《第142話》久しぶりのおでかけ 7 〜いい湯だな 入浴編
脱衣所は広く、洗面台と棚がついた、とても使い勝手のいい造りになっている。木目の壁が素朴な高級感を出していて、雰囲気もいい。
だが莉子は服を脱ぐのにどうしても抵抗があった。
連藤の存在だ。
が、連藤はというと、場所を確かめ終えたのか、淡々と脱ぎ始めている。
「ちょっ! 連藤さん、ま、待って」
上着を脱ぎながら連藤は首を傾げた。色白の引き締まった体が、とても眩しいっ!!!
「ん? 風呂に入らないのか?」
「ち、ちがっ! 向こうむいて脱いでっ」
「どうしてだ?」
「言いながらベルトに手をかけないぃぃ」
連藤は目が見えない。全盲なので莉子を認識できないのは知っているのだが、”ポスターの感覚”をわかる人はいないだろうか。
大好きなアーティストのポスターを部屋に貼って着替えをしようとすると、どうも視線が気になって着替えるのに戸惑う……
そう、ただの自意識過剰だ!
なのだが、莉子の中で上手く消化ができず、こちら側を見ないでほしいと言う結果となった。
「莉子さんは見放題だが、俺は何も見えていない」
「言いながら手をワキワキしない。手で見てるんでしょ?」
「もちろん。莉子さんのむ」
莉子に口を押さえつけられたため、これ以上のコメントは差し控えることになった。
しかしながら脱衣所の中でも温泉らしい香りがしている。湯気の暑さと湿度が、熱いお湯だと語っている気がする。
莉子はなんとか服を脱ぎ、タオルを体に巻きつけ、さらに胸元を抑えてから、連藤に肩を掴んでもらう。
引き戸を開けた途端、ぶわりと頬に湯気がかすった。
冷たい床は四角い石のタイルで覆われており、足を滑らせないように慎重に歩いていく。
こんこんと溢れ出るお湯の音に、熱のこもった蒸気、それらを肌に感じたのか、
「温泉だな」
連藤が顔をほころばせた声を出した。
莉子も思わず笑いながら、
「温泉ですね」
浴室に声が響き渡った。
まずは洗い場に連藤を座らせると、蛇口の位置、シャンプー、リンス、ボディーソープの順番を伝え、最後にシャワーの場所を伝えた。
親指を立てられたので、莉子も隣に腰をおろし、まずは頭を洗い始める。
ふたりでわしわしと泡を立てる音を鳴らしながら、莉子が少し大きめの声で言った。
「連藤さん、ここ、なんでも揃ってて便利ですね。広いし」
「そうなんだ。男4人で入ったが、狭いとは感じなかった」
連藤の言った通り、ホテルによっては大浴場というかもしれないほどの大きさがある。
そのため利用料金は割り高だが、それでも貸し切れるのはいいものだ。
頭→顔→体と洗い終えたふたりは、まずは浴室内の浴槽へと体を沈めることにした。
莉子が先に入り、連藤の手を取って歩かせていく。
もうこの時には覆うものはないのだが、明らかに視界に入りそうな相手の下半身は、すべて視線を外して見ないようにしている。
ゆっくりと体を沈めた連藤に並んで、莉子も腰を下ろすと、ふたりで極楽のため息をついた。
「体のコリが全部ながれてくみたいです。じわじわ伸びてく……」
莉子がゆっくりと体を伸ばしていると、連藤も背筋を伸ばしながら、
「莉子さんなら立ち仕事だからな。たまにはこういうのもいいだろう」
「本当にそう思います」
少し顔を赤らめ朗らかな顔をしている連藤だが、いつ見ても細マッチョのいい体である。
「連藤さん、腕触って見てもいい?」
「お、莉子さん、お目が高いっ」
ざばりと持ち上げ、チカラこぶを作ってみせた連藤は意気揚々と語り始めた。
「あのボディビルダーの彼らのおかげで、俺の上腕筋が素敵に発達したんだ!
今まで胸筋と腹筋に力を入れてきたんだが、やはり腕の魅力ってあるじゃないか。
その魅力を最大限に詰め込んだのが、この腕!!!
時間は3ヶ月はかかったかなぁ……今回は育てるのに時間がかかってしまった。
だがまだ土台ができたに過ぎないんだ。ここからもう少し筋肉に厚みをつけている段階で」
「細い腕がいいな、私」
ばっつり切り捨ててみるが、
「莉子さんの好みは細い腕か……なるほどな。それも魅力的だろう。
だがこの太さもよくないだろうか? こうTシャツから見えたときに腕のラインが」
………5分は力説しただろうか。
お互いに顔が真っ赤な気がする。
「れ、連藤さん、一度外に出て、湯冷まししましょ」
へろへろになった足でどうにか外に出ると、椅子が置いてあるのでそこに腰をかけた。
さらに水瓶があるので、そこから水を汲んで頭からかぶっていく。
「意外に熱がこもるな」
「今日は暑い日ですからねぇ」
ひとしきり水を浴びて、再び腰をおろした先には、海が見える。
露天風呂の奥に海!!!
ホームページの内容通り、しっかりと海が見えるではないか!
その景色は、さながら都会から切り離された高級旅館に来ているかのようだ。
ちょうど木々の間を縫って海が見えるのだか、この木々の隙間に見えるのがとてもリアルに感じさせる。
多分角度を変えてよく見ようとすれば、ビルや街並みが浮き出てくるのだろう。
だがわっさりと生えた木々のおかげで、この角度からは街を覆い隠してくれて、この露天風呂を特別な空間に仕上げている。
「連藤さん、ここから海が見えますよ。たくさん木が生えてるんですけど、その隙間に海があって、なんか海の側の旅館に来たみたい。木のおかげで、海が全体に広がってるように感じるんですよ。すごい奥行きのある露天風呂です。
連藤さん、ここを思い出してくれてありがとうございますっ」
「莉子さんが気に入ってくれたなら俺は十分。
本当に海が近いな。潮風だ。潮の香りがしっかりわかる」
「連藤さん、プチ旅行大成功ですね! 旅館気分を味わえるなんて、めっちゃお得っ!」
「そんなに喜ぶなら旅館に連れて行きたいな」
「それはまた今度! さ、暑いけど、ちょっと入ってみません?」
莉子は連藤と自分に目一杯冷たい水を浴びせてから、露天風呂に足を入れていく。
体が冷えていたように感じたのは一瞬だけで、すぐに熱さが芯まで響いてくる。
「あまり長居はできなさそうだな」
「そうみたいですね。でも、外の空気を吸いながらの温泉って、やっぱりいいですね」
「ああ。開放感が違うからな」
温泉をちらりと舐めると塩辛いため、塩分濃度がある泉質なのだとわかる。
塩は肌についたままだとかゆみの原因にもなりかねないため、のぼせないためにも水をしっかりと浴び、体を冷やしてから脱衣所へと出ていった。すぐに扇風機を動かし風を当てるが、涼しさとは程遠い気がする。
吹き出る汗が止まらない………
ふたりは畳のある休憩場へ行くことにした。
20畳はあるだろう部屋なのだが、自販機とマッサージ機の並びがすごいっ!
壁に貼り付けるように多種多様の自販機が並び、さらに窓を向いて全身マッサージ機が鎮座している。
さらに奥には漫画や小説がずらりと並び、読み放題っ!!!
エアコンがよく効いたこの部屋で、これだけのものが揃っているのなら、1日過ごしても良さそうだ。
ふたりは瓶のコーラを買うと、畳にだらりと座って涼み始めた。
「なんか、夏休みの、どっかの1日みたい」
「いいな、こういうの」
「いいですね、こういうの」
ふたりは汗のかいた瓶を掲げ、一気にコーラを飲み干した。





