《第139話》久しぶりのおでかけ 4 〜ドライブ編
車は走り出したが、天井は閉めてある。
開けたまま走ることもできるが、午前中といえどもこの気温のなかは無謀すぎる。
想像してみてほしい。
確かに風を浴びて走ることはできるが、炎天下のなかを走ることには変わりはない。
夏時期のオープンカーは気をつけなければ自殺行為だろう。30分も走り回れば、真っ黒に焦げてしまう。
窓からの日差しすら、じっとりと暑く感じるためか、冷房は絶やさず流し続けている。
冷房の音のなか、莉子は少し大きめの声で言った。
「連藤さん、どこに行くと思います?」
「全然わからん」
「ですよねー」
そう言う莉子の声は楽しげだ。
「連藤さんを私しか知らない場所に連れて行くって、すごく楽しい」
「今日は俺は莉子さんの言う通りにするから、安心してほしい」
「なんかそう言われると、いろいろしたくなります」
「例えば?」
「えー……そう言われると具体例がなく、困るんですけど」
「言ってみたらいいのに」
「そんなに簡単に言わないでくださいよ」
ふてくされた莉子の声を最後に、ラジオが代わりに喋り始めた。
出勤の時間がすぎたあたりで、主婦向けの番組が流れている。
夏のお出かけグルメ、夏休み定番の場所、宿題はどこから始める、などなど主婦で子持ちであれば引っかかる内容が目白押しだ。
「連藤さん、」
「なんだ?」
「連藤さんって、宿題はコツコツやってた派でしょ?」
「いや、夏休み10日前に一気に肩をつけてたな」
「うそ! 毎日コツコツしてないの?! すごい意外。でも10日前ってことは、そういう準備をしてるってことだもんね?」
「まぁ、そういう段取りをしていたと言えばそうだが……
親父がな、終わらないのは自己責任という考えだったからな……他人に頼れなければ自己管理しかないからな」
「うわぁ……なんかすごい」
足りない語彙力で答えを返す莉子だが、莉子さんはどうだった? そう言われ、少し考え込んでいた。
「……多分、泣きながら宿題やってた派だと思う……
けど、あんまし覚えてないんだよなぁ……親がカフェ経営でしょ? そんな休みとかなくって、でも遊びたくって、なんかギリギリになってたなぁってイメージがあるなぁ……
あ、でも、母の実家がある北海道は、夏に行ってた。
うちはカフェを長く休めないからって、先に私と母で行って、途中で父が来たら母がこっちに帰ってくるの。で、私が帰るときは、父と一緒に帰ってくるっていう」
「家族一緒というのは難しいなら、そういうのもいいのかもな」
「私はそう思ってる。
行くときは母を独り占めできるでしょ?
帰りは父を独り占めできるから、私は2倍でお得だった」
「莉子さんの両親は、莉子さんの気持ちをわかっていたのかもな」
「確かにそうかもだけど、たぶんうちの両親は、私を独り占めしたかったんだと思うよ!」
自信満々でいう莉子の声が面白くて、連藤は思わず笑ってしまう。
「莉子さんの家族は明るくて楽しいな」
「そうだね。確かに笑いは絶えなかったかな……
そう思うと、今は家族がいる時間に似てる。私、よく笑ってるから」
俺もだよ。そう言いかけて、連藤は言葉を飲み込んだ。
窓の方にしっかり向き、なるだけ見えないように気を配るが、耳が熱い!!!!
自分が勝手に意識しているだけだから、余計に恥ずかしい……!!!!
連藤がひとり必死に熱を下げていると、
「あ、連藤さん、もうすぐ1つ目の目的地に到着しますよ」
いきなりの莉子の声に肩を震わせた。
「あ、連藤さん、寝てた……?
ごめんね、起こしたなら」
「あ、…いや、大丈夫だ……」
なんとか声は出せたので、大丈夫だろう。
深呼吸を何度か繰り返したとき、車はゆっくりと駐車した。
扉を開けると、潮臭い。
まだ海からは遠く離れていないようだ。
「今から行くのは、ミニ水族館です。
私がひたすら足りない語彙力で説明するという、お互いに試練の時間です」
「……試練なのに、なんで選んだんだ?」
「なんか、カップルみたいでいいなぁって。
さ、行きましょっ!」
莉子は連藤の腕を取り、歩き始めた。
彼女の足はしっかりとして、弾んでいる。
これからの時間が楽しみで仕方がないのだ。
連藤はそれを読み取ると、なぜかこれから向かう水族館への不安な気持ちが薄らいでいった。
自分も楽しもうと、そう思ったのだ。
「莉子さんの解説が、とても楽しみだ」
「……いじわる言わないでね」
莉子が連藤を見上げて、唇を尖らせているのがわかる。
その唇に自身の頬を寄せられればと思うが、それは叶わない願いだろう。
莉子がチケットを購入しすんなり入った水族館の中は、外との気温差が激しく、思わず肩をさする。
莉子も連藤の背をさすり、
「ちょっと冷房効きすぎですね、ここ。
さ、入り口から試練ですよぉ」
そう言って、莉子は水槽のガラスに連藤の手を当てさせ、おぼつかない言葉で解説をはじめたのだった。





