
そう思って後悔していた。
データの人物しか知らなかったのを目の当たりにしたのだ。
知ったつもりでいたが、なにも知らなかった。
自分の価値観が、ぐらりと崩れていく。
人を知ることの大切さをこんこんと話されたが、こういうことだったのか。と、彩華は思う。
百聞一見に如かず。とはまさにことのことで、1つも理解も納得もしていなかったが、この光景を見たら、理解せざるをえない。
相手の好きなもの、興味のあること、全て調べてそのとおりにこなしていた。
だけれど、1回目は喜ばれても、2回目はそれほど喜ばれなかった。
その理由が今わかった。
気持ちがなかったからだ。
『この調べどおりにしていれば、嫌われない』
確かに、嫌われはしなかったが、好きにもなってくれなかった───
「彩華さん、何か冷たいものでも飲みますか?」
空のグラスにきづき、声をかけてきた莉子に、彩華は小さく頭を下げた。
「……わたくし、何もわかっておりませんでしたわ……今まで、データとお付き合いしていたのですね……出直して参ります……」
しおらしくなった彩華は支払いを済ませ、店を去っていく。
その瞬間、そっと連藤の耳元になにか囁いた───
小さく手を振り去っていく彩華に、莉子は会釈をする。
だが、囁きが気になって仕方がない。
しかし今やらなければならないのは、ランチメニューをこなすこと!
気になりながらの作業は手元が狂うもので、少々の失敗が続いたが、いつものことだ。
なんとかピークを乗り越えると、莉子は食後のコーヒーを連藤にだし、カウンターに肘をついた。
「あのぉ、さっき、なに囁かれてたんですか……?」
「……気になるか?」
「当たり前じゃないですか!」
連藤は莉子の方を向いて、にこりと笑う。
ふくらんでいる頬を指でなで、連藤は言った。
「『莉子さんを大切にしてください』だそうだ」
その言葉に、莉子はふんと鼻で息を吐き、
「今度来たら、コーヒーぐらいはご馳走しましょうかねっ」
怒っているのかなんなのか。
食器の片付けへと動き出す。
連藤は莉子の後ろ姿を眺めながら、ひと口コーヒーを飲み込んだ。
「……大切なんて言葉じゃ、軽いな、俺には……」
湯気に話しかけ、連藤はうっすら笑い、またコーヒーに口をつけた。





