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café「R」〜料理とワインと、ちょっぴり恋愛!?〜  作者: 木村色吹 @yolu
第3章 café「R」〜カフェから巡る四季 2巡目〜

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《第124話》莉子の苦悩 後編

 予定通りに店を上がる準備を進める莉子を眺めるように、連藤は莉子の足音をたどって耳を傾けている。

 莉子は見守られているようで、その連藤の雰囲気が好きだ。

 他の人だと監視されているようで気分が悪いと言うかもしれない。

 だが目が見えない連藤が、彼女の足跡を聞き当て、さらに聞き分け、どんなことをしているのか気にしてくれていると思うと、自分が本当に特別な存在なのだと感じることができる。


 鼻歌を歌いたいところだが、そんなことをする余裕はなかった。

 皿を片付け、明日の営業のためのテーブルセッティング、レジの確認、厨房の元栓確認など、やることは山盛りある。

 いつものルーチンというように、流す動きでもれなく閉店の作業を行う莉子の横で、連藤は最後の1杯といいながら、グラスのワインを飲み干した。


 莉子はそれすら予想していたのか、華麗な動きで皿とグラスを奪うと、食洗機へと食器をおさめ、ボタンを押した。

 ぽんぽんと手を叩き、「今日のお仕事終了です」莉子の小さな声が聞こえる。

 連藤は腕時計をなぞり、時刻を確認した。

 21時30分。さすがとしか言いようがない。

 莉子の閉店管理に関しては、誰も右手に出ないのではと思うほど、無駄のない動きで済まされる。

 彼女なりにチェック表を作っているらしく、今日の日報を5分程度で書き上げれば、あとは居住区へと移動するだけだ。


 今日はその移動にクラフティが一緒についてくる。 

 甘い香りの後ろを辿り、連藤も彼女の休憩地であるリビングに到着した。


「連藤さん、お風呂にする?

 クラフティ食べる?」


「クラフティをいただきたい。できればカフェインレスの紅茶も欲しい」


「おーワガママきましたねー。では、淹れますねー」


 莉子はワガママと言いながら、このお願いが好きな気がする。

 足音が弾む雰囲気があるからだ。

 カフェと同じ要領でケーキを切り出し、オーブントースターに入れると、すぐに電気ポットに水を注いだ。カチリと電源を下げ、お湯を沸かしている間にフレンチプレスの準備に取り掛かる。

 茶葉を選んでいるのか缶の蓋の開け閉めの音がするが、どれにか決めたようでさらさらと茶葉をフレンチプレスの中に入れている。


「連藤さん、はちみつ入れる?」


「いや、ストレートでいい」


「はーい」


 莉子は返事を返すと、お茶の蒸らし終えた時間と同時に、クラフティの入ったオーブントースターがチンと鳴った。それを皿に乗せてトレイにまとめ揃えると、リビングのテーブルへと運んでいく。

 すでに連藤はジャケットを脱ぎ、椅子に腰を下ろすと、ゆっくりと彼女の動く音を聞きながら待っていたようだ。


 ベストを着込んだまま、首元のボタンを外したシャツのラフさが、まぁ色っぽい。

 テーブルに肘をついて莉子を眺める姿など、眼福もいいところなのだが、態度に出さないように気をつけつつ、彼の前にケーキとお茶が乗ったトレイを差し出した。

 莉子はケーキ用のフォークを持たせ、皿の位置、カップの位置を知らせると、彼は無言でうなづき、ケーキをひとくち、すくいあげた。

 莉子も連藤の向かいに腰をおろし、同じくケーキにフォークを落とす。


 ほぼ同時に口に含んだが、あまりの熱さにふたりともに目が見開いた。

 口から放り出すほどの熱さではないため、なんとか我慢はできるが、カスタードクリームの熱のこもり方はあんかけ並みの熱量だろう。


 だがとろけるクリームと甘酸っぱいベリーの酸味が見事にマッチしている。

 これはコーヒーより紅茶が合うかもしれない。

 コーヒーのフレーバーは意外と強い。だがお茶であればほのかな香りがクリームのアクセントになって、まとまりがいい。


「莉子さん、これは冷めても美味しい気がする」


「プリンみたいになって美味しいでしょうねぇ……」


 莉子は口でとろけるクリームに感動しながら、冷めたときのイメージを膨らませているようだ。

 とても美味しい気がする。冷めて食べるならコーヒーも合うかもしれない。

 もったりとしたクリームをコーヒーの苦味と熱さで洗い流すのは、とても魅力的な合わせ方だ。


 どんな果物がさらに合うか、紅茶の茶葉ならどれがいいなど会話しながら、2人は食後のデザートを堪能し終えると、連藤はいつもの流れでリビングのソファに腰を下ろした。

 莉子も食器の片付けを適当に済ませ、連藤の隣に移動する。


 これは、甘えるチャンスではなかろうか……


 そう思うが、どうしたらいいかわからない。

 あのインターネットの言葉など、みじんこ以上に役に立たない。


 莉子は戸惑いながらも口を開いた。


「れ、連藤さん……?」


「どうかしたか、莉子さん」


「あの……」


「うん」


「これから、連藤さんに、甘えますっ」


 宣言すると連藤は一瞬困った顔を浮かべたが、小さく頷くと、


「どうぞ」


 そう言って、なんとなく背筋を正した。

 莉子はもぞもぞと動き、連藤に向かい合うように連藤の股の間に腰を据えると、両脇の下に腕を通し、ぴったりと抱きついた。


「………莉子さん……」


「はい」胸の中に顔を埋める莉子は少し苦しそうだ。


「これ、正解……?」


「わかりません」


「なんか、コアラだな、これ」


「私もそう思う」


 莉子が答えるや否や連藤は莉子の脇に手を入れ体を持ち上げると、自身の横へと莉子を置いた。

 そして、左手で莉子の肩を抱きかかえ、自身の胸元へと莉子の頬が当たるように頭をもたれかけさせた。


「莉子さん、俺の心臓の音が聞こえるか?」


「はい、とくとく聞こえます」


「落ち着かないかな?」


「……いいえ、とくとく聞こえるのが心地いいです…」


「俺も甘えるとかよくはわからないが、莉子さんが一番リラックスできるのが、一番甘えられていることだと思う」


「……なるほど」


 連藤のシャツ越しに聞こえる心臓の音が優しい波の音のようで、そして時間を刻む時計の音のようで、今日1日がゆっくり閉じていく感覚になる。

 刻々と今日という時間が削られていくが、心音はその時間を埋めていく音に感じる。

 やすらにぎ変換されるからだろうか。


「連藤さん、あったかいね」


 莉子はさらに連藤に体を預け、目を瞑った。

 連藤は莉子に薄く微笑み、彼女の頬を撫でると、いつものようにワイヤレスイヤフォンで音楽を聴き始める。


 お互いのリラックスする音、触れるものがそばにあるというのは、本当に素晴らしい。

 連藤は莉子の髪を撫でなら、莉子の静かな寝息を感じながら、そう思うのだった。


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