《第158話》決戦のバーベキュー
「……で、なんでそこからバーベキューに……?」
莉子が3本目のビールを飲みほし尋ねると、三井がため息まじりに続けた。
「のらりくらりとかわしてたんだが、もうどうにも手がない。いくら興味がないといっても、『自分に興味のない男はいない』と思っている彩華令嬢だ。歯が立たなくてな。もうこれならと、お互いの彼女を紹介して、身を引いてもらおうと……」
「それで解決できるの?」
莉子の声に、連藤が反応する。
「ああ。南氏から『現実を見せつけてくれ』と言われてる……」
お父さんも手が負えないのじゃ、仕方がない。
「でも私に会ったところで何も変わんないんじゃ……」
「いや、変わらなくはない。ただ、いつも通りに振舞って欲しい。それだけで十分だ」
連藤は自信満々に言ってくるが、莉子としては納得できないところもある。
ただ、自分の彼氏を横取りしようとするのは、いけ好かない!
莉子は小さくうなずいた。
「わかった。朝だけカフェして、昼からお休みにする」
「助かるよ、莉子さん」
優しく頭をなでてくる連藤の手が、安心したと言っている。
行かなければ行かないで、この店に突撃してくる可能性もある。
莉子は気持ちを整えると、改めて唐揚げに手を伸ばした。
「……莉子さん、野菜も食べて」
唐揚げは連藤に叩かれ、箸からするりと落とされた。
決戦のバーベキューとなったわけだが、一体何をどう知らしめるつもりなのだろう。
莉子は店を閉めると、集合場所の河川敷まで歩いていく。
今日は日差しが強いが、風が乾いていて涼しい。
「気持ちいいねぇ……」
いつも店のなかにとじこもっているため、外での食事は気持ちがいい。
指示された場所へといくと、すでに三井が炭起こしをしている。
その横では瑞樹と巧がテーブルなどの準備に励んでいる。
「今日はよろしく。あ、軽めの赤ワイン持ってきたから、飲めたら」
「お、ありがとな。莉子は連藤の手伝いしてくれ」
後ろを振り返ると、手際よく肉を串に刺している連藤がいる。
「連藤さん、私も手伝いますね」
「あ、莉子さん、来てくれてありがとう。……あと肉はどれぐらいありそうだろう?」
「塊は1キロぐらいですね。エビとか串に刺しましょうか」
「それがいいな。頼んでもいいかな?」
「ええ、もちろん」
そこに追加できたのは、奈々美と優だ。
「莉子さん、あたしたちも手伝うよー」
優が腕まくりをしてみせる。
「そしたら、そこの野菜でサラダ作ってくれる」
「あ、それ無理」
すぐに優がいうので、奈々美が頭をチョップした。
「野菜ちぎるだけだから、やるよ、優」
「うーん……わかったー……」
そんななか、一番最後にやってきたのは、令嬢の彩華だ。
艶やかなワンピースをきているが、しっかり日傘も忘れていない。
「あら、まだ準備、終えてないの……?」
その声に、三井は手を上げる。
「あ、彩華さん、申し訳ありませんが、お手伝いいただけますか?」
「わたくしが、手伝い? なんでですの? 今日は連藤さんと外でお食事と聞いて来たのですが……」
戸惑う彩華に莉子がグラスを渡す。
「恐れ入りますが、こちらのグラスをテーブルに運んでもらえますか?」
「は? あなた、連藤さんの彼女ね。いい加減別れて欲しいんだけど」
「それはできません。はい、グラス運んでください」
トレイを手渡し、持ったものの、意外と重いトレイに彩華は慌ててテーブルへと運んでいく。
「ありがとうございます、彩華さん。並べてもらっていいですか?」
さらに指示をだすのは奈々美だ。
彩華は全員の顔も名前も把握済み。
それは全て、巧から連動してのこと。
連藤のこともしっかり調べ済みだ。
どんな趣味があり、どんな食べ物が好みなのか。
もちろん、カフェのことも徹底的に調べてある。
「……あなたたち、わたくしを誰かと知っててのこと……?」
「え? バーベキューしに来た人ですよね? 働かざるもの食うべからずですよ」
優は端的にいうと、「並べてください」再度促した。
しぶしぶとグラスをならべていく彩華に、
「あ、グラスありがとうございます。できたらこのおしぼりもおいてください」
瑞樹が追加で仕事を渡す。
彼女はイライラしながらこなしていくが、周りは賑やかだ。
手を動かしながら笑いあっての作業である。
お互いがお互いをフォローしての作業に驚いていると、不意に肩を叩かれた。
「やっぱ、彩華ね! こんなところで会えるなんて」
そういうのは三井の彼女、星川だ。
星川はザザッと飲み物をクーラーにつめこむと、すぐに三井の横につく。
「私も今日は、焼くの手伝おうかな」
「いろいろ焼けるぞ。いいのか?」
「三井くん、黒すぎだし。あたしも黒いほうがいいと思わない?」
仲良く炭の前に立つ星川に、彩華が近づいた。
「星川さん……あなたがなんでこんなことしてるの……?」
「ん? みんなでバーベキューでしょ? するの当たり前じゃん」
「だってあなた、星川先生の娘でしょ?」
「それがなに?」
長い髪を耳にかけ直し、連藤と莉子が刺した肉を網にのせていく。
「父は父。あたしはあたし。父が政治家だからって、あたしまで偉いわけじゃない。あんたもそうよ。あなたの先祖が財を成しただけで、あなたがつくったものじゃない。あんた、その年で勘違いしてるの恥ずかしいよ?」
肉のいい香りが漂い始める。
言葉をかえせなくなった彩華はただただ星川を睨むが、それ以上はない。
雰囲気的に、星川家のほうが南家より上のようだ。
「莉子ちゃん、エビさしてるやつもちょうだい」
「はい、どうぞ」
3本あみの上に並ぶが、星川があみからとりあげる。
「ね、莉子ちゃん、この赤いのって、連藤くん特製の?」
「そう! カイエンペッパーとかパプリカとか香辛料を混ぜたやつ。連藤さん特製のです」
「たのしみぃ〜。彩華も楽しみにしてて。美味しいんだよ、これ!」
そう話しかけたとき、いきなり彩華がわめきだした。
「あー!!! 腹立たしいっ!!! なんであたくしにはいい人がこないの!? 何がいけないのよ! どうして? こんなに努力してるのにっ! なんでただの庶民が、素敵な人に選ばれるのよ!!!」
しまいには泣き始めた彩華に、全員が静まり返る。
が、動き出したのは星川だ。
「あんたもわかったでしょ、自分の入る隙間はないって」
わんわん泣く彩華をあやしながら、ビールをあおる。
「努力が足りないっていうより、あんたに魅力がなさすぎんのよね……女にも嫌われる奴は、男にも嫌われるから、自分の性格、見直しなさい」
河川敷に響く泣き声にうんざりしながらも、一応の騒動は収まったかと、胸をなでおろした一同だった。





