《第148話》いい・ふーふの日
忘年会のシーズン前も実は少し忙しくなる。
会社の飲み会が忙しくなる前に、と、友達同士が少し気の早い忘年会を行うのだ。
それは奈々美と優も同じようで、今日は2人での来店だ。
「莉子さん、久しぶり」
言いながらカウンターに腰をおろしたしたのは、優だ。
奈々美は先日のドッキリ両家顔合わせ以来である。
「久しぶりだね、優さん。奈々美さんも、あれから大丈夫?」
「うん。お互い忙しいのもあるけど、年内か、年明けには結納しようって」
「おー、順調ですね」
いいつつ今日は中華料理をご所望だったので、まずは前菜の生春巻きを。
生春巻きの中身は棒棒鶏と、エイビチリになっている。
それに合わせるのは、カヴァ!
やっぱり、さっぱり喉越しのいい泡がいい。
「いやぁ、あたしまさか、奈々美がこんなに早くに結婚決めるとは思ってなかったよぉ」
一気に飲み干し、優は言う。
確かに年齢からすると今の時代は少し早いかも知れない。
「んー……たくさん考えたんだけど。先に同棲とかもありかなぁとか……
でもさ、巧は、あーでしょ? 逆にスキャンダルとかなにかになっても問題だしって」
「メディアに出始めてるからねぇ、巧君も」
莉子は2人のご好意で同じカヴァをいただきながら、呟いた。
「……同棲かぁ……そんな話もでないな、うちら」
すこしいじけたように生春巻きに優は食いつく。
莉子は皿の様子を伺いながら、石窯に入れた熱々ピリ辛麻婆豆腐と、あんかけ焼そばを差し出した。
箸休めには春雨サラダだ。
「ねぇ、莉子さんとこは、結婚とかってどうなの?」
少し頬が赤い優が言う。
身近な友人がそういう形になると、焦っていなくても、何かに焦ってしまうのかも知れない。
「優さんはまだ?」
「だって、瑞樹君、そんな話、何もしないし」
「まだ2人とも仕事が少し板についてきたみたいなものだもんね。さらに新しい環境に自分を置くのって、大変だと思う」
言いつつ、揚げたての唐揚げを差し出し、莉子もそこから1ついただき、頬張った。
今日の唐揚げはニンニクもきいているし、何より粉山椒がいい!!!!
ロゼワインに切り替えて、2人のグラスへと注ぎながら、莉子は再び口を開いた。
「私の友達がさ、ウェディングプランナーしてるんだけど、その子曰く、結婚しよう! さぁしよう! って結婚した人は少ないって言ってたよ」
「意味わかんない」
優の声に莉子は笑いながら、
「なんとなく、2人で過ごしてて、しだいに将来の絵が見えるって感じ、なのかな?
私もよくわかんないんだけど。結婚をゴールにしてる人は長くは続いてないって。スタートにできてる人は、結婚式のあとも楽しくしてるなぁって」
「でもさ、私がいくら想像したってダメだし。そうそう、莉子さんだってどうなの?」
飲み干されたロゼワインを注ぎ足しながら、莉子は笑う。
「うちは、多分、結婚はしないんじゃないかな」
つらりと言った。
その言葉に2人で驚く始末だ。
「連藤さんと結婚しないんですか?!」
焦るように言うのは奈々美である。きっと巧との会話でそんな話がでていたのだろう。
莉子はそれに笑い、首を横に振った。
「結婚は、って言ったでしょ? 多分、事実婚ってものになるかもしれない。そこまで詳しくは話してないけど」
「「ちょー大人!!!」」
盛り上がる2人を宥め、莉子はワインを飲み込んだ。
「私はこの店を手放したくないし、連藤さんもあの家は生活基盤になっているから私が仮に住むようになったら私の居場所を作らなければならない。きっと連藤さんは簡単に対応しちゃうかとは思うけど、私は彼のルールを守れるかわからない。
一緒に暮らすメリットがデメリットを上回らないと、家族という形態を作れるかどうかわかんないなって……
だからしばらくは、お互いの家を行ったり来たりして、生活の距離感を埋めてくしかないかなぁって」
「……うわぁ…大人すぎて私、ちょー恥ずかしい」
言いながら赤い顔をさらに赤くして、優はワインを飲み込んだ。
だが奈々美の目は真剣だ。
「お互い、他人だものね……」
「そういうこと。
特にさ、連藤さんや私みたいに、独り身が長いと余計。自分の時間や自分の過ごし方に慣れすぎて、結構大変。
だから若いうちに結婚しちゃうのは、判断としては素敵なんだと思う」
「わぁぁぁ……なんかちょー大人すぎて、私全然わかんないっ!」
「そういうストレスを感じるときは、辛いもの食べたらいいから、麻婆豆腐、お食べなさい」
莉子が取り分けると、優は貪るように口に含み、あまりの辛さにさらにロゼを飲み込んだ。
「……はぁ…なんかちょっと、スッキリするかも」
その勢いであんかけ焼きそばを食べ始めた優につられてか、奈々美も食べ始めた。
彼女たちは意外と、食べる!!!
莉子はそれを学んでいるのだ。
とは言っても、少し少なめの一皿にはしてある。
「莉子さん、今日のあんかけも美味しい!」
頬張りながら喜ぶ奈々美に、優も、
「醤油ベースのあんかけって、なんか懐かしくて好き」
「あ、わかる、私も」
莉子も少し取り分け食べてみるが、ちゃんと想像した通りの味になっている。
しっかり魚介の風味と野菜の甘み、そして醤油ベースの硬めの餡がしっかりと麺にからむ。
「今日もいいお味」
ひとり満足げに微笑みながらワイングラスを傾けたとき、ドアベルが鳴った。
見るとそこには、巧と瑞樹が立っている。
「お、2人とも、おかえり」
莉子が声をかけると、巧は手を上げながらカウンターへとやってくるが、瑞樹は優へと駆け寄り、
「優ちゃん、今日女子会ってきいてたから俺たちも男子会しよって来ちゃったんだ……
ごめんね、優ちゃん。おれたち、店変えるから」
言いながら巧の襟首をつかんだ瑞樹に、優は言った。
「ちょっと、隣に座んなさいよ、瑞樹君」
「……え、酔っ払ってる……?」
「瑞樹君、ごめんね。優、かなりハイピッチで……」
「おー、珍しいじゃん。オレ、カヴァ」
どこでもマイペースなのは巧らしい。
男子を挟むように席が整い、追加の唐揚げと、生春巻きを差し出すと、優は雄弁に語り出した。
「恋人同士でも、他人なんですよ、瑞樹くん。その2人がね、一緒の時間を過ごすってことは、もう奇跡に近くって、この未来の時間をお互いが共有して想像できるかが、一番大切なことなのだと、あの莉子先生がおっしゃってたんですよ」
急に振られた莉子の頭は白くなる。
「私、先生なんですか……」
「さ、莉子先生、この未熟な瑞樹君と私にご教授を!!!!」
「い、いやいや、意味わかんないし……」
戸惑う莉子に、いいタイミングでドアベルが鳴った。
いらっしゃいませ、と声をかけようと思ったのに、そこに現れたのは、連藤と三井である。
「おー、お前ら、先に来てたのか。なんの話ししてんだよ」
割り込んだのは三井だ。
「あー、なんか、恋人同士だから、未来が大事? みたいな? そんなこと莉子さんが言ってたらしくって」
「お前が言うなよ、莉子。俺が教えてやる。まず、恋愛とは」
「「「不潔な付き合いは聞きたくないです」」」
莉子と優、そして奈々美の声が重なった。
さらに騒がしくなる店内だが、いつもの光景でもある。
莉子は追加の料理に手をつけながら、連藤に声をかけた。
「お疲れ様、連藤さん」
「ああ、莉子さんもいつもありがとう」
「いいえ。さ、今日は何飲みます?」
「カヴァ開いてるみたいだから、それを」
「はい、待っててください」
その光景に指をさしたのは優だ。
「ちょっと、そこ!!!!!
熟年夫婦みたいな会話しないっ!!!!」
そう言われると意識してしまうのが普通だろう。
顔を真っ赤に染めた莉子と連藤の動きがぎこちなくなる。
だがそれすらもこのカフェならではの出来事なのだと莉子は思い、改めて、グラスを掲げる。
7人の声が重なり、賑やかに夜が更けていくのだった────
11月22日
今日が入籍日として結婚記念日の方も多いのかと
少し結婚を意識して書いてみました





