《第157話》バーベキューの経緯
ことの発端は1ヶ月前になる───
「──わたくし、巧さまを婿として迎えたいの」
そういってやってきたのは、財閥令嬢の南彩華という女性だ。
年齢は29歳。
巧より年上となる。
巧としては、寝耳に激流ぐらいの話だ。
奈々美との結納など準備を整えているところで、婿に迎えるなど、意味不明すぎる。
だいたい、いきなり会社に訪れたかと思うと、父親の名前で無理やりアポをねじ込んできた、ちょっと常識が外れた令嬢だ。
巧に会うなり言い放ったことで、すぐに自分の父を召喚!
さらに彩華の父に連絡!
で、済むかと思っていたら……
彩華の母、参戦!!!!
「……いえね、巧さん、ちょっと調べたんですけど、巧さんがお迎えになる予定の方、片親じゃあありませんか。それほど格のある家柄ではないようですし。釣り合わないんじゃありません?」
いい加減、怒鳴って反論したいが、調べられているということから迂闊なこともいえず、ただ反論しても納得はしないタイプだ。
どう執着を切ろうかと思考をめぐらすが、口喧嘩をしても勝ち目はない。
口は達者、独自にカードを持っているのもある。
ただ、状況を明白にするのは大切なこと。
巧は大きく深呼吸をし、状況を確認していく。
「……お聞きしますが、私が彩華さんとお付き合いしなければならない理由は……?」
彩華は自信満々に言い放つ。
「わたくしのほうが巧さまをよく知っておりますし、お慕いしております」
「……なるほど。私と奈々美との付き合いよりも、よりご存知だということですね」
「ええ。そのとおりですわ。すべて調べ尽くしております」
ストーカーで訴えれるかと思いながらも、薄く笑ってうなずきかえすと、母が口を開いた。
「巧さん、うちの娘はどこに出しても恥ずかしくない娘です。外国語も堪能ですし、もちろん、見た目も素晴らしい子です。巧さんが婿にきてくれれば、間違いなく巧さんの会社も大きく発展されるでしょう」
「で、巧さま、わたくしの誕生日があと少しで来ますの。それまでに入籍だけでも済ませたいので、こちらにお名前を書いていただけるかしら」
秘書が持ってきたお茶に首を振り、もてなす意味がないと表情で伝える。
「たしかにそちらと提携することは、弊社にとって大きな利益となり得るかと思いますが、そういった戦略的結婚を私は望んでおりません。第一に、私はあなたのことを微塵も存じていない。私にとっての生涯の相手は奈々美以外にいないんです。ご理解いただけますか? この話は受けられませんので、どうかお引き取りください」
巧なりにオブラートに包んで話したつもりだ。
本当なら、
『ふざけんじゃねぇーよ! 俺は奈々美だけなの! お前なんか知らねーよ、ブース!!!!!』
と叫びたかった。
これでも我慢したのだ。
自分も大人になったと褒めたいと思う。
彩華のほうは、下唇を噛んで握りこぶしをつくっている。
どっしりと座ったまま動こうとしない根性は認めるが、いい加減帰らないかと巧が立ち上がったとき、部屋の扉が開いた。
「失礼します……っ」
慌てて飛び込んできたのは、三井と連藤だ。
巧の父が来れないとなり、緊急招集がかけられたのだ。
彼らであればうまくとりなせると踏んでのことだ。
「南さま、あまりに急なお越しで、私どもの不手際、大変申し訳ありません。ですが、巧はすでに相手がいる身ですので……」
連藤が彩華の横に膝をつき、手を取り立たせる。
その彩華の顔がパアと明るくなった。
「お母様、わたくし、一目惚れいたしました。わたくし、この方がいいです」
そう言って連藤の手をしっかりと握る。
手を引くが、抜けてくれない。
「……ちょ…申し訳ございません……なんのことでしょう……」
「あらあなた目が不自由なの? それならわたくしのメイドたちがすべてお世話をしてくれるわ。頭も切れそうだし。婿に来てください。では、準備をしに、一度戻ります。御機嫌よう」
浮き足立って帰っていったが、標的がすり替わっただけで、難は去っていない。
「どうするよ、おい……」
三井の声が部屋に響く。
言葉にならないまま、巧と連藤からため息が落とされた。





