《第144話》久しぶりの開店
莉子と連藤の2人の連休が明けた今日は、夜からの営業だ。
いつも通り店には仕事帰りの方々が入れ替わり、立ち替わり席を埋めて、離れていく。
「……で、莉子、体どうよ」
そういうのは三井だ。
なんだか久しぶりな気がする。
莉子はそう思いながらも、連藤と並んで座った三井に「何が?」と返事をした。
「いや、連藤、やたらと肌艶いいんだよ。お前の精気吸い取ってんじゃねぇかなって」
「あ、確かに顔色良くなりましたもんね」
莉子は連藤に赤ワインを差し出して、そう言った。
今日のワインは北海道のワインだ。品種は北海道らしいドイツ品種のワインで、香りは華やか。飲み口は軽く、度数も低い。渋みも滑らかで、甘みを感じやすいワインのため、するすると飲めてしまうのが難点だろうか。
「思えば莉子も顔色が良くなってるし、お前ら、頑張ったな」
にやりと微笑む三井に、莉子が何を頑張ったのか首を傾げていると、連藤は胸を張った。
「ああ、莉子さんとの夜は、今までにな」
無理やり口が塞がれたので、それ以上語られることはなかったが、莉子が連藤の手をつねり、お仕置きしているのはよく見える。
「なんで連藤さんはペラペラペラペラと……!」
「いいじゃねぇか、減るもんじゃねぇし」
「私の心が減るのよ、心が!!!」
「莉子さん、何も恥ずかしがらなくても。こういう情報の共有はいざというとき役に立つことが多いんだ」
「それはどんないざってときなの? ねぇ?」
「莉子、グラス空いたぞぉ」
「水でも飲んでろ、エロバカ!!」
「俺がエロバカなら、連藤はエロ黒メガネだな」
「俺はするときはメガネは外す派だ」
メガネを上げ直した連藤の手を莉子は再びつねるのだが、懲りていないようだ。
そんなお客の落ち着いた店内で、莉子も同じワインを傾けだした。
なぜなら本日のメニュー、『ジャガイモのチーズ焼き』ができたのだ!
至極簡単な料理で、茹でたジャガイモにチーズをのせて焼いただけ。
アクセントに胡椒とバターが添えられる。
「莉子さん、今日のジャガイモは何かな?」
「今日の芋はキタアカリって品種で、甘みの強い品種なの。煮るとすぐ溶けちゃうから、ボイル系の料理がオススメ。だから今日はボイルしてからチーズをかけて焼きました」
莉子はよくチーズのかかったジャガイモをとりわけ、連藤の前へと差し出した。
連藤はそれをフォークですくい、口に頬張ると、すぐに微笑んだ。
「……これはとても甘いジャガイモだな」
「ほんとだな、連藤。しかも、ワインに合うな」
「やっぱりドイツ品種だからかな。北海道の特産品とすごく合うんだよね」
3人でジャガイモを頬張り、ワインを飲み込む。
本当に手の込んでいない簡単な料理なのだが、それがとても美味しく感じるのは、素材がいいだけではないのだろう。
三井は芋を眺めてから、莉子へ向いた。
「あれ、もっと黄色い……インカってジャガイモあるだろ? これはあれとは違うのか?」
「おお、三井さんからそんな質問が出るとは」
莉子は追加に焼いたウィンナーを差し出し、それを一口頬張ってから喋り出した。
「うんとね、インカのめざめより、このキタアカリは薄い黄色なんだ。だからかインカよりも甘みは薄くて。
でもだからチーズに合うと思う。インカももちろんチーズに合うけど、甘みが強く感じる人もいるから。
このホクホク感とほんのり甘い感じは、キタアカリにしか出せない味だと思うよ?」
「へぇ……今度気をつけて見てみるわ」
「見てみるって、お前がスーパーに行くのか」
連藤は芋とウィンナーを器用にフォークに刺すと、一口で頬張った。
ウィンナーの塩気で芋を食べているのだろう。
すぐにグラスが空になる。
「俺だってスーパーぐらい行くぞ?」
「へぇ。今まで行かせてたのに?」
莉子がつっこむと、三井は「心変わりだ、心変わり」そう言ってグラスを空にした。
莉子は2人のグラスに追加のワインを注ぎながら、
「今日は2人とも、よく飲みますね」
「そうか? 俺は久しぶりだからな、ここ」
「俺はカウンターで飲むのが久しぶりだかな」
「ほんの数日閉めただけで、何言ってんだか」
莉子もワインを飲み干すと、自身でワインを注ぎ込んだ。
濃い赤色が食欲をそそり、香りが飲めと囁いてくる。
甘い果実味の香りが、ジャガイモの香りと重なって、ワインがソースに思えるほど。
「いやぁ、北海道のワイン、たまに飲むと美味しいですね」
2本目に手を伸ばしたとき、三井が呟いた。
「……なあ、巧と奈々美の話、聞いたか?」
「何のことだ?」
「あいつら」
───まさか、結婚!??
莉子はワインのボトルを抱きしめる。
「別れるってよ」
「「はぁああぁぁぁ!?!?」」
数拍の間をおいて、莉子と連藤の声が重なった。
ありえない。
ありえないのだ。
そんなことはないはずだ。
見えない連藤と目を合わすが、連藤も同じ気持ちのようだ。
「なんか、奈々美が浮気したらしい」
その言葉に、莉子は目を光らせた。
「───連藤さん、事件です」
莉子の言葉に連藤もうなづくと、2人で手分けして始めたことは、店を閉めることだった───





