《第130話》今年のゴールデンウィークは?
今年のゴールデンウィークは、5月の1日と2日以外は祝日となっているため、人によっては4月28日から5月6日まで9日間休む人もいるだろう。
だが莉子にとっては稼ぎ時だ。
通常祝日はオフィス街近くのため、閑散とすることが多いのだが、こういったまとまった祝日の日は違う。
なぜなら、河川敷に人が集まるのだ。やれ焼肉だの、やれピクニックだのと家族連れからカップルまで幅広い。
去年からモーニングの営業も始めたのもあり、持ち帰り用ドリンクは好評だ。
昼間もテラスを解放し、自分の目の見える距離に氷を敷き詰め冷やしたジュースを差し込んでおくと、あら不思議。
皆さん、ここを立ち寄っていくではありませんか!
……逆に言えば、店内の客が少ないからこそできることではある。
今日は5月2日。連休の中の最後の平日だ。
朝の様子を見る限り、通勤の人影はそれほど多くなかった。みんな1日または2日を公休にし、前後で長期間のお休みにしているのだろう。
この様子だとランチ時間もそれほど混まない。莉子はそう見通すと、今日のランチを仕込んでいく。
が、連日の早起きに少し疲れが出てきている。腕の動きが鈍い。
莉子はブンブンと包丁を振り回し、肩を回して見るが、やはり凝り固まっているようだ。
今日は早めに店を閉めて、明日からの営業に精を出そう───
現在、朝10時であるが、莉子はそう決めると早い。
すぐにツイッター、フェイスブックなどで営業時間の短縮を流し、店の前にも張り紙を出した。
『本日、ランチタイム(14時オーダースタップ)にて、営業終了いたします』
「……よしっ! ランチ仕上げるか」
莉子は手を軽く叩き店内に戻ると、少しだけ身軽になった体で準備を始めた。
ランチの時間だが、予想通り人が少ない。
仕込んだものすら余りそうな勢いだ。
だが安心して欲しい。それを見越しての準備である。
パスタセットはアスパラとしめじと鶏肉のホワイトソースになる。これは在庫のホワイトソースを流用しているので在庫となっても問題ない。アスパラもしめじも鶏肉も明日使えるものだ。さらにビーフシチューは昨日の定休日で仕込んだものなので、余りがでても構わない。
そして、いつもは定食ものも作っていたのだが、今回は、準備なし!
今日はこの2品でランチ勝負である。
ようは、手抜きだ。
「いらっしゃい」
ドアベルの音に反応して声をかけると、連藤がいる。さらに後ろには巧の姿がある。
「2人で来店なんて、久しぶりだね」
「ああ、巧とたまたま業務が被ってな」
「おれも莉子さんとこ来てなかったし。
今日のメニュー何?」
2人はカウンターに腰を下ろし、メニューを眺めるが、
「今日はビーフシチューセットとパスタセットのみです」
「コンパクトにまとめたな。夜の営業がないからか?」
「その通りです、連藤さん。
そして見て、巧くん。この閑散とした店内」
見まわす限り、常連のおじいちゃんの姿しかない。
おじいちゃんも食事が終わったようで、莉子に手をあげ、コーヒーの催促をした。
「ということなので、2品からお選びください」
言いながらおじいちゃんのコーヒーの準備に取りかかる。お湯の調整をしたところで2人の手が上がった。
「莉子さん、ビーフシチュー2つ」
「はぁーい」
いつも通りにサラダを出し、パンを出し、そしてビーフシチューの登場だ。香ばしいデミグラスの香りが鼻をくすぐる。ひと口含めば、いつもの味ながらに、やはり旨い。
巧と連藤は口をほころばせながらビーフシチューを頬張っている。
「なぁ、莉子ちゃん」
常連のおじいちゃんが手招きしてくる。
「なぁに?」
「明日、孫が遊びに来るんだが、子供が食べられるようなのって、準備できたりするかい?」
「もちろん。いくつのお子さん?」
「小2なんだが……」
「わかったよ。アレルギーとかはない?」
「あの子はなんもない。大丈夫」
「したらお子様プレートひとつでいい? 何時頃来れそう?」
「12時ぴったりに来るよ。孫は今日の夜から来るから。
1人で来るんだよ。すごいだろ?」
「おお、小旅行なんだね。すごいわぁ」
莉子が感心しながら頷いていると、
「莉子さん、お子様メニューなんて作れるの?」
巧がいやらしい言い方で聞いてくる。
「巧くん、今の時代、グーグル先生がいるんだよ。
どんなことでも答えてくれるいい先生がね!」
「莉子さん、なんなら仕込みを手伝いに来るが」
色眼鏡越しに目を輝かせる連藤を眺め、莉子はため息交じりに「いいよ」と返す。
さきほどまで美味しさで顔をほころばせていた彼だが、今度はにたにたとした笑顔に変わる。
「連藤って、マジで顔にでるよな」
「何がだ?」
返事とともに顔が引き締まるが、先ほどの表情を消し去るだけの効力はない。
すぐに顔が溶け始める。
「その顔、その顔。午後からそんな顔で仕事すんのかよ」
「別にいいだろ。早退する」
「今、ちょうど暇だしなぁ」
2人遠くを眺めたのを莉子は確認し、おじいちゃんのグラスに水を足した。
「あの子たちはいつも忙しそうだな」
言いつつ水を飲み、
「莉子ちゃんもね。
今日はゆっくりするんだよ」
それはとても温かい眼差しだ。
春の木漏れ日のようだ。
「ありが」
「岩田のおじいさん、任せてください。俺がいるんで、莉子さんはしっかり休ませますっ」
ずいっと体を突き出したのは連藤だ。
この男は聖徳太子の生まれ変わりなのだろうか。
巧と会話していたではないのか?
「ああ、連藤くんなら莉子ちゃんを頼めるよ」
「え、じいちゃん、おれは? おれは?」
「巧はまだだな」
3人で他愛のない会話が続いていく。
莉子は、それを眺めるのが本当に楽しく感じる。
いつもの光景にも見えるが、去年の今頃はまだまだおじいちゃんと距離があったのだ。
人とのやりとりで時間の経過を確認しながら、お子様ランチについて莉子は頭を回転させていた。
今年のゴールデンウィークはこんな感じのようだ。





