《第149話》忙しい年末、風邪は空気を読みません
莉子は現在、布団の中だ。
去年も風邪をひいたと思う。
そのときは三井と連藤が看病に来てくれた。
そんな今回は、星川だ。
三井の彼女、である。
「莉子ちゃん、インフルではないんだもんね?」
彼女はそう言いつつ、買い出ししてきた荷物を並べ、キッチンをざっくり眺めて鍋を取り出した。
「熱が高くて、咳が……ぐふぅ…ぐらいです」
よろよろと莉子がベッドから這い出ていくと、エプロンをつけた星川が莉子の肩を抱え、ベッドへと押し戻す。
「ごめんね、私で。本当は連藤くんがいいんだろうけど、連藤くん、インフルでさぁ」
「いえ……ごぉっ……連藤さん、大丈夫で…しょっか……」
咳を我慢するからか、つまづきながらの質問だが、星川は聞き取れたようで、にっこりと笑う。
「あっちは三井くんが看病してるから気にしないで」
「ほんと……ありがっとぉふ」
「寝てて」
もぞもぞと布団に潜り、細く息を吸う。
大きく息をすると咳がでるからだ。
星川からトローチを食べさせられた莉子はカラカラとかまないように口の中で転がしていると、なんとなくお出汁のいい香りがしてくる。
人にご飯を作ってもらうなんて、ひさし……
まで思ったが、つい2週間前に連藤にご飯を作ってもらったばかりだ。
でも女性のご飯は本当に久しぶりかもしれない。
莉子はなんだか笑ってしまった。
女性の手料理、それこそ母親の料理は二度と食べられないし、連藤家もお母さんは他界してる。
祖母の料理も食べられないので、懐かしいやら嬉しいやら、そして熱のせいか、笑ってしまったようだ。
「何一人で笑ってるの? 莉子ちゃん起きれる? 熱ひどい?」
「あ、いや……ごほっ、ごめんな…さい……起きます」
カーディガンを羽織り、食卓テーブルまで向かうと、そこには一人用の鍋がある。
「今日は鶏つみれ鍋。うどんとかだとむせるし、でもあったまるものがいいかなぁって。生姜たっぷり効かせたから、あったまるよぉ」
向かいに座った星川も鍋があり、
「一緒にご飯食べてくれるんですか?」
莉子が言うと、満面に笑顔を浮かべて頷いた。
「もちろん! 一人暮らしのときの熱ってさ、本当に心細いもの。ご飯食べて片付けたら帰るから」
「片付けはいいですよ。明日になれば熱下がってるでしょうし」
一人用鍋の蓋をあけると、むわりと湯気が頬にかかる。
鶏のつみれの他に白菜、豆腐、しめじ、ネギに春菊と野菜もたっぷりだ。
手を合わせ「いただきます」と言ってから小鉢に食べる分をよそい、頬張った。
鶏つみれを頬張った莉子は、目を丸くしながら輝かせる。
ほろりと崩れる鶏つみれだが軟骨が入っているのか、歯ごたえがいい。さらに生姜が本当に効いてる。臭み消しはもちろんだが、噛みしめるたびに生姜のアクセントが口に広がり、さらに胃の中から温まりだす。
スープをすすれば、ほのかな野菜の甘みと生姜の風味、そして醤油ベースのせいか、懐かしく感じる旨味がある。
「あったまります……」
莉子は豆腐を頬張り、しめじを食べ、春菊で口の中を葉っぱ臭くしてから、また鶏つみれを頬張る。
もうこのローテーションならいくらでも食べられそうだ。
「すごく美味しい……なんか、懐かしい味」
莉子がはふはふと豆腐を飲み込むと、星川が笑う。
「懐かしい味って、三井くんにも言われるのよ。あの坊ちゃんの懐かしい味ってなんなのかしらね」
確かに。
三井坊ちゃんの懐かしい味とはなんなのだろう。
だが、醤油ベースのほっこり味は、『日本のソウルフード』と莉子は思う。
「三井さんは今頃なに作ってるんでしょ」
「三井くんにも同じ材料渡してるから、鍋じゃないかなぁ。マスクして看病してるはず」
「なんかおふたりにはいつも助けられてばかりで」
莉子がしゅんとした顔を浮かべると、星川は笑った。
「こっちこそいつも美味しいご飯食べさせてもらってるし、遅くまで店開けてもらうことも多いしね。こういうときぐらい、恩返しさせて」
「そんなことないですよ」
しゃべる莉子だが、いつのまにか咳も少し落ち着いたようだ。
多分体が温まり、喉に潤いが足されたおかげだろう。
「ね、莉子ちゃん、年明けに女子磨きしにいかない?」
「年明けですか?……にしても、女子磨きって?」
莉子は白菜を頬張った。
星川もつられたようにつみれを頬張る。
「エステとか美容室とかいって、女子を磨くの。莉子ちゃんはネイルはできないから、ハンドエステしてもらったり」
「わー……それ、来年1年、すごく元気でそう」
「ラストは髪の毛もメイクも全部整えて、高級なレストランでお食事。私たちふたりだけでもいいし、でもせっかく綺麗になるなら彼氏の前でも見せたいよねぇ、連藤くん、見えないけど」
それにふたりで笑い合うも、莉子は言う。
「連藤さん、見えないですけど、見えてますから」
その言葉に星川はなぜか安心した。
ふたりの距離がしっかり築き上げられていると思ったからだ。
あれほど女性と距離をとって生活していた連藤が、今、女性と付き合っているのだから不思議でならないし、それでも幸せになってほしいし、気持ちとてしては落ち着かない気持ちに星川はなる。
でもこれは不安な気持ちではなく、幸せな落ち着かない気持ちだ。
「ねぇ、連藤くんといつもどんな会話してるの? 聞いてみたかったのよねぇ」
「どんなって……仕事の話が多いかなぁ……こんなお客さん来たんだ、とか、メニューはこうだ、とか…結構三井さんの話題も出ますよ」
「へぇ、どんな?」
「三井さんの仕事ぶりとか、フォローしてもらってありがたいとか」
「そんなこと言ってるんだ。三井くんもだけど」
「三井さんもなんですねぇ……よくふたりとも付き合わないで今まで来ましたね」
「三井くん曰く、どちらも男側だから良かったって言ってた」
「……その話は聞かなかったことにします」
莉子は流しに鍋を下げると、歯を磨き、薬を飲む。
そして風呂場に行き、着替えるついでに体も濡れタオルで拭いてから新しいパジャマに着替えて戻ると、星川はすでに鍋などをきれいに片付けて終えていた。
「ありがとうございま、っ、ごふぉっ……」
「莉子ちゃん、まだ寝てるべきね」
そう言って再びベッドへと押し込まれた。
「莉子ちゃん、片付け終わったから帰るけど、もう三井くんの部屋に住んでるから何かあればすぐ来れるから」
「……はい、わ……あー…え??? 住んでるって…ぐ、ふぉっ、ごほっ」
「うん、同棲始めたの」
最近、買い物も行ってくれて助かるんだ。という星川の言葉で、この前のスーパーのエピソードが繋がった。
こういうことだったのですね……
泊まる機会が多かったので、もう住んじゃった感じなのかしらね……
莉子は熱が下がった頭で考えてみるが、病み上がりなので考えがまとまりきらない。
ここはもう頼る相手と切り替えることにした。
「したら、何かあったら頼ります……」
「ええ、そうして」
年明け楽しみー! 彼女は言いながら帰っていった。
「はぁ……助かるけど、あそこのふたりも固まるとは、巧くん効果でてるのかしらね……」
トローチを口に含み、莉子は天井を見上げる。
暇なので連藤にメールを打ってみた。
『連藤さんの熱は下がりましたか?
明後日から店をあけられると思うので、安心してください
星川さんのお鍋、とても美味しかったです』
スマホを投げて、莉子は目を閉じた。
支離滅裂な文章な気がするけど、送ってしまえ。
そう思ったのも、まぶたが重くて仕方がなかったのだ。
温まった体はすぐに眠りに誘ってくれる。
「連藤さん、おやすみぃ……」
呟いたあと、すぐに寝息が繰り返されていた。





