《第131話》母の日
今日は奈々美と優が来店だ。
5月の半ばを過ぎた日曜日、デートにもってこいの天気だが、今日は女子デートを楽しんできたそうだ。
「莉子さん、元気だった?」
優がカウンターに腰掛けながら声をかけて来る。
日曜なので早上がりの今日は17時閉店。2人は街で買い物とライチをした後、ここでデザートタイムということで、15時ジャストに乗り込んできた。
「なんとかね。おふたりは?」
「私は元気。奈々美は風邪ぎみだったね」
「ちょっとね、天気もパッとしなかった日あったじゃん」
まだ微かに鼻声の奈々美の声は、少し色っぽくすら感じる。
2人は空いている隣のカウンター席に荷物をひっかけるが、結構な紙袋の数だ。
「今日の釣果は?」
「結構大物も上げれましたし、いい感じだよね、奈々美」
紙袋の中身を覗きながら優が言うと、
「確かに。今日は大漁ですが、中身もレア度が高くて釣果はいいですよ」
奈々美も袋を確認して報告する。
「さ、足も棒になるぐらい歩いたんでしょうから、甘いものはどうですか?」
「今日のオススメは何?」
奈々美はボードを見ながら莉子に尋ねた。
「今日のオススメはババロア」
「「ババロア?」」
今までなかったデザートだ。
パフェやハニートースト、ブラウニーなど、焼き菓子からアイスクリームまで幅広かったものの、ババロアは初登場ではなかろうか。
「そんなに驚かなくてもいいじゃない。たまたま色々材料が余ったんで……」
苦く笑いながら莉子は言うが、
「一応、ベリーたっぷりババロアなんで、いかがですかお嬢さん?」
「それにはどんなお酒をあわせてくれるのかしら?」
「え、お酒飲むの?」
素っ頓狂な声をあげたのは莉子だ。まさか日曜のおやつの時間にお酒を嗜むつもりとは思っていなかった。
「これに合うやつ……赤? 白? ロゼ?……あー…バルバロッサ……
…いや、……甘口のランブルスコなんて、どうでしょう……?」
「なら、それをお願いするわ」
奈々美がすました顔でいうので、莉子もすました顔で「かしこまりました」と返してみる。
だがすぐに3人で笑い出してしまうのは仕方がないことだろう。
先に飲むかと聞くとデザートと一緒がいいというので莉子はまずはデザートプレートを作り始めた。
ババロアを中心において、いちご、ぶどう、ブルーベリー、ラズベリーを盛り付けていく。
さらにババロアの上にベリーソースをかけ、生クリームを添えば完成。
2人に差し出すと小さな歓声が上がった。
食べ始めたところで、グラスを差し出した。ほどよく冷やしたランブルスコを2人へと注いでいく。
瓶から注がれた赤い液体は、艶やかにグラスで踊り、程よい泡が立ち上がる。
ぱちぱちとグラスを弾く音が初夏の今を涼しくし、すぐにでも飲み干せと歌っているようだ。
奈々美と優はグラスをかちりと鳴らし、デザート片手にランブルスコを楽しみ始めた。
一方の莉子は他の接客があるため、しかもまだ日中であるため、飲みたいのを我慢しての業務である。
夜の営業で飲むのであれば問題ないが、昼の営業で飲んでしまうとクレームにつながる危険性があるのだ。
これはモラルの問題なのか、なんなのか。
お客様の気持ちに沿って、今日も営業です。
莉子はしゅわっという爽快な音を耳元で感じながら、コーヒーを運ぶ。
しかし日曜日、家族連れも目立つ今日だが、16時をまわり、お客の数も減ってきた。
これから夕飯の時刻だ。帰る人も多い。
奈々美たちの様子を見ると、多めに盛り付けたフルーツが功を奏してか、それをつまみにワインを飲んでいる。
もう半分がなくなっているので、2人ともにペースはなかなかだ。
カウンターに戻り、改めて2人のグラスにワインを注ぐが、顔が真っ赤である。
「2人ともワイン並みに顔赤いね」
「言うと思った。やっぱり昼から飲むときくよね」
「ほんと。優なんか、全身真っ赤な感じ。
だって莉子さん、ホントに甘口なんだもんっ」
ランブルスコは辛口甘口あるのだが、甘口はしっかりと甘い。ただ果実味はしっかりとベリーの香りも高く、さらに微炭酸なのが飲みやすさを加速させている。特に女性だと赤ワインは苦手という人も多いが、このランブルスコなら、飲み口は優しく、さらに微炭酸で喉越しもよく、タンニンの渋みを感じることなく赤ワインを楽しめるのだ。
笑い出した2人の声はなかなか止まらない。アルコールのせいもあるだろう。
そんな中、忘れないうちにと優が奈々美に告げると、何やら思い出した顔つきで紙袋を取り上げた。
「莉子さん、母の日すぎちゃったんだけど、コレ」
そう言いながら紙袋が渡される。
「……意味がよくわかんないんだけど? 私、母親いないし」
「あー、そうじゃない、そうじゃないんだな、莉子さん」
優が莉子に指差した。
「莉子さんは私たちにとってお姉さんであり、お母さんなんだということなんですよっ」
開けて見て! と騒ぐ2人に押され、高級ブランドの紙袋を開けると出てきたのは、高級ブランドのロゴが踊る巻きスカート風のエプロンが出てきた。
「ちょ、こんなの、使えない……ちょ、奈々美ちゃん使いないよ?」
「いやいや、これは、巧や瑞樹くんの気持ちもこもってるから」
奈々美にそう言われても素直に受け取れない莉子はなんとか返せないか試みるが、うまくいかない。
そうしているうちに最後のお客もはけてしまい、3人だけとなった店内でのこの押し問答は情けないというか、なんというか、言葉に表し難い虚しさがある。
「……こんな高いエプロンで料理なんて作れないよ」
嘆く莉子の元に、ドアベルが響いた。
「もう、閉店で」と言いかけたが、現れた面子に莉子は言葉を飲み込み言い直した。
「おかえりなさい、みんな」
手をあげ入ってきたのは巧と瑞樹、そして連藤である。
「莉子さん聞いてくれ。巧と瑞樹が俺に父の日プレゼントだそうだ。1ヶ月早いが」
そう掲げて見せてきたのは、莉子がいただいたエプロンのサイズ違いだ。
「ちょっとまさか……」
固まる莉子を置いて、「ささ、莉子さんもつけて見て」奈々美と優の2人がかりでエプロンをつけると、連藤と並ばせる。
「「お似合い」」
彼女たちは赤ら顔で満足そうに呟くが、莉子にしてみるとこの年齢でペアルックなどどう反応していいやら……
「代理、莉子さんもね、代理と同じエプロンしてるんだよ。ペアルックだねぇ。すごく似合ってる」
「オレも2人に似合ってると思うわ、そのエプロン」
瑞樹と巧が交互にエプロン姿を褒めるので、連藤もまんざらでもないようだ。顔つきがどんどん柔和になる。
だが反応がイマイチの莉子に、連藤は疑問を投げた。
「莉子さん、ペアルックとか嫌いかな?」
「あー、いや、その嫌いとかじゃなく、恥ずかしいっていう……」
「そうなのか?」
「ほんとだってば。恥ずかしいの」
莉子は全員の視線から逃れるように体をよじるが、連藤は莉子の方に向いたままだ。
「そうか。俺はとても嬉しいんだ。莉子さんと同じものを身につけられることはほとんどない。
だからこのエプロンはとても貴重で、とても新鮮で、すごく嬉しい」
純粋に心からこのペアルックを楽しんでいる連藤に感動すら覚える。
さすが元海外勤務の人は違うと莉子はうがった見方をしてみるが、素直になった方が感動は大きいかもしれない。
小さく頷き、彼女なりに覚悟を決めたのか、連藤の腕を取るとそれに抱きつき2人の写真を撮るように奈々美に伝える。
「写真を撮るのか? 俺は今日、髪の毛のセットも何もしてないんだが……」
慌てて髪をなで付ける連藤を無視し、数枚撮ったものを確認した。
「……ペアルック、悪くない…かも」
莉子のつぶやきを拾いあげ、連藤はニッコリ微笑んだ。
「仲良しが、より仲良しになれるだろ?」
「確かにそうかもしれないです」
エプロンのシワを引っ張り伸ばし、莉子も満面に笑顔を浮かばせた。
「ねぇ、ママ、今日の夕飯はぁ?」
酔った勢いなのか、奈々美が珍しくそんな台詞を言うので、それに便乗してか巧と瑞樹も莉子をママと呼び出す始末。
「……夕飯? ……ああ、決めました。
今日の夕飯は、オムライスにしますっ」
大きな子供4人から喝采が贈られる。
やはり子供に人気のオムライス。大きな子供でも有効なメニューだ。
「では連藤パパはチキンライスづくりを。私は薄焼き卵で巻く係になります」
「あ、莉子ママ、私と奈々美もなんか手伝うよ?」
言いながら彼女たちは腕をまくり、手を洗い始める。
「ここにある野菜でサラダ作ってもらえる?」
言うとすぐさま彼女たちはサラダ作りに取り掛かり始め、
「やっぱ、持つのは娘だわぁ」などと、さも自身の子供のように莉子が言うと、それに反応してぐずり始めたのは男子である。
「おれたちもなんかない? ねぇ? 手伝うよ? ねぇ?」
カウンターごしに喚く2人に連藤が、
「みんなで食事を囲めるようにテーブル組んでくれるか?」
言い終わらないうちに2人はテーブルのレイアウト替えに立ち上がった。
「やはり、息子も大事だぞ、莉子さん」
「そうみたいですね」
「ライス、もうすぐ上がるぞ」
「こっちも卵の準備、オッケーです」
お揃いのエプロンで作業する今日は、なぜか連藤とも以心伝心している気になる莉子であった。





