《第13話》オーナー、地雷撤去に挑む
オーナーの地雷撤去はうまくいくのだろうか──
今回は三井がメインのお話。なので、連藤もよくでてきます。先輩たちになりますよ。
カップルのあり方、それぞれですよね(意味深)
ドリンク関係はカウンター内でもできるように一式備えつけてあるため、昼のピークが過ぎた現在15時。この時間だと、奥の厨房ではなくカウンターに移動する。
ケーキはカウンター下のガラスケースにあるし、簡単な料理やパフェなどもカウンターで作れるように機材・材料共に準備は万端だ。
ま、そうしていたからといって、お客が来るとも限らないが───
だが今日は、ランチからいる奥のカップルが気になって気になって仕方がない。
「手が止まってるようだが」
連藤だ。
「音で何やってるのか詮索するのやめてくださるぅ?」
「俺のコーヒーがまだだからな」
「だから今ミル引いてるでしょ?
美味しいの淹れるから待ってて」少し尖った声になるのはご愛嬌。
すぐにいつも通りのリズムになる。
粉ができあがって、ミルの蓋を二回叩いてから、挽きたての豆を出す。
そしてステンレスフィルターの中に入れ、三回叩いてならす。
それから湯を注ぎ、一旦待つ。
きっと豆のふくらみなど確認しているのだろう。
それが落ち着いたら、さらにお湯を注ぎ入れる。
入れ方も莉子独特の間と、注ぎ方がある。
息を吸って吐くような、そんな細かな間合いが感じられる。
それをやりこなして、ようやく、カップが手元に届くのだ。
こうして音を聞いていると、コーヒーにはカジュアルながらも礼儀作法があるように感じられる。
そして自分の正面に置かれたカップからのぼる湯気に連藤は微笑んだ。
「いつもの香りだ」
ふと顔を上げた連藤だが、見えていないはずなのに、まるでこちらを見ている錯覚に陥るのは、彼の勘がいいのか、感覚なのか。
そんなに眩しい笑顔で言わないでほしい。
顔が赤くなる!
「それはどーも」
おかげで、声が冷たくなってしまう。
だが連藤はあまり気にならないようだ。
変わらずのペースでコーヒーを楽しんでいる。
もしかすると、彼なりに気づいているのかもしれない。
それなら尚、恥ずかしい!
カッと頬と耳が熱くなった。
莉子は思わずカウンターの下に潜り、作業をしている振りをして、ごまかしてみる。
深呼吸を繰り返した時、
「おい、莉子、勘定」
ひょっこりと顔を出してみるが、
「はいはい」
顔は真顔だった。
今日の気になるカップルの男の方だ。
三井である。
が、なんとなく、この呼び捨てはイラッとする。
───しかし、この隣にいる女は、何人目だろう。
最近よく見かける女だ。
野球でいう7番打者程度に思っていたが、4番にのし上がろうとしている……気がする。
どちらかというと、今のポジションは4番のための3番打者という雰囲気だな───
「莉子、今日のコーヒー、なんだっけ?」
「ああ、コロンビアの単品になるよ」
「彼女がうまかったって。
あ、美咲って言うんだ」
そう紹介された彼女は黒髪のボブに、白のシャツワンピース。
肩と胸元で布が切り返しになっているもので、肩部分がシースルーのものだ。
スカートはフレアになっており、白いサンダルが見える。
サンダルは使い込まれているのか、少し汚れている。
手前に掲げるカバンはシャネルのロゴがデカデカと光っているが、どうも新しい。
───貢がせたか?
一瞬ざっくりと観察し、莉子は笑顔を作った。
「美咲さん、美味しかったそうでありがとうございます。何度かお越しになってますよね」
「あのぅ、三井さんとどんな関係なんですかぁ?」
───はぁ?
「美咲、俺はここの常連。
色々世話になってんだよ。
こいつが、あの連藤」
カウンターに座る彼を指差し、三井が言った。
美咲はすかさず前に出て、見えない連藤に会釈をした。
「連藤さんですね。
三井さんから、よく聞いてますぅ」
私、美咲といいます。などと言いながら、握手をしている。
連藤は戸惑いながらも握手を返すが、
───おい、コラッ
色目使ってんじゃねーぞ。
見えてねーけどな!!
しかし、喋りながら肩をすぼませたり、上目遣いをしたりと、忙しい女だ。
ボディタッチも甚だしい。
そして、どうも三井よりも連藤のほうが好みと見える。
ま、三井は少し派手なほうだろう。
連藤と三井は同じようにシャツにジーンズだが、三井のほうはネックレスが下がり、ベルトのバックルも少しごつめ。つま先の尖ったブーツに時計はロレックス。
190近くある身長だからこそ、これぐらいの格好をしても様になる気がする。
好きじゃないけど。
連藤のほうは、シンプルな白シャツにスリムのジーンズ。靴は革靴、靴先は尖っているけど、紐靴なのと、ジーンズの裾を少しだけロールアップしているのが、カジュアル感を出している。
私がしたんだけどね!
そのスタイルの要素もさることながら、彼が『盲目』というのもあるのかもしれない。
「連藤さんって、一人で帰れるんですかぁ?」
介護したいーオーラ出てるわぁー……
無表情のまま眺める莉子の前で、
「ああ、それは問題ない。
慣れた道だし、彼女もいるし」
ナチュラルに煽るね、あんた───
彼女と称して連藤の指が向いた方向は、「私」。
睨みつけてますけどー。
なんで睨まれないといけないんだろうなー。
そんな美咲の視線には全く気づかない二人の男は楽しげに会話を続けている。
「お前らこれからデートか?」
「5時に店を閉じて、ディナーでも行こうと思ってな」
「お前、オーナー並みの権限あるな」
「たまには他の店でも食事がしたいと思って調整してもらったんだ。
あ、莉子さんの料理が不味いとかそんなんじゃないんだが……」
焦る連藤に莉子は、はははと笑って返してみる。
幸せそうに笑いあう二人と対照的に、黒い感情が垣間見れる女と、その感情に煽られ無表情になる女がそこにはいた────
「コーヒー隣に置くぞ」
朝の挨拶代わりだ。三井が連藤のデスクにカップを置いた。
「昨日のディナーどうだったよ」
連藤はいるであろう方向を見上げ、満足そうな笑顔を作る。
「大変良かった。
大通りから一本外れるんだが、イタリアン料理の店に行ったんだ。
カジュアルなんだが、チーズの種類が多いのと、セレクトされたワインがまた美味くて──」
週明けの日は、どこかへ出かけるとその情報共有をお互いにしている。
特に三井は現在彼女が5人いるため、遠方から近場まで幅広く情報を得てくる。
連藤のほうも、最近は莉子との外食が増えたため、新しいレストランやメニュー内容の情報をよく交換しているのだ。
「そうだ、三井」
「なんだ?」
「莉子さんが言ってたんだが、
昨日の美咲さんって人、そうとうヤバイって言っていたんだが、
……顔が、そんなに悪いのか?」
「お前、たまに直球ですごいこと言うよな」
連藤なりに気遣って言ったようだ。
一拍の間があった。
だが言葉のチョイスがストレートすぎる。
彼の面白いところではあるが。
しかしながら、三井は首をひねっていた。
「まず、顔はヤバくないからな!
しっかし、何がヤバイのかわかんねーな……
だってさ、今までにない清楚感とお嬢様な感じ?
お前にも気遣ってただろ?
そういうところが、もう、今までにない感じで良いんだよ」
目が見えなくとも鼻の下が伸びているのがわかる。
それほどまでに声のトーンが明るく高くなっているのだ。
のめり込み方は結構なもの───
連藤はすぐさま定時で仕事をあがると、カフェへと向かった。
正直連藤自身も三井ののめり込み方に驚いていた。
現在の彼女を平等に愛するのが彼のモットーなのである。
それに関わらず、彼は今、美咲にどハマりしている。
「莉子さん、美咲さんの何が問題なんだ?」
オーダーもせずにカウンターに座り、開口一番、連藤が尋ねた。
が、莉子はうんと一つ返事をしたまま、答えを言わない。
コルクを抜く音がする。
「私の予想が正しければ、彼女は今日、ここに来るはず。
何時かわからないけどね」
そういって出されたのは白ワイン、ソービニヨンブランのワインである。
「今日、アスパラが届いたんだぁ。
産地直送ってすごいよねー!」
フランスのロワール産のソービニヨンブランだという。
最初のアタックはフレッシュなグレープフルーツの香りがする。
一口含むと透明感のあるしっかりとした果実味、そしてミネラル感と爽やかな酸味が駆け抜けていく。
時間が経つにつれて青臭いの香りもしてきた。
と同時に、アスパラのサラダが現れた。
「そのまま塩で茹でてます。皮をむいてあるから味馴染みもいいはず。
野菜ブイヨンと少しの塩で味をつけたスープをゼラチンでゆるく固めてジュレにしてみたんだ。
アスパラにからめてあるので、いっしょにどうぞ」
開けたばかりのワインなので、フレッシュ感が強い。
その飲み口のところに、このアスパラは、絶妙に合う!
連藤は無言でうなずき、静かに微笑み頬張った。
彼女も思わず笑みをこぼすと、置かれた連藤のグラスに乾杯し、飲み始めた。
これがここのスタイルである。
オーナーが早い時間から飲んでいる日もある、ということだ。
平日の夜のここはそれほど混むことはない。
今もひと組入ってきたが、女性客になる。
だいたい予約をしていないとディナーを出さない仕組みなっている。
なので来られた女性客は、デザートとドリンクが目当てだ。
ミニパフェとコーヒーのオーダーを取り、カウンターへ戻ったとき、彼女の顔が渋くなる。
「やっぱり来たな……」
遠くから淑やかに歩いているつもりだろうか。
慣れないヒールのせいか、ぴこぴこと横に揺れている。
歩幅はせまくゆっくりだ。
到着するのは5分後といったところか。
「あの美咲さんって人、
多分、地雷女ってヤツだよ」
「地雷女?」
「知らない?
付き合ったらヤバイ女。
彼女、格好は清楚系だけど、今の流行りをとってるだけで、個性が見えづらくて、ブランドものは最新に固めてるけど、服の質が悪いからどうも偏って見えるんだよね。
靴なんて手入れされてなかったし。あれだけヨレてたら普通は買い換えるレベルだもん。
あとカバンの中がぐちゃぐちゃ。たくさんの小物と荷物が混同してあるのは、そのまま部屋もそんな感じ。整理整頓できてないってことは、男も整理整頓できない人が多いんだよねー。
飽くまで一部だとは思うんだけど。
それに物に溢れている人は、物欲がすごいんだ。
だから他の人のものも欲しくなる人。
次に連藤さんを狙ってるよ」
「は?」
連藤が素っ頓狂な声を上げた時、がらんと扉が鳴った。
「あ〜、連藤さんだぁ!」
美咲の声が上がった。
素早く駆け寄り、連藤の隣へ腰を下ろした。
「運命感じちゃいますぅ。
今、三井さん待ってるんですよぅ」
連藤の腕に絡みつく勢いだ。
連藤は自然な動きで間合いを取ると、莉子を見やった。
見つめても私は助けませんよ。
心の中で言葉を返すが、まるで濡れた子猫のような顔つきになっている───
「いらっしゃい、美咲さん、何か飲みますか?」
いつものとおりに声をかけるが、
「じゃぁ、連藤さんと同じのください」
「白ワインでいいですか?」
「私、結構、ワイン得意なんです」
その言葉通りに、すぐにグラスを置き、ワインを注ぐ。
香りをかぐ仕草もなく、そのまま口につけた。
香りのいいワインなんだけど。もったいない。
「あのぅ、
このワイン、まだ開いてないんじゃないんですか?」
お?
「いや、このワイン」連藤が思わず口を開いたが、
「連藤さんは黙ってて大丈夫です。
目が見えないから、騙されてるんですよ!」
彼女はいきなり立ち上がり、莉子を指差し言った。
「こんな美味しくないワイン、初めて飲みました!
それでも料理人ですか?
ホント有り得ない……
美味しい飲み頃になったときに出すものでしょう?
温度だってすごく冷えてないし。
常識ないんじゃないですか?」
「はぁ」莉子は返事をするが生返事だ。
「連藤さん、こんなとこやめて、別なお店に行きましょう!
私、もっと素敵なお店、知ってますから。
ワインもすごく美味しいんですよっ」
連藤の腕を持ち上げたとき、彼女の前に壁ができていた。
「美咲、お前、俺とここで待ち合わせしてるって?」
黒い気をまとっているように感じる。
寒気がするほどだ。
それは多分2m近い男の凄みによるのだろう。
視線がずぶりと突き刺さってくる。
いやぁ、呼び出しといた甲斐があったわー。
莉子は素早く携帯をしまった。
美咲はしどろもどろに返事を返すが、
「美咲さ、ワインなんて全然知らないってこの前言ってたよな?」
がちりと肩を掴むと、
「で、連藤とワイン飲みに行くの?」
声が荒立つが、
「三井さんなんて、何人も彼女いるじゃない!」
それもそうだな。でもここでそれがでるか。
莉子はどちらを応援すべきか迷うが、ここで泥試合はして欲しくないと思う。
少し奥の席の女性客がドン引きである。
通い慣れている方々なので、アイスクリーム追加で口止めしよう。
そんな中、三井が続いた。
「俺はひとの女には手を出さねぇよ。
だいたい他の女がいること伝えて、付き合ってるだろ」
潔い。
実に爽快なぐらい潔い。
彼のルールが、ポリシーが垣間見える一言だ。
「お前みたいな女は俺に合わない。
俺の友人に手を出すなんてもっての外。
オーナーには世話になってるのも何度も話してたのにこのザマはないよな」
「だってこんな女に連藤さんはふさわしくないもの!
こんな化粧っ気のない、ブサイクなのに!」
ひょー。言われたくないところを───
「ブサイクで結構!
揉めるようならお帰り下さい。
三井さん、あんたはどうする?」
「こいつを放り出してくる」
「よろしい」
騒ぎ続ける美咲を腕力でねじ伏せ、扉の外へと引きずっていく。
人質のように掴まれていた連藤は放たれた解放感からか、少し放心しているようだ。
気を取り直したように前を向くと、
「莉子さん、」
「どうしました?」
返事をするが手招きをしてくる。
はて、と近づくと、するりと手を伸ばしてきた。
うまくかわそうとするが、ぱたぱたと頭の場所を確認すると、おもむろに顔の形をかたどり出した。
「ちょ、なにしてるんですか?」
「ちょっと待ってください」
連藤は莉子の頬を手で挟んだまま、小さく傾げた。
「莉子さんは鼻筋は通っている方だし、目は小さいかもしれないが、それだって普通程度……
顔も小顔になると思うんだが、
どこがブサイクなんだ?」
───知らんがな!!
莉子は素早く連藤の手を払い、
「ブサイクかどうかは、三井さんに聞いたらわかると思います。あの人、ハッキリ言うし。
あ、帰って来た」
莉子はそれをきっかけにすぐに他注文の準備を始めた。
まだミニパフェを出していないのだ!
在庫になってしまったチーズケーキもパフェに添えて、素早く綺麗に仕上げていく。
慣れた仕事は早い。
瞬く間に作り上げると、口止めを添えて出してきた。
カウンターへと戻ってくると項垂れている三井がいる。
「こういうことだったのかぁ……」
連藤はかける言葉が見つからないのか、淡々とワインを口に運んでいる。
「莉子、俺もワイン」
「わかったよー」
口の大きく、赤ワイン用に見えるグラスに白ワインを注ぐ。
軽く回してワインを嗅ぐと、ミネラル感が強く、フレッシュなフレーバーも強く感じられる。
「いい香りだな。
──なぁ、莉子、いつから気付いてた?」
「昨日かな。核心に変わった感じ。
やっぱりカバンの中がグチャグチャなのと、いいブランドのバッグを持ってるのに、服がそこらの安い服を着ているのは、地雷の確率が上がると思うよ。物欲旺盛ってことは、人のものにも手を出しやすいってことですよ。
以後、気をつけなはれや!」
ぴしゃりというと、合わせてアスパラのサラダが出てくる。
「このワインはね、アスパラの香りもするんだ。
時間が経ったから余計に感じやすくなると思うんだ。
さっきはジュレをかけたけど、今回は茹でアスパラにホタテと海老のソテーを添えて、グレープフルーツの果肉を入れたオリーブオイルメインのドレッシングにしてみました」
彼女はワインを嗅いで、自分の分であろうアスパラを頬張ると、んー!と声をあげる。
まさしく酸味と苦味とうまくマッチしているではないか!
イメージ通りの味である。
連藤も先ほどとは違う食感、味に驚いているようだ。
三井は居酒屋のお通しのように食べ、水のようにワインを飲んでいる。
「三井さん、チーズと、パスタも出せるけど食べる?」
「頼む」
妙に決意を込めた声が聞こえる。
自分の女セレクトの落ち度に、かなり参っているようだ。
やけ酒する気だろう。
このワインが終わったら、安いワインに切り替えよう。
奥のカウンターへ莉子が消えた後、連藤が三井に向き直った。
「なぁ、三井、」
「な、なんだ?
悪かったよ、巻き込んで」
「それはどうでもいい。
──莉子さんは、ブサイクなのか?」
さっき美咲が言った言葉を引きずっているようだ。
「莉子さんが、三井に聞けと言ったので、教えてくれないか」
いたく真面目な顔つきだ。
「お前はどう思ってるんだ?」
「俺は可愛らしい方だと思ってる。
見た目もな。
……見えてないけど」
三井が一つ息を吐き出した。
ため息ではない。
何か切り替える息遣いだ。
「俺はお前と莉子は似てると思ってる」
「顔が?」
「いや、顔以上に、雰囲気だろうな。
笑顔の作り方とか。
美人とか可愛いとか関係なしに、似てるって感じかなぁ」
「似てるって、いいな。
イメージしやすい」
莉子がチーズの盛り合わせを先に持ってきた。
「なんか、連藤さん、上機嫌なんだけど、なんかあった?」
「「別に」」
二人の男の声が響いた。
だが、楽しそうな明るい声だ。
───地雷撤去完了であります!
莉子は心の隊長に報告した。
アスパラの香りのワインはアスパラに本当に合うのですよ。
海鮮系のソテーなんかも甘味とすっきり感で美味しくなりますよねー
そしてカップルで似ているのは、見ているこちらは微笑ましいものです。
仲良くなるにつれて、だんだんと顔が似てくるのも面白いところ。
今回、少し長くてすみません。
もう少し短くまとめられるよう、努力します。。。





