《第16話》眺める景色は何色か
瑞樹くんが来店。
お世話をするオーナー。
実はビールも置いています。
今日は珍しく瑞樹が一人でカフェに来ている。
まだ暗くもならない夕闇は、朱く空を濁らせ、薄曇りの空をじわりと染めている。
彼の腕はテーブルの端で肘をついて、一生懸命彼の頭を支えているが、悩みがこぼれそうなほど、彼の視線は遠くに遠くに置かれているようだ。
目前に座る、ワインの姿が霞むほどに───
彼の前にじっと佇んでいるのは、スペインのワインだ。
果実味に溢れ、重厚感のある味である。
考えがまとまらないときは、何かに背中を押してもらいたくなるもの。
ワインの重い味は、重い思いにそっと寄り添ってくれるはずだ。
だが彼の手はワインになかなか伸びていかない。
───早く飲めよ!
だが彼からは大きなため息が漏れるだけだ。
外はもう青みがかってきた。
夜の帳が下りてくる。
星がちりばめられ、街灯が点いた。
ちかちかと灯る明かりが、彼の迷いのようにも見える。
彼女も店の看板を替えに外にでた。
今日の風は冷たい。
夏はあと少しのところにいるとは思うが、いつもその前に大嫌いな梅雨の季節が来る。
肌に張り付く湿度の感触と、何もかもを仄暗い底に沈めるような、雨の時間だ。
憂鬱なことは考えるのをやめよう───
飲み物とデザートのみの提供とわかる看板を出したとき、ちょうど帰りがけの二人組サラリーマンが横切った。
目があったので、「こんばんは」と挨拶してみたら、戸惑いながらもこんばんはと返ってくる。
続けて「ここ、なんか飲めるんですか?」と明るめの髪色の男性が言うので、
「ええ、アルコールも置いてますよ。
ただフードは簡単なものしか出せませんけど」
二人は何やら相談し、
「一杯、いっすか」手でグラスをあおる仕草をした。
「いいですよー」
莉子は窓際の席を案内する。
林に向かって座るため、森の中で飲んでいる雰囲気があるのだ。
仕事終わりの開放感。街並みから離れてみるのもいいだろう。
おしぼりを持っていくと、
「とりあえず、ビール」日本らしい言葉だ。
「ビールは300入の瓶ビールしか置いてなくって、
コロナ、バドワイザー、ハイネケン、
あとはキリンのハートランド、サッポロのエーデルビルスがあるけど、どれがいいです?」
瓶が並べてあるコーナーがあるので、それを指差した。
ちょうど瑞樹が視界に入る。
ようやくグラスに手が伸びるようだ。
一口含み、驚いた顔になり、もう一口。
重い渋みを感じるが、ダークチェリーの風味とベリーの香りが重みを和らげてくれる。
時間も経っていることもあり、香りが良くなり、酸味も落ち着いている頃だろう。
美味しそうに飲んでいく───
「おねえさん的にはどれオススメ?」
「あぁ、仕事上がりだから、キンキンに冷やしたバドワイザーかなぁ」
「したら、それ二つ」
「はい」
彼女は凍らせたグラスとバドワイザーをトレイに載せた。
そしてプリッツェルだ。
このプリッツェルは小ぶりで塩味がよくきいていて、美味しいのだ。
「はい、どーぞ。
あとお通しのプリッツェルです」
背中から「おしゃれなところは出してくるものもおしゃれだなぁ」なんて聞こえてくる。
「一応、枝豆ぐらいは置いてますので、言ってください」
「したら、枝豆」
「かしこまりましたー」
そんなやり取りをしている間に瑞樹のグラスは空になったようだ。
枝豆を出してから、ボトルを掲げ、瑞樹の横についた。
「すごい考え込んでるけど、もう一杯飲む?」
「お願いします」
ゆっくり注いで、立ち去ろうとした時、
「ね、莉子さん、」
呼び止められたことに驚いてしまう。
「どう、しました?」
「おれね、実はすごく人見知りとかあって、
軽くてチャラいって思われてるかもしれないけど、
そーでもなくて、」
「はい」
「見た目的にがんばってるけど、
実はそんなにおれ、そんなキャラでもなくて、
一度、こーいう、おれを知ってるのに、
実は、結構がんばってるんだ、なんて言ったら、
嫌われたりするのかな……」
これはもしや以前の気になる彼女へのことでしょうか?
莉子は思わず含み笑いをしてしまうが、顔を引き締めると、
「私は、どんな瑞樹くんでも、瑞樹くんだと思うよ」
思わず顔を上げた瑞樹だが、すぐに表情が硬くなった。
「それは莉子さんが年上だからでしょ?」
「そうだねー、そういう余裕はあるよねー」
灯りが等間隔にある街路樹の先だが、やはり暗い。
道の端の奥は黒く霞んでいる。
彼の心だ。
何か救いの言葉があったとしても、消し去れない黒い闇がある。
「その頑張ってるのって、いつまで頑張るの?」
「ん?」
「それ、ずっと頑張るの?」
「……わかんない」
「それになりたくて頑張っていくならそのまま行ったほうがいいと思うけど、
それが無理だと思うなら、
無理だと言ったほうがいい。
無理をさせていたことに相手が傷つく場合もあるよ」
すいませーん、後ろから声がかかった。
今いきまーす、返すと瑞樹に笑顔を向けて、サラリーマンの元に行く。
彼らはもう一杯バドワイザーという。
他の食べ物はというので、フライドポテトとウィンナーがあるというと、それもとなった。
カウンターには入り、小さなフライヤーがあるので、そこでポテトを揚げて、さらにフライパンに火をかけたとき、もうひと組OLさんが入ってきた。
奥のテーブルに決めたらしく、すぐに手が上がった。
オーダーを受けてカウンターに戻った時、カウンターの席に瑞樹が腰をかけている。
「ワイン、もう一杯?」
「お願い」
ワインを注ぎ、バドワイザーを運び、さらに揚がったポテトを皿に盛り付け、焼きあがったウィンナーもそこに乗せた。別の小皿にケチャップとマスタードを添えて運ぶと、瑞樹の前にも小さめの皿にポテトとウィンナーが出てくる。
「ワインにも合うから、お食べ」
莉子がブサイクにウインクして見せると、
「莉子さん、ありがと」
言葉尻が落ち着いている。
ちょっと考えがまとまってきたのかな。
「いいえ、ゆっくりしてってください」
さて、OLさんのオーダーを片付けるとするか──
意外と忙しい日もあるものです。
夜はだんだんと長く、過ごしやすくなる分、考える時間も増えるのかもしれない。
季節の変わり目は、気持ちの揺らぎも多いもの。
ここから見えるのは銀杏並木。ただ青々と葉が揺れているように見えるが、これがだんだんと濃い緑に変わっていく。
隣の林も深い緑に変わり、次第に赤へと色づいていくのだ。
都会は季節の流れがわかりづらいとはいうが、自然はすぐそこにあって、季節を教えているのである。
もうすぐ嫌いな梅雨が来るけど、それも楽しみになるといいな────
「ねぇ、莉子さん、
どうやったらおれらしくなれるかなぁ……」
「まだ悩んでたの!?」
なかなか解決しないようです……
気温が上がってくるとシュワシュワした飲み物が欲しくなりますよね!
カバやシャンパンなんて、コストが高く家では滅多に飲めません。はぁ……
なので、ノンアルコールビールの出番です。
糖質、カロリーゼロというこのビールもどきは、本当に私の肝臓と体を労ってくれます。
夏までに痩せるぞ……
そんなこともあり、今回ビールがでてきちゃいましたー





