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café「R」〜料理とワインと、ちょっぴり恋愛!?〜  作者: 木村色吹 @yolu
第3章 café「R」〜カフェから巡る四季 2巡目〜

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《第129話》悩める春

 季節は梅雨に向けて着々と歩みを進めているようだが、新人という肩書きの人たちも、着々と会社に向けて歩みを進めている。

 真新しいスーツに身を包んだ新人が、この時期本当に目立つ。地方支社勤務であっても研修を本社で行うところは多い。このオフィス街は本社が多いようで、ひと塊となったスーツの集団が朝はウキウキと歩き、夕方には肩を落とし歩く姿が面白い。彼らに与えられているのは、難しい仕事なのかもしれないし、基本的なことをしているのかもしれないし、もっと別な意味のものを行っているのかもしれない。

 なんにせよ、今月は始まりの月。

 たどたどしく歩く人が増える月なのだ。


 そして、たどたどしく店へと入って来たのは、瑞樹である。


「ひとりでランチ?」


 莉子が水を運びながら尋ねると、こくりと頷き、受け取ったコップの水を一気に飲み干し、グラスが差し出された。

 すぐに水差しを運び、注いでやると再び口をつけ、半分程度飲み干して落ち着いたようだ。


「……どうし」莉子が声をかけるよりも早く瑞樹が泣きついた。


「莉子さんどぉーしょぉぉぉ。

 オレに後輩ができちゃったヨォォォ」


 莉子は目を瞬かせるが、

「仕方がないよ。入社2年目だもん。教育係ではないでしょ」


「そりゃそうですよ。それはもっと上の先輩がやりますよ!」


「したら瑞樹くんは何が不安なの?」


 もう一度水を注ぎ、莉子はメニュー表を手渡すとカウンターへと戻り、ほかの接客に当たる。

 本日だが、流石に新入社員のランチは見られなかったが、見慣れない腕章をつけている人がいる。指導員という文字が踊っているので、何かの監督者なのだろう。

 水を運んでいくと腕章に気づいたのか顔を赤らめ外してた彼女に、「お疲れ様です」莉子が声をかけると、小さく会釈をしながら、「今年から事務の基本を教えることになって、こんな腕章つけなきゃいけなくて」思わず言い訳のように現状を話してしまうのもわかる。

 誰も好き好んで指導したい人はいないだろう。

 だいたい自分の仕事が2倍以上に増えてしまうのだ。手間がかかるし、気は遣うし、何もいいことはない。

だが、奥の彼は、指導員でもないくせに泣き言を言っている。一体なんなんだ?


 今日はビーフシチューがよく出る日だと思いながらこなしていると、ようやく彼の手があげられたので、メニューを聞きに莉子は向かった。


「胃に優しいランチ」


 瑞樹にボソリと言われ、

「んー……

 今日のランチは、ビーフシチュー、和風タラコパスタ、日替わりランチはチキンカツですけど」


「じゃあ、和風タラコパスタ……」


 この時期は胃に優しいメニューも入れなきゃダメなのか……?

 莉子は明日のメニューにカレイの唐揚げ大根おろし餡を思いつき、メモをしておいた。


 これは今日のメニューではないので、さっそく、和風タラコパスタを作っていきましょう。


 パスタを時間短めに茹でている間に、隣のフライパンでマッシュルームと豚肉、小松菜を炒めていく。

 軽く下味をつけておき、そこへ茹で上がったパスタを投入。

 そこに麺つゆとだし醤油を入れ、からめてから味見をし、火を止めた。その中にほぐしたタラコとバターを混ぜてたペーストをスプーンで2杯落とし、あおりながら混ぜていき、そのバターが溶けたら完成!

 皿に盛り付け、出すだけだ。


「へい、お待ち」


 湯気からバターの香りが上がってくる。

 瑞樹はフォークを取り上げ、ひと口含んだ。

 鼻から抜けるバターの香りはもちろんだが、麺つゆの風味とバターの風味がよく合っている。さらにタラコの塩気が味をまとめ、小松菜のシャキシャキ感と苦味が、歯ごたえと味に変化を出す。


 これなら完食できそうだ。


 舌なじみのいい和風の味と、少し洋風なバターの風味にしっかり食欲を起こされた瑞樹だが、食べ終えれば今までの悩みなどミジンコぐらい些細なことのように感じてくる。

 満足そうに息を吐くが、きっと会社に行けばまたむくむくと頭をもたげ、大きな悩みとなってまた復活するのだろう。


「はぁ」思わずため息が落ちた。


「はい、サービス」

 食後のコーヒーと一緒にケーキがでてきた。3口程度で終わるほどに小さいものだが、こういうときの甘いものはありがたい。周りを見ると今日はみんなにケーキを配っているようだ。

 4月の妙に忙しい雰囲気に、ケーキの甘さがじんわりと心を溶かしてくれる。


「張り合おうとするから、悩むんじゃないの?」

 莉子は瑞樹の隣に立って言うが、


「張り合えないから、悩むんだよ」

 いつになく声が小さい。

「だってさ、新人君、身長は190超え、八頭身の美男子で、プレゼン能力、仕事の処理能力が、あの連藤代理の再来とまで言われてるんだよ? オレなんてさ……」


「あーミラクルハイパーなヤツが入ってきたのか……

 私はそういうのよくわかんないから申し訳ないんだけど、でも瑞樹くんはいいとこいっぱいあるから、そんな見た目に負けないで欲しいな。

 今まで通りの、明るくて、悩みが多くて、頑張り屋の瑞樹くんでいいと思うんだ」


「成長してないじゃん」


「してるよ! 何事も前向きに取り組んでくれるようになったし、たぶん、優さんのおかげもあると思う。

 自分の意思をしっかり表現するようになったし」


「……ほんと?」


「さぁ?」

 大げさに肩をすくめて見せるが、瑞樹は輝かしい瞳を一気にしぼませ、「期待させないでよぉ」泣きそうな声を上げる。


「最初からめっちゃできる人は神様の親戚だと思って、生暖かく見守りましょ」

 莉子は空いた皿をトレイに乗せていると、


「……ねぇ、」


「ん?」


「莉子さんは、連藤代理のこと、神様だと思う?」


「あの人は努力家だから」


 なぜか喉が詰まった。

 確かにやり手の連藤代理だが、代理なりに努力を重ねているのだ。

 そう言われると言葉が、ない。


「……ねぇ、」


「はい」


「……オレも、連藤代理みたいになれるかな」


「そだね。なりたい人がいるのは大事なことだよ?

 なる努力してみて、合わないなぁって思ったら、変えたらいいし」


「はぁ……

 莉子さんはいっつも適当だなぁ……」


「だって、正解がないからね。だから自分が間違っていても納得できれば、それでいいんじゃないかな」


「なかなか哲学ですね」


「でしょ?

 さ、今日も午後からお仕事あるなら、もうひと頑張りしてきなさい。

 瑞樹くんのできる範囲でしかこなせません。

 自分の力以上は無理なのよ、なんでも」


 そう言うと莉子は、ドアベルを鳴らしたお客様に駆け寄り、頭を下げた。

 何事かと見ていると、キャパオーバー、というやつである。

 まだテーブル席とカウンターが空いているが、彼女がさばききれないと判断したようだ。

 焼き菓子を手渡し、時間をおいてか、日にちを変えての来店を伝えている。

 来店者はわかりましたと手を上げて去って言ったが、やはり何かしらの代替案の提示は必要そうだ。

 とは言っても、無理にこなしても手が回らないなら、断る勇気も必要なんだと見せつけられて、余計に自分の仕事はどうなんだろうと思ってしまう瑞樹は、最後のコーヒーを飲みきり、立ち上がった。


「午後から頑張れそうですか?」


「オレは仕事できないからみんなに迷惑かけるけど、頑張る努力はできるかなって」


「私も頑張る努力はできるかな。私も連藤さんに勝ちたいし」


「お互い、ライバルっすね」


「そっすよ、瑞樹くんっ!」


 莉子はお釣りを渡しながら、

「そだ、お仕事って間食とりながらでもできるの?」


「うん、全然問題ないよ?」


「したら、このブラウニー持って行って。ちょっと作りすぎちゃったから」


「わかった。代理に渡しとくね」


「ちがっ、そう言う意味じゃなくって」


 焦る莉子をにやりと眺め、

「莉子さん、今日の夜は何時閉め?」


「え……と、今日は22時を予定してます」


「したら夜も来るね」


 紙袋を抱えて駆けて行った瑞樹の背中は去年より、少し大きくなったように見えなくもない。

 こうやって成長をしていくのだと思うと莉子も感慨深く感じるものだが、自身の店のことも考えていかなくてはいけないかもしれない。


「メニューを減らして一人でやるか、メニューそのままバイトを入れるか……

 決められないな、こればっかりは」


 空いた席の皿を片付けながら莉子は考えるが、やはり春は悩みがつきものかもしれない。


「今日はロゼでも飲んで、悩みを流そうかしら。

 メニューはなんにしようかなぁ……」


 この悩みも尽きないようだ。

 春は心の浮き沈みも激しくなりやすい。

 落ち込む時は落ち込んで、どっぷりはまり込めばいい。

 そんな時に手を差し伸べる友人がいるのだから、彼も私も恵まれている。


 そう、恵まれてるのだ。


 去年のもう少しあとか。

 初めて巧の父が来店したときに全員で撮った写真を眺め、莉子は微笑んだ。

 携帯画面を撫でてから、再び厨房へと潜って行った。

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