《第138話》久しぶりのおでかけ 3 〜お弁当編
日差しを避けるように木陰に停めたのは正解だった。
だんだんと気温が上がっていくのがわかる。
飲み込んだお茶が冷えていているのがよりわかり、より美味しく感じる。
「気温が高いから、いつもの緑茶、すごく美味しく感じます」
「確かに。今日も暑くなりそうだな……」
「ですね。エアコン、つけますね」
少しは外気に触れようとエアコンを消していたのだ。
だが、もう汗がジワリとにじみはじめ、これはおにぎりを頬張る雰囲気ではない。
冷気が吹き出し始めると、莉子も連藤も小さく心地の良いため息をついた。待っていた涼しさだ。
ほどよく冷える肌を感じながら、お弁当を広げていく。
広げたお弁当の中身は昨日準備した通り、玉子焼きと鶏の唐揚げ、彩りにミニトマトとブロッコリーが添えられている。相変わらず目が見えないのにお弁当の具の配置が完璧すぎて、莉子は目を細めて連藤を見つめてみる。
だが彼は顔を正面を向けたままでお弁当を開けると、手前に置いた箸を取り上げ、おかずの位置を確認し、彼は器用に玉子焼きをつまみあげて頬張った。
やっぱり見えてないんだ。莉子は再確認し、連藤と同じく玉子焼きを頬張ってみる。
甘塩っぱい玉子焼きは懐かしく感じる味で、焼き加減もふわふわ!
「連藤さん、玉子焼き、美味しいっ!」
莉子が言うと、連藤はおにぎりに手をつけていた。ラップを外していたので、肩を叩いてて渡してもらうと、海苔を巻いて渡し直しす。パリッとした食感が楽しいおにぎりのはずだ。
「莉子さん、ありがとう」
歯でちぎった海苔からはいい音がする。さらに連藤家にあった海苔だ。高級なのだろう。
磯の香りがしっかりした厚手のいい海苔だ。
莉子は自身のおにぎりに海苔を巻きながら思っていると、連藤が満足そうに息をついた。
「………莉子さんのおにぎり、握り具合がちょうどいい。ふっくらしてる。とても上手だ」
そんな柔らかな笑顔を向けて言わないでください───
莉子は思うものの、声には出さなかった。
だが顔が真っ赤になってしまった。
おかげで唐揚げの味がわからないではないか!!!
お茶を飲み込み顔の温度を下げると、莉子もおにぎりを頬張った。
自分で言うのもなんだが、おいしい。
握り方がうまくいったようだ。表面を固めるように握るといいと聞いたからだ。
その通りに中はカチカチではない、ふっくらとした感じが残っている。
具の位置は少し下になってしまったので、おかずと一緒に食べて進めよう。
塩気も多めにしたのがよかった。おかげで玉子焼きがより甘く感じてご飯が進んでしまう。
唐揚げも中がしっとりと美味しい。衣にも肉にも味がしっかりとついていて、冷めていてもおいしいのは、やはり連藤の腕なのだろう。
「ねぇ連藤さん、このあと、どうします?」
「……ん。莉子さんがどこか行きたいところがあれば……
俺は特に用事のある場所もないし……」
食べ終えた弁当箱を片付けると、ふたりは場所を運転席と助手席に戻した。
タンブラーに半分残したコーヒーとともにブラウニーでデザートタイムだ。
「……すまない」
急に謝った連藤に莉子は驚きながら見つめるが、
「なんですか、急に」
莉子は気を取り直し、ブラウニーを頬張った。今日のブラウニーも香ばしく、カカオの風味が生きていて、ずっしりと美味しい。
「俺は目が見えないから、何かを提案するにも自分の範囲以上に想像ができないんだ。
目が見えなくなってから誰かと時間を共有するなんて、ほとんどなかった。
だがこれは言い訳だと思う。
だが、思いつかなくて、莉子さんにフォローされてばかりだ……」
連藤がそんなことを思っていたことに、莉子は心底驚いていた。
自分の方がフォローされているとばかり思っていたからだ。
「……連藤さんがそんなこと思ってたなんて、意外」
莉子はコーヒーで口の中をスッキリさせる。
「私がいつも連藤さんにフォローされっぱなしだと思ってたのに、連藤さんからそんなこと言われるなんてびっくりしちゃった。
したら、この後は私が行きたいところに行きますっ」
莉子は連藤の空いている右手を掴み、
「今日は私のワガママ小旅行です。どこに行っても怒らないでくださいねっ」
そう言うと、莉子の手をしっかり握り返し、
「よろしく頼む」
連藤が微笑みながら頭を下げた。
「ふたりだけの時間、楽しいですねっ」
弾んだ声で莉子は言い、再び車が走り出した。





