《第134話》久しぶりのお泊り 3
駆け込んだ連藤の部屋は完璧な男なだけあり、すでに予約冷房が施され、程よく冷えている。
今確かにこの冷えた部屋は天国なのだが、ふたりはそれよりもビールのうまさを取った。
荷物を放り投げ、素早く冷蔵庫からビールを取り出すと、テラスへと飛び出していく。
「はい、連藤さん」
冷えに冷えたビールを片手に、莉子も連藤も勢いよく口元へ。
泡となって流れ出るのを口で受けながらビールを流し込んでいくが、ただふたりの飲み込む音がお互いに聞こえてくる。
しばらく無言のまま飲み込むこと数分………
「「はぁーっ」」
ふたりの息が吐き出されるが、すでに缶は空である。
「もう1本、いきましょうかっ」
莉子が言うと、
「莉子さんは飲んでてくれ。
俺は枝豆、作ってくる」
莉子は連藤の言葉に甘え、暑いテラスで2本目のビールに取り掛かった。
連藤もまたビールを飲みながら慣れたキッチンへ立つと、フライパンを取り出した。
生枝豆は枝が取ってあるものだ。それを一度水洗いしておく。
フライパンにオリーブオイル、鷹の爪、みじん切りのニンニクを加え、熱を入れ、香りがたったところに枝豆を投入。タイムと水も加え、蓋をして4分ほど待つ。
火を止め、塩を振りかけ、あおれば完成。
簡単にできるが、地味に美味しい枝豆なのだ。
それを皿に盛り付け、さらに冷蔵庫から作り置きしてあった自家製のタコワサ、味玉、浅漬け各種をトレイに並べ、テラスへと出ていく。
小さな歓声とともに、莉子がトレイを連藤から受け取り、席へと運んでいくが、莉子の喜ぶ声が止まらない。
「連藤さん、タコワサ作ってくれたの? 味玉もあるしっ」
「まだ在庫があるので、食べてしまって構わないぞ」
「どうしよ……
ビール、すごくすすんじゃう……」
「最後の〆は、おにぎりかお茶漬けか、何か食べればいいだろう」
「こういうのもいいもんですね。
ビールなんて、久しぶり」
お互いに3缶目となったビールを飲み込みながら、おつまみに手をつけていく。
連藤が取りやすい位置におつまみを移動させながら食べていくのだが、このタコワサが絶妙な辛味でビールがすすんでしまう。ツンとくる辛味を流すためにビールを飲んで、またつまんで飲むという悪魔な循環。
さらにペペロンチーノ枝豆は、温かい枝豆なのだが、豆の茹で上がり具合が歯ごたえがある感じでちょうどよく、これもわさびとは違うピリ辛なのが、ビールに合う。香りもよく、このガーリックの風味が効いて食べる手が止まらない。というより、むしろ、この指が美味しい!
味玉の中は程よく半熟、でありながらしっかり味が染み込んでいて美味しい。白身も真っ黒に染まっている。
味付けをきくと、めんつゆとごま油だけというのだから、お手軽すぎる。
莉子は浅漬けを食みながら、冷蔵庫とテラスの行き来が面倒になったのか寸胴鍋に水と氷を入れるとそこへビールを差し込んできた。
水に浮かんだ氷が鍋に擦れる音も涼しげでいいものだ。
浅漬けを食べ終えないうちに再びビール缶の蓋が開いた。
「もう、ビールっていうより、水かも」
「今日は暑いからな」
「どんどん飲めますねぇ。
ちなみに、ビールはここにあるだけなので、これ飲み終わったらシャワーでも入りましょうか」
「そうだな。
汗を流してから、〆にいくことにしよう」
言いながらふたりで笑い合うと、お互いの近況を話し出す。
ゆっくりと話す時間がここのところなかったためだ。
だが思ったより、話したいことが見つからない。
アレもコレもと話したいことがあったのに、いざ本人を目の前にすると内容が出てこないのだ。
「なんかもっと話したいことあったんだけどな……」
言いつつちびりとビールを飲む莉子に、
「俺ももっと話したかったんだが、意外と浮かんでこない」
「こういうことって結構ありますよね」
「うん、あるな」
少しだけ静かになった街を見下ろし、ぬるい風を浴びながらふたりはビールを流し込んだ。





