《第147話》café「R」で偶然夕食大作戦! その2
漂う冷たい空気───
凍りついたと言ってもいい。
これを打破できるのは、あの人しかいない………!
「最終兵器、うちの婆ちゃん召喚っ!」
莉子は携帯を取り出すと、北海道にいる祖母へとつなげた。
すぐにスカイプで繋がり、画面の祖母は小さく手を振るので、莉子はそれに手を振り返すと、
「ばあちゃん、最終兵器だからね」
『ばあちゃんに任せなさい!』
心強い声とともに、問題のテーブルへと連れて行った。
が、やはりここだけツンドラ気候なほどに、厳しい空気だ。
───うちのばあちゃんのターンっ!
莉子は祖母電話を掲げ、ふたりの前に差し出した。
『こんにち…もう夕方ね。
おばんです、莉子の祖母のよし子です。莉子がお世話になってます。
あら、奥にいるのは、どなた? 若い男の子……そうそう、あなた』
莉子の出し方がよくなかったようだ。巧が正面にくるように写していたらしい。
自分のことだとわかると、巧は小さく頭を下げ、
「あ、オレ、巧です。お世話になってます。隣が、親父で……」
『あなたがたくみ君ね! よく聞いてる。ああ、隣が……まぁ、ロマンスグレーな雰囲気ねぇ。うちのお父さんには負けてるけど』
「ばあちゃん、いいからっ」
『ねぇ莉子ちゃん、あとで連藤くんとお話ししたいな、婆ちゃん』
「あーわかったからっ! はいっ!」
莉子は再びくるりと腕を回し、奈々美と美都里を改めて映し出した。
ふたりの表情を見てから、指示が出される。
『莉子、お婆ちゃんの方に寄って』
「はいはい」
ずいっと顔に寄せると、虫を払うように手を向けられるが、それをさらりと避けて、再び顔の前に突き出した。
『こんにちは、みどりさん』
「……はぁ…」
『みどりお婆ちゃん、寂しいのね』
「何を言ってるのよ」
よし子の言葉に鼻を鳴らしてあしらうが、莉子の祖母は強し。
そんな雰囲気に飲まれることなく、言葉をつなげていく。
『うちはね、娘が東京に行ってしまって、それはそれで寂しかったのに、莉子ちゃんを置いて私より先に逝ってしまって……それはもう心配で心配で……』
何が心配なの? とでも言いたげに首を振り、
「うちの奈々美はまだ若いんです。あなたのお孫さんとは全然違います」
言い切った祖母に、奈々美が反対するが、奈々美の言葉を聞く耳は持っていない。
『あら、莉子ちゃんが1人になったのは、高校の頃なのよ。私もお手伝いしに行ったけど、こっちは北海道だし、頻繁には行けない。あの時は、ただただ莉子ちゃんを信じるしかなかった……』
莉子はそのエピソードに唸りながら、肩をすぼめた。
「確かにばあちゃんには、すっごい心配かけたよねぇ……」
『そおよ、莉子ちゃん。でも今は頼れる人たちができたから、お婆ちゃん、安心!』
小さく手を叩くよし子の声につられてか、三井と連藤もテーブルのそばへと来ており、空気の読める男・連藤がするりと体を前に出し、口を開いた。
「奈々美さんのお婆様、ですよね? 私は巧の先輩にあたる、連藤です。初めまして。
その、彼は今、とても努力をしています。ただ、いろいろ形になるまで先は長いと思います。
そんな彼には支えが必要です。でも、それは奈々美さんも同じはずです。
お互いがお互いを支え合えるふたりだと、私は思っています」
連藤が奈々美あたりに顔を向けた。
それに押され、彼女も口を開く。
「確かにお婆ちゃんには心配かけたくないけど……
私、こんなに素敵な人たちと一緒にいるの。
これも巧のおかげなの!
……どうか、信用してほしい」
真剣に奈々美に言われ、口つぐんだ美都里に変わって、よし子が声を挟んだ。
『ななみちゃん、お婆ちゃんとお話ししてる?』
「……して、ます」
『ふふふ。ま、無理に話さなくてもいいけど、
でも、そうね、たくみ君のことを伝えてあげるのは、あなたの仕事よ』
よし子の言葉に、奈々美は何か気づいた顔をする。
───大学に入ってから、勉強だ、サークルだと忙しいことばかりで、祖母との時間を作っていなかったのは正直ある。
そのまま社会人になり、目の前のことで必死になって、祖母との時間はおざなりだった……
それが祖母の不安になり、私の束縛になり、今の現状を作っているのだとしたら───
俯いた奈々美の声が震えながらも絞り出された。
「……おばあちゃん、ごめん……」
奈々美の声に美都里も俯きながら、
「ううん……おばあちゃんも……悪かったわ……」
語尾を濁しながらも言った。
再び、微妙な沈黙が流れる。
氷が溶けたようで、溶けきっていない、この生ぬるく寒い感じ。
それを打破したのは、やはり!!!
『さ、莉子ちゃん、こういう時はどんなワインがいいの?』
莉子の祖母、よし子だ!!!!!
思わずワインを振られ、考えてもいなかったため、ふわふわと視線を漂わせた莉子は、ぽつりと言った。
「あー……やっぱ、シャンパン、かな……」
『じゃ、それ持って来て』
電話ごしに遠隔操作されているが、莉子の動きは鈍い。
頭の中のセラーで検索してるようだが、あまりいい表情ではない。
それを見て、巧パパがトドメを刺した。
「それは私が入れるから、莉子さん、好きなのを出してくれるかな?」
……な…なん…だ……と………!!!
莉子の表情が固まった。
渋ったのは理由があるのだ。
それでも、無理やり莉子は声を出した。
「……したら、私の秘蔵をだしますね……」
言葉にまるで明るさがないうえに、自室にあるセラーへと足が向いているのだが、重々しい。
その唇からは呪文のように、
……連藤さんとのディナーで飲もうと思ってたんだけどやっぱりスパークリングじゃダメだからシャンパンがいいしこれはヴィンテージつきだから満足いくとお……
邪念を解き放ちながら上がって行った。
「………よし。そしたら簡単なつまみでも作るか」
「連藤、そっち頼むわ。おい、巧、レイアウト変えるぞ」
「りょ」
連藤はキッチンへ、三井は巧と席を大きく作り始める。
奈々美の隣には巧パパが座り、莉子の祖母と楽しく会話をしていたが、ふと、
『あ、美都里さん、出してくれます?』
よし子が言う。
その通りに彼女をうつすと、にっこりと画面越しに微笑んだ。
『意外と孫って、成長が早くないです?』
「そうね……ちょっと前まで、赤ん坊だったのに」
がちゃがちゃと騒がしくなった店内を見渡した美都里は、優しく笑い、奈々美の手を取った。
「いい人たちね……」
「うんっ!」
奈々美の明るく自信のある返事が、祖母の握る手に、強く、優しく、伝っていった。





