《第135話》久しぶりのお泊り 4
ビールを飲み終えたふたりは、べったりと汗が染み込んだ体を洗い流す準備に入ったのだが、どちらが先に入るかで揉めてしまう。
「莉子さんが先に入ればいい」
「いや、連藤さん、色々用意してくれたし。
私、ご飯用意しとくから、連藤さん、先に入りなよ」
「今日は俺の部屋に来てくれてるんだ。
俺がもてなしてもいいだろ」
「「………」」
キリのないやり取りにふたりで無言になるが、じゃんけんもできないし、あみだくじも無理。
なぜなら連藤の目が見えないから。
莉子が不正をしてもバレないため、公平ではない。
悩む莉子の肩を連藤は掴むと、脱衣所へと押して行く。
「ちょ、連藤さんっ!」
「先に入って、俺が出てくるまでに〆飯を作っておいてくれ」
ぱたんと閉められた脱衣所の扉を睨みながら、莉子はため息を落としつつ、服を脱ぎ始めた。
べったりと張り付いた服は意外に脱ぎづらい。引き剥がすように全て脱ぎ、洗濯機へと投げ込んだ。
ふと思い、脱衣所からひょっこり顔を出し、
「連藤さん、洗濯どーするぅー?」
数拍おいて、
「明日まとめて洗おうー」
「はーい」
莉子は洗濯機の蓋を閉めて、お風呂場へと入っていった。
一方の連藤は、
「明日から何をして過ごそうか……」
考えあぐねていた。
……どこか1泊でも莉子さんとなら面白そうであるが、それだと莉子さんに頼りきってしまう。
だからと言って何も案がないのも寂しいし、今年は、莉子さんとしたいことをしようと約束した。
だからこそ、俺がやりたいことを伝えなきゃいけない。
とはいえ、ピッタリくる内容がなかなか浮かんでこない………
インターネットと格闘しているうちに莉子がシャワーから上がってきた。
「連藤さん、〆飯、ラーメンでもいい?」
「ああ、生ラーメンがあるから、それを使ってくれたら」
「わかった。連藤さん、すっきりして来て」
莉子の言葉に押し出され、連藤はシャワーへと向かって行く。
莉子はダイニングテーブルに置かれたパソコンをちらりと見てみる。
開いたままのパソコンでは、『休日 予定 カップル』などの検索文字が浮かんでいる。
その文字から、明日の予定を考えてくれていると知り、莉子もお湯を沸かしながら考え始めた。
「のんびりできるとしか考えてなかったな……」
ネギを小口に切り、味玉を半分にする。焼き海苔をほどよい大きさに整えてから、スープ作りだ。
湯が沸いた鍋に入れるのは、お手軽中華の素。
そこに鶏ガラの顆粒、醤油、塩を味をみながら加えれば、あっさり昔風醤油スープの完成。
あとは連藤が上がってきたら仕上げるだけだ。
そんなに遠くでなくてもいいし、でもまるっきり近場も面白くないし……
上がって来た連藤を確認し、莉子は鍋にラーメンを投入した。
すぐに茹で上がるため、ザルは準備万端。食べる箸とレンゲも問題なし。
丼を用意し、茹で上がった麺をどんぶりにあけ、汁を注ぐ。
そこに味玉、ネギ、海苔を盛り付けたら、出来上がり。
「連藤さん、ラーメンできたよ」
「ああ」
暑い日に熱いラーメンで〆もいいものだ。
なぜなら部屋は鳥肌が立つほどにエアコンを効かしてある。
「これは夏の楽しみですね、連藤さん」
「ああ、暑い外を眺めながら、涼しい部屋で熱いラーメンをすする。
人間でなければできない、進化の賜物だと俺は思う」
ふたりでつるつると啜りながら、
「連藤さん、あしたの予定、考えていてくれたんですね」
「あー、いや、考えてなかったんだ……」
「あ、違う違う、さっき考えててくれたんでしょ? ってこと」
「そう。すっかりふたりで休みなんだと浮かれていて、休みにすることを何も考えてないことにさっき気がついた」
「私も」
ふたりで笑い合い、ラーメンを再び頬張った。
「莉子さんはどこか行きたいところとかあるかな?」
「私? 私はのんびりできたらなぁって考えてただけで。
連藤さんはどこかある?」
「いや、俺はそんなに思いつかなくてな」
「あ!
そしたらさ、朝早くに海辺に行って、お弁当食べて、暑くならないうちに帰ってくるっていうのはどう?」
「莉子さん、早く起きれるのか?」
「……わかんない。ま、なるだけ早くってやつで」
「したら、そうしようか」
「うんっ」
汁をすすり、ひたひたの海苔を頬張ると香ばしい風味に感じる。
あっさり系のスープが胃に優しく、どこまでも飲めてしまうが、これを飲み干すと明日、間違いなく喉が乾くのできをつけなければならない。
麺は細めの縮れ麺。スーパーにある生麺だが、自分で茹でて食べるだけで、一味違う気がするのはどうしてだろう。
明日の予定も決まったおかげか、ラーメンの味がより美味しく感じる。
味玉もめんつゆで仕上げているため、醤油スープに馴染んでうまい!
ネギも水洗いしたおかげで、シャキシャキとした歯ごたえと、ネギの臭みが消えて食べやすい。
「連藤さん、あしたのお弁当、何にします?」
「俺もそれを考えてた」
ゆっくり咀嚼してから、一息つき、
「おにぎりだな」
炊飯器の方に顔を傾けた。
そう、今日、彼は炊いておいたご飯が手付かずなのだ。
「したらおにぎりと、卵焼きと唐揚げにしよう」
莉子が言うと、
「簡単なのをささっと作って、のんびり過ごそう」
連藤がそっと微笑んだ。
莉子がこくりと頷くと、連藤もまた小さく頷いた。





