《第153話》雨の日は、ロゼ……?
雨が多いこの時期は、どうにもすっきりしない。
莉子がぼんやりした頭で外を眺めていると、いい水しぶきを上げながら黒塗りの高級車が停まった。
三井の車だ。
現在、18時。今日は定時上がりのようだ。
「莉子、起きてるか?」
三井に言われるものの、莉子の目はぼんやりとしぼんでいる。
「こう雨だと、ぼーっとしちゃうよね。お客さんも少ないし」
三井が店内をぐるりと見まわし、一人もいない店内に鼻で笑う。
「やってけんのか、これで」
「今んとこ、やってけてる」
「いじわる言うなよ、三井。ランチの時間は、雨の日でも混み合ってる」
三井の体をよけて入ってきたのは連藤だ。
「お疲れ様、連藤さん」
「莉子さんもお疲れ様」
「いえいえ、私なんて」
「そこ、俺を無視すんなよっ」
いつものやりとりをしながら、ふたりはカウンターへ、莉子はカウンターの奥へとつくが、カウンターのふたりは考え込んでいる。
今日の飲むものが決まらないのだ。
「……莉子さん、オススメあるか?」
「ぼんやり頭の私では、そんなにいい案はありませんが……どーでもいい日に飲むなら、ロゼ、ですかね」
「お前、客にそういう言い方するか?」
「じゃ、三井さんはどんな気分?」
「飲めりゃぁいいか、な……」
「でしょ? 特別でもなんでもないなら、癖がなくて、ちょっと華やかで、香りもほどほどあって、なんの料理にも問題なく合わせられるロゼですよ」
莉子は言い切ると、冷蔵庫で冷やしていたロゼを持ってきた。
ふたりに注ぎ、莉子も自分用のグラスに注いでいく。
グラスを差し出した莉子の発声で、今日の飲み会は始まった。
「はい、お疲れ様〜」
「「お疲れ〜」」
よく冷えたロゼは、香りも飲み口もすっきりしている。鼻に抜けていくのは白い花の香り。そのあと舌にじんわり広がるのが、グレープフルーツに似た苦味。
「莉子、これに合う料理ってなにかあるのか?」
「昨日白ワイン残ったんで、ベックオフ、作ってるんで、それ食べましょ。パンはライ麦いっぱいのパンがあるし、チーズ盛り合わせで結構進むんじゃないでしょうか? コチュジャンも合うんだけど、なんかスタミナつけるより、ちょっと胃に優しい感じでスタミナつける方がいいかなって」
「じゃ、俺はじゃがいも多めでお願いできるかな、莉子さん」
「オッケー」
「ちょ……お前らは料理わかるからいいけど、俺はどうなるっ」
「そうでしたね」
「そうでしたじゃねぇよ」
「三井、洋風肉じゃがに似たものだ」
「へぇ……じゃ、俺もじゃがいも多めで」
莉子は言われたとおり盛り付けていく。
本場だと豚肉から牛肉など様々な肉を混ぜて作るそうだが、今回は豚ロースで作ってある。
本当に簡単な料理で、じゃがいも、玉ねぎ、人参、その上に固まり肉でも薄切り肉でも、なんでもいいので肉を乗せて、白ワインをふりかけ、コンソメと塩・胡椒をして煮込めば完成。ただ煮込めばいいだけなので、放っておけて、しかもお肉は柔らかくって、さっぱり美味しい!
小ぶりの芋を皮をむいてそのまま使っているため、お皿の上にコロコロと並べられる。豚肉と玉ねぎ、彩りの人参を添えてから、旨味がたっぷり詰まったスープをかければ、もう、たまらない洋風肉じゃがの完成!
「お好みで、洋辛子とか胡椒とかあるので、好きにして食べてください」
お客が来ないことをいいことに、莉子もそのベックオフで飲み始めた。
連藤は慣れたもので、ほっくりとしたじゃがいもをスプーンですくいとり、スープに絡めて口に運んでいる。
三井もそれに倣い、スプーンで芋を割り、スープに浸して口に運ぶ。
「……おお」
小さく声が出るのも仕方がない。
しっかりと味が染み込んでいるのはもちろん、優しい甘みが口に広がり、さらに温かなスープがじんわりと胃に温度を広げていく。
それが冷房の効いた部屋で食べると、なんとも美味しいものになる。
いつの間にか芯まで冷えていた体が、温まるのがよくわかる。
「うまいな、これ」
「だろ、三井。この時期、意外と体が冷えてるし、そのせいで食欲も落ち気味になるんだが、これは意外と食べられるんだよな」
ほっくりとした芋を流すのにワインを飲み込むと、ほんのりと温められて、華やかな香りがましてくる。
鼻から抜ける匂いがさっきとは違い、少しトロピカルな印象がでてくる。でもそれが邪魔をせず、本当においしいワインに変化している。
「これ、いいな」
三井は気に入ったようで、具材を食べきると、そこにパンを浸し食べ始めた。
ライ麦の香ばしさがスープにつき、パンの甘みも重なって、ついつい進んでしまう。
連藤はチーズをパンに乗せ、それを食みながらベックオフを頬張っている。
どちらの食べ方も絶対おいしいっ!
莉子はそれを横目で見ながら、洋がらしを豚肉にちょこんとつけて、頬張っていた。
この酸味のある辛みがいいアクセントになって、うまい!
そして、ワインの酸味とも、見事にマッチっ!
「今日の組み合わせは最高かも……」
ほっこりと体が温まり、何気に外をみると、激しい雨だ。
「うわぁ……雨ひどいね…こりゃ、お客さん来ないな。閉めよ」
莉子がそそくさとクローズを出しに行くのを三井は見やる。
「連藤、あんなんで大丈夫なのか、莉子? 去年より働いてないんじゃねぇの?」
「んー……夜の営業はおまけみたいなものだからな…ランチでそこそこ稼いでいれば、問題ないだろ」
「それもそうだな」
三井はグラスをぐっと傾け、飲み干した。
「おい、莉子、次は赤が飲みてぇな」
「イタリアね」
「少し味濃いおつまみ、くれよ」
「えー……作るのー?」
「作れよ!」
雨が降れば気分も落ちて、やる気も落ちる。
それはみんな平等。
仕方のないこと。
「……ワイン、もう1杯飲んだら、作るわ」
「もっとやる気出せよ!」
───雨の日のカフェは、雨脚の音のように、ちょっと騒がしく、ちょっと静かに1日を終えるのです。





