《第137話》久しぶりのおでかけ 2 〜うなぎトーク編
走り出した車内は淀んだ空気が立ち込めている。
すぐに窓を開けるが、熱い空気が流れ込むので莉子はすぐさま窓を閉じ、エアコンを全開にした。
汗ばんだ肌も冷えた空気が乾かし始め、体の表面だけがひんやりとする。
腕を数回こすったあたりで、車が渋滞にはまった。
とはいっても、帰省のようなひどい行列ではなく、数キロの単発的な渋滞だ。
それでも動く気配がなくなったため、
「連藤さん、渋滞少し続きそうです」
莉子は現状報告とばかりに連藤に伝え、その時間を楽しむようにタンブラーを取り上げた。
タンブラーのなかのコーヒーはまだ熱く、ゆっくりとすすり始める。
少しずつそっと飲み込むコーヒーだが、熱さが喉を走り胃に落ちて、体の中からほんのりと温まりだす。
「はぁ……朝のコーヒーはいいですねぇ」
莉子が満足げに呟くと、
「そうだな。やはり朝一番のコーヒーはホットに限る」
連藤も同じようにすすりあげた。
「こんな暑い日でも飲んじゃいますよね」
「そうなんだよな。
たぶん、社内もかなり冷え込んでるんだろう。だから熱いものを飲みたくなるのかもしれない」
「でもしばらく猛暑でしょ? 連藤さん、気をつけて過ごしてくださいよ?」
「明日までは莉子さんと一緒だし、それ以降は三井がサポートしてくれるから問題ない」
「でも水分補給は自分でしょ?」
「確かにな」
進まない車のなかは意外と会話が弾むようだ。まだ朝だからかもしれない。これが午後だと話すネタもなくなり、無言の時間となるだろう。
莉子が「あ」と言ったあと、思いついたように、
「ね、連藤さん、ブラウニー、いつ食べます?」
聞きながらも、進んだ車に追いつくように走り出した。
「俺もそれを悩んでいた。朝食の前に甘いものを食べるのか、と……
だが熱いコーヒーを飲んでいるなら、チョコ系を食べるのは間違いなく美味しい」
「そうなんですよぉ……
まぁ、今はコーヒーを半分残しておいて、お弁当を食べてからコーヒーとブラウニーを楽しむのが間違いないんですけど、到着まで少し時間がありますからねぇ」
「あとどれぐらいで到着かな?」
「あと30分ぐらいですね。次の降りたらすぐなので」
ふたりで低いうなり声をあげながら、「あとにしようか」連藤がそういうので、莉子も「はい」と答え、ブラウニーはお預けとなった。
今日の天気は薄曇り。
太陽も見えるが、白い幕がかかったように丸い輪郭をかたどって浮いている。
風は少し強いかもしれない。
だが車はほどよい台数となり、穏やかな流れのなか走っている。
「平日の朝におでかけって、なんか新鮮ですね」
「本当にそうだな。今の時間ならちょうど支度を終えて、会社に向かうところだ」
「私もそう。開店準備に取り掛かってる時間。
仕事をしなきゃいけない時間にのんびりできるって、すごい特別に感じます」
「莉子さんは働きすぎだ」
「連藤さんに言われたくないです」
ラジオをつけると、爽やかな女性の声で曲紹介が始まった。
夏らしい曲のセレクトに、莉子が思わず鼻歌でおいかけていく。
「莉子さんは歌うこと、好きなのか?」
「ん? んー、声を出すって結構ストレス発散になったりしない?」
「俺はわからないな」
「そっか。結構大声出すのってスッキリするんですよ。
だから定休日の仕込みのときとかは、厨房で歌ってる。厨房、意外と声響いて、上手く聞こえるんだよね」
ラジオからは、丑の日の話からうなぎの減少、そこから『う』から始まる食べ物を食べると夏負けしないという風習があったということで、ななぎ以外の『う』のつく食べ物をパーソナリティーが悩み悩みあげはじめた。
「連藤さん、うから始まる食べ物だって」
「うどん」
「なんか、ありきたり」
「うさぎ」
「あんましすぐ食べれないね」
「うに」
「確かに旬だけど、なかなか手が出ないね」
「うし」
「牛はいいかも。すぐ食べれて、スタミナつきそう」
「うめぼし」
「今日のおにぎり梅だから、夏負けしないね」
「うま」
「あー……いいね、馬肉も。なんか妄想だけどビタミン多そう。
連藤さん、すごいですね。こんなに食べ物が出てくるとは思っていませんでした」
「まあな。多分、もう腹が減っているんだろう」
「さ、あと10分くらいで到着ですよ」
くだらない話ができるのも楽しいものだ。
高速を降りると、ナビもなしに再び走り始めた。確かに交通量は多いが、ここが街中だからだろう。
進む道から、潮の香りが届いた。
外の空気を取り込む設定になっていたためだが、その匂いを嗅ぐだけで、夏が肌のそばに佇んでいる気がする。
潮の香りが強くなったとき、ゆっくりと車は停車した。
「さ、海辺近くの公園です。
せっかくなので、オープンにして、日差しを浴びて食べましょうかっ!」
そう言いつつ運転席を降りると、連藤も降ろされてしまう。
莉子は何やらセッティングを終えたようで、再び座らされた場所は後部座席のようだ。
──座り心地が全く違う。
辺りを見回すように感覚を広げる連藤の隣に莉子が腰を下ろした。
「運転席側でお弁当を広げられたらよかったんですけど、テーブルがつけれるの後部座席用のしかなくて」
莉子がかちりと音を立てた場所にテーブルが現れる。
ヘッドレストの首に引っ掛けてぶら下げるタイプのテーブルで、使わないときはたためられる優れもの。
莉子はそこにドリンクとお弁当を設置し、連藤の手を取り場所を教えていく。
「ペットボトルのジュースは緑茶です」
「お、これは食べやすい。……では、いただこうか」
「はい。せーの、」
「「いただきますっ」」
少し遅い外での朝食が始まった。





