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café「R」〜料理とワインと、ちょっぴり恋愛!?〜  作者: 木村色吹 @yolu
第3章 café「R」〜カフェから巡る四季 2巡目〜

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《第140話》久しぶりのおでかけ 5 〜水族館編

 本当に小さな水族館である。

 人はまばらで、順路通りに歩けば30分とかからず終わりそうだ。

 そんな水族館の一番最初の水槽は、天井まで伸びる大きな水槽で、海の断面を見ているようだ。

 水面の白い光がゆらゆらと落ち、優雅に泳ぐ魚たちが自身にとって快適な場所で過ごしている。


 莉子は連藤の手を取り、ガラスの大きさを教えると少ない語彙力で説明を始めた。


「えっとぉ、上の方には大きなお魚……エイですね。エイが5匹ぐらい泳いでます。

 その下にはイワシの大群です。これは間違いなくイワシです。美味しそうにすごくキラキラしてます。

 岩がガラスを囲むように配置されて、下の方はカレイとかが泳いでます。エビもいます」


「他には?」


「はい。下の砂の方にはヒトデとか、右端にはタコもくっついてます。

 でもここの水槽は、大きなエイとキラキラしているイワシを鑑賞する水槽のようですね」


 言いながら莉子は連藤の肩をひっぱり、莉子が連藤にくっつくと、水槽を背景に写真を撮りだした。


「俺の目線、あってたか?」


「サングラスかけてるから問題ないです」


「なるほど」


「じゃ、次いきましょう。連藤さん、私の肩掴みます?」


 連藤に自分の肩をつかむよう誘導すると、慣れた手つきで連藤は莉子の肩を掴み歩き出した。

 小型水槽に入っているイソギンチャクの種類を伝えていると、連藤が興味深そうに床を見下ろした。


「莉子さん、ここの水族館は円すい型になっているんだな」


「円すい型?」


「さっきから登っているんだ。こう、ぐるりと円を描くように配置されてる」


 莉子は言われて初めて気づいた。

 ただ順路通りに歩いていたため、ただ坂になっているとしか思っていなかったのだ。床の形がどうかまで感じられていなかった。


「さすが空間把握のプロですね」


「まあな」


 かちりとメガネをずらしながら作った顔は、まさにドヤ顔。

 あまり好きな顔ではないため、軽く流して進んでいく。


 イソギンチャクの水槽が終わり、大きな看板が目に入った。


 ”この先、クラゲ水槽♡イスンタスポット”


 なるほど。莉子は視界の端にかかったスポットを眺め、頷いた。


「さ、もうすぐここのメインの水槽につきますよ」


 莉子はその水槽に近づくと、連藤を水槽前にしっかり立たせて自分は少し離れると、


「………わぁー…連藤さん、きたきたきたきた!!!!!」


「え!? へ? な、なななななな」


 腕を振り上げながらも動けず慌てふためく連藤に、なぜか連続シャッター音が響く。


「ちょ、ちょ、り、莉子さんっっ!?!?」


「はい、いい顔いただきましたぁっ!」



「………は?」



 数秒の間を置き固まった連藤に莉子は近づくと、連藤の手をとって水槽をなぞらせた。

 ひやりとする水槽は円柱型でしかも大きい。


「連藤さんの驚く姿が見たかったの」


 莉子のケラケラと笑う声に大きくため息をついてみせるが、これはポーズのようなものだ。

 ごめんごめんと笑う莉子の後ろから女の声が聞こる。


『あの彼女なに? 目、見えないのに、かわいそぉ……』

『まじサイテーだよね。しかもイケメンだし』

『目が見えないからって騙してんじゃない?』


 莉子の声が止み、小さく「ごめんなさい」莉子の声が届いた。

 すかさず連藤は莉子を抱きしめると、腕の中の莉子は固く縮んでいる。


「……さ、一緒に写真撮るんだろ? 撮ってくれるかな?」


 肩を抱き、頬を寄せ、携帯を掲げるように連藤が莉子の手を取る。

 急なことに莉子がガチゴチになりながらも、なんとか携帯で写真におさめると、連藤は再び抱き寄せ、


「俺は、莉子さんのこういうところが好きなんだ。

 ()()()()からかってくれるから」


 連藤は莉子の肩越しに視線を投げた。慌てて離れる足音が聞こえる。


「で、でも、その……」


 莉子にとっては何気ないことでも、連藤にとってはひどいことをしていまったのかもしれない。

 そう思えなかったことに、莉子はショックを受けていた。

 おどおどと喋る莉子の頬を両手で挟むと、顔を上に向けさせる。


「莉子さん、今の聞いてたか?」


「……はい?」


「俺らしく、からかってくれて、好きだ、と言ったんだ」


「……うん。でも…」


 俯く莉子の顔を無理やり持ち上げ、目を合わせるように連藤は莉子の顔を覗き込んだ。


「でもじゃない。

 莉子さんは、俺に目隠しをして、ここどーこだ? ってやっただけだろ?」


「そうだけど」


「俺が本当に嫌なことは嫌だという。莉子さんもそうだろ?」


「……うん…」


「俺は楽しかった。はい、おわり」


 連藤が言った『はい、おわり』の言葉尻が優しくて温かくて、思わず泣きそうになる。

 それを誤魔化すように莉子は連藤の腕をすり抜けると、


「したらもう少し、写真撮らせて」


 連藤は外国人並みに肩をあげて諦めたように息をつくと、


「わかったよ」


 答えた途端に莉子の携帯からシャッター音が鳴り始めた。


「そそ、そこに立って! ね、立って!

 神秘的なクラゲと連藤さんの横顔がすごくマッチしてきれいなんですっ!」


 激しいシャッター音の雨に降られながらも、連藤の口元はゆったりと笑っている。


 お互いに感じていた。


 こんな外ではしゃいだことが初めてなのだ。

 お互いの距離は離れてもすぐに近づいて笑い合う、こんな時間が初めてなのだ。


 水が揺れるたびに、ふたりの心も喜びに揺れる。


「連藤さん、すっごいカッコいいっ」


「それはどうも。莉子さんはとても楽しそうだ」


「ふたりの思い出が、今、積み上がってますから」


 積み上がっている───


 連藤のなかでこの言葉がリフレインした。


 もっと早くに出会いたかった。


 そう思うのはおかしいのだろうか……

 連藤は莉子の小さな肩を握りながら思う。

 莉子は歩きながら携帯をチェックしているようで、


「ね、どれかの写真、優さんと奈々美さんに送ってもいいかな?」


「ふたりで写っているのを送ってほしいな」


「あ、そだね。連藤さんの見せても意味ないか……

 次はね、ペンギンがいっぱいいるみたい。連藤さん、ペンギンの匂いってわかる?」


 どうしようもない会話を繰り返しながら、ふたりの足はゆっくりと水族館を楽しんでいく。

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