《第141話》久しぶりのおでかけ 6 〜いい湯だな編
売店で小さなペンギンのマグネットを買い込んだ莉子は、
「このペンギンは連藤さん家の冷蔵庫につけます」
嬉々として言われたが、連藤は首を傾げている。
理由がわからないのだ。
莉子はその手を取り、
「連藤さん、これ触ってみて」
連藤はそれを指でなぞって見ると、ペンギンのマグネットだが正面を向いたペンギンを上澄みのように切り取った形をしている。
「このくちばしとフォルムで、すぐペンギンってわかるでしょ? そしたら?」
「そしたら……?」
言葉の詰まる連藤に、莉子は少し大きめの強い声で言った。
「そしたら、水族館に行ったなーって思うでしょっ?」
「あぁ、なるほど」
「あぁ、じゃないですよ。連藤さんは写真を撮って見直すことができないんですから、これが私たちの思い出写真なんです」
確かに。
連藤は思い、莉子のその発想に感謝した。
今までは自分が覚えていればいいと、ただ思っていた。
もし忘れたにしても、それぐらいの思い出なら。と、様々な時間をこぼしながら今まできたのだ。
特に思い出にとっておきたい記憶もなかったが……
「莉子さん、ありがと」
莉子の耳に寄せて感謝を言うと、唐突に莉子が立ち止まった。
「耳はやめてよぉ……」
小声で返した声がかわいらしく、ついもう一度したくなるが、夜まで我慢をしよう。
そう思った連藤は莉子の肩を握ることで落ち着かせた。
水族館内のフードコートも閑散としていた。
外にあるフードコートは気温が高くあまり長居はしたくないものの、パラソルが備えられているので少しはマシだろうか。
先に腰を下ろした連藤のもとに、莉子はカップ入ソフトクリームと、コーンソフトクリームを両手に抱え、連藤が引き出してくれた椅子に腰を下ろした。
「連藤さん、手、出して」
そのままカップのソフトクリームが手に乗せられる。そして刺さっていたであろうスプーンを手渡された。
連藤は慣れた手つきでそれを使って食べ始めるが、暑さにこの冷たいアイスは体に染みるようだ。
莉子はというと、流れ始めたソフトクリームをせきとめるように、舌でまんべんなく舐め上げていく。
「莉子さん、ここのソフト、うまいな」
「ね! さっぱりめで、おいしい」
必死に舌を滑らす莉子と暑さに押されてスプーンが進む連藤は、無言のままソフトクリームを食べ続けている。
だがその冷たい時間は10分足らずで終わってしまった。
連藤はカップの底を器用になぞりながら、スプーンを舌で舐めとった。
「……うまかったな」
莉子はコーンをバリバリと頬張り、
「もう1個食べる?」
「いや、いらんな」
「そ」
この会話の間に莉子は食べ終えたのか、空になったカップを抜き取り、席を離れた。
ゴミを捨てに行ったようだ。
その間連藤はこれからどうしようかと、頭を巡らせていくが、思いついた内容がやはり莉子さんの迷惑になってしまうと目を伏せた。
「連藤さん、お待たせ。……なんかあった?」
「あ、いや、2人で何かしようと思う度に莉子さんの迷惑になりそうなものばかりが浮かんでしまって」
「え、どんなこと?」
莉子は再び座り直し、連藤の手を取った。
「……いや、」
「イヤじゃない。はい、連藤さん、言ってみて」
「ここの水族館の近くに、確か温泉があったはずなんだ。スーパー銭湯のような、そんなところ。
そこに家族風呂があって、一度、三井と行ったことを思い出したんだ」
莉子は三井と!? と思いながらも、小さくうなづいた。
大きな大浴場は案内が大変だ。しかも足元が滑りやすい温泉ならなおさら。
だが家族風呂なら個室のため目が見えない連藤でも危険が少ない上に、ゆっくり温泉が楽しめるのだから問題ない。
男同士で行った三井に脱帽だ……
莉子は心の中で褒め称えていると、
「あのときは、三井の他に、巧と瑞樹もいたな。
そこの家族風呂は本当に広いんだ。五右衛門風呂型のお風呂と、露天風呂、さらに内風呂もついていて、洗い場もしっかりしてたから、とても助かった」
あいつら4人でなにしてんだよっ!!!!
心の中で突っ込んどく。
「じゃ、そこに行きましょうか。名前は?」
「名前は確か……」
連藤から聞き出した莉子は携帯で場所を調べ上げ、目的地へとセットした。
車へと乗り込むが、まぁ、暑い。
窓を全開にして、エアコンも全開に走り始める。
連藤の記憶通り、この水族館から車で20分程度の場所だ。
水族館と同じように海岸線に沿って移動するルートだ。
ちらりと見たHPでは、家族風呂の場所によっては、海が見える場所もあるという。
できたらそこがいいな、莉子は思いながら車を走らせて行く。
「莉子さん、朝ご飯は食べたが、昼ご飯はどうする?」
「それねぇ……昼には早い時間? いや、結構お昼頃ですけど、どっちにします?」
「お風呂に入ってから食事がいいな。
莉子さん、何か食べたいものとかあるか?」
「海沿いなので、海鮮丼が食べたいです」
「寿司じゃなくていいのか?」
「海鮮丼がいいですっ!」
莉子が言うと納得したのか、彼の頭の中で検索を始めたようだ。
ラジオからは夏にちなんだ曲が流れている。
軽快な音楽を聞きながら着いた時間は11時30分ごろ。
2人並んでチケットを手に家族風呂の空きを確認すると、どこも空いているという。
「海が見えるところがあるって聞いたんですが」
「そこも空いてますね。そこにしますか?」
「ぜひっ」
莉子の弾んだ声を聞いていると、連藤の手にタオルが手渡される。
莉子は場所を確認すると、再び連藤に肩を掴まらせ歩き出した。
「温泉なんて、久しぶりっ」
「俺もだな」
歩数を進めながら、莉子はこの時になって気づいた。
2人で一緒にお風呂に入るのだと───





