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café「R」〜料理とワインと、ちょっぴり恋愛!?〜  作者: 木村色吹 @yolu
第3章 café「R」〜カフェから巡る四季 2巡目〜

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《第125話》春だけど夏並みに

 昼間はエアコンを入れている。冷房の方だ。

 意外と早朝は冷えている時もあり、朝の通りに昼も同じく薄手のコートを羽織ってくると、どうしても店内が暑く感じる。そのためランチの時間は、コートを腕にかけてくる人も多く、きっと朝の気持ちで外へ出て、失敗した人だろう。 

 しかしながら春らしくない。

 春の前に夏が来そうな勢いだ。


 お好みでレモン水を差し出しているのだが、それを一気の飲み干し比呂巳が言った。


「もう1杯飲みたいな、莉子ちゃん」


 そう、連藤の父親だ。

 本日、仕事の関係でこの付近まで来たという。1月に会った以来だからと、ここまで足を運んでくれたのだ。

 今日のランチは春野菜パスタを用意していたが、ビーフシチューのご指名だ。

 気に入ったらそれを食べ続けるタイプと莉子は判断した。


 慣れた手つきでカウンターに腰掛ける比呂巳へビーフシチューを運ぶと、彼は美味しそうに顔をほころばし、湯気の香りを嗅いだ。


「やっぱり莉子ちゃんのビーフシチューは和み系だね」


「どういう意味ですか?」


「かずくんのビーフシチューはなんていうのかなぁ……高級志向っていうか、僕は好みじゃない」


「なら、もう二度と作らん」


 言いつつ腰を下ろしたのは連藤と三井である。


「2人で来るの珍しいね」


 莉子が話しかけると三井が首を横に振った。


「連藤がさ、親父がカフェにいるから付き合えって、それで仕方なく来ただけだ」


「仕方なくなら、水だけでいいかな?」


 莉子がごとりとグラスを置くと、


「ちょ、莉子、飯……」


「はい?」


「そんな怒んなよ。俺に春野菜パスタくれよ」


「はいはい」


 莉子にツノが生えたように、どことなく連藤にもツノが生えているように思う。

 連藤にお忍びでここに来たのではなく、父から連絡が入っていたようだ。

 連藤にしてみると、プライベートに関わって欲しくない、そんな気持ちなのかもしれない。


「かずくん、なんでそんなにピリピリしてるのよ。

 いいじゃないたまには。こんなランチしたことなかったんだし」


「確かに今までないが、ここでなくてもいいと思う」


「えー、だって莉子ちゃんのビーフシチュー美味しいんだもん。

 いいじゃない。かずくんは毎日食べられるけど、僕はそうはいかないし」


「……好きにしろ」


 吐き捨てるように連藤が言うが、父の比呂巳はどこ吹く風。

 出されたビーフシチューをただただ美味しそうに頬張っている。


 莉子はこれが2人の距離感なのかと納得し、連藤に声をかけた。


「連藤さん、今日は何ランチにします?」


「ビーフシチューをいただきたい」


「わかりました」


 莉子は、返事をすると同時に準備にかかった。

 すぐに厨房へと姿が消えていくが、比呂巳は彼女の背中を見送った後、御構いなしに連藤に話かける。


「かずくんもビーフシチューなんだね。今日のも美味しいよ」


「そんなことは知っている。

 ……なぁ、三井、俺と父の間に座ってくれないか」


「あ? 親子の語らう時間だろ? 我慢しろよ」


「少しぐらい緩和の役に立ってくれ」

 連藤がすがるように三井に言うが、三井は呆れたように、


「俺はお前みたいにならないように半年に1回、1時間と決めて会いに行ってる。

 おかげでプライベートの妨害は今のところ、ない」


「かずくんなら、1年に1回も来てないね。

 三井くんのこと、見習ったら?」


「俺はあんたのその干渉気味のところが嫌なんだ。根掘り葉掘り聞いてくるし。

 三井の1時間は無言が多いだろうが、俺の1時間は父親の独擅場だ……」


「なんか連藤さん、思春期の男の子みたい」


 莉子がいいながらランチのサラダを置いていく。

 連藤と三井は無言でそれを口に運ぶが、比呂巳はにやにやしたままパンをちぎって頬張っている。


 淡々と食事をしながらも、ここのランチタイムは客が絶えない。

 新たな来客の度に、莉子は1人走り回って笑顔を振りまき、テキパキと仕事をこなす姿を比呂巳は視線だけで辿っていたようだ。


「ねぇかずくん、」


「なんだ」


「莉子ちゃんってすごいね」


「ああ」


「やっぱりかずくんは、仕事をバリバリしてる女の人が好きなのね」


「言ってる意味がわからないが」


「僕の奥さんがそうだったからね」


「親父と同じって言いたいのか」


 連藤が呆れたようにため息をつくが、三井が2人のやりとりにただただ笑っている。


「何がおかしい、三井」


 さらに苛立ちを巻き散らしながら連藤が言うが、


「俺んとこの親は威厳の塊でそんなやりとりもできないからな。それぞれ親子があっていいじゃねぇか連藤」


 連藤らしくなく、鼻でふんと息を吐き捨てた。

 収まりきらない苛立ちを吹き飛ばしたようだ。ほんの少しだが。


 莉子は男3人で過ごす昼食を横目で見ながら、パスタを仕上げ、ビーフシチューを盛り付け終えると、2人の前にすべりだした。


「さぁ、召し上がれ」


 いつも通り莉子は連藤の手を取り、皿の場所など教えると、その手の温もりに安らいだのか、少し表情が柔らかく緩む。そしてそのままビーフシチューをひとくち含んだ。


 やはり、いつも通りに、美味しいビーフシチューだ。

 肉はほどけ、旨味が溢れ、野菜の酸味が心地よい。


 連藤は噛みしめる度に幸せを感じていると、三井はパスタの中身に気がついたようだ。

 緑のそれをフォークに刺して掲げると、


「莉子、もう菜の花の時期なんだな」


 三井がいいながら頬張った。


「そうなんです。

 夏が来そうな気温ですが、春がここに来てますよ」


 春の苦味は、冬に溜まった老廃物を排出するために必要なものだという。

 親子の関係も、デトックスすると少しはスッキリするかもしれない。


 春は始まりの季節。それは終わりという意味でもある。


 今日のランチが今までの関係を見直すいい機会に、なったかどうかは、2人のみぞ知るといったところか———



「ね、莉子ちゃん、今日のオススメのケーキある?」


 食べ終えた比呂巳が莉子に尋ねてきた。


「今日はフルーツタルトですね。ブンタンがのってて美味しいですよ」


「じゃ、それと紅茶もらおうかな。かずくんと三井くんは?」


「あ、俺は大丈夫です。すみません、なんか」三井が会釈をしながら言うのに対し、


「俺はいらん」連藤は冷徹なまでにはっきりと断った。


「2人とも少食だね。だからそんなに細いんだね。

 僕なんかこの前さぁ、」


「親父」


「何?」


「黙れ」


 ……なかなか溝は深いのかもしれない。

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