《第121話》定休日だが来客あり
私のお見舞いのはずだったのに……
そう思う莉子が眺める光景は、ロフトの上ではしゃぎ回る巧と瑞樹の姿だ。
「もうそろそろ夕飯だから、ふたりとも、降りてきなさぁい」
対面キッチンのため、手元を動かしながら声をかけると、大きな返事がふたつ返ってくる。
それと同じくして、リビングに入って来たのは連藤だ。
来る連絡さえ入れれば、あとはいつでもどーぞというスタイルになったため、ふたりともに出入りは自由。なのでチャイムなしでの帰宅だったのだが、連藤はある疑問を抱いていた。
「……誰が来てるんだ……」
玄関に入った際、靴があることに気づいたのだ。しかも『男性用の革靴』である。
ついこの間のこともあり、かなり莉子自身も気をつけているはずなのだが、営業なら定休日であろうと店に通すはずであるし、だが部屋に上げるとしたら……一体誰だ———
部屋に近づくにつれ、騒がしい声と莉子の声が聞こえてくる。『ふたりとも降りてきなさい』というフレーズにとても引っかかる。一体、何をしている? 大の大人の靴であるのに、この騒ぎ方はなんだ……?
恐る恐る扉を開くと、すぐに声がかかった。
「連藤おかえりー」
「代理、おかえりなさい」
聞き慣れた声がする。
その声になぜか安堵し、平静を装ってダイニングのテーブルへと腰をかけた。
だが少し動揺していたのか、いつもならぶつけない椅子をテーブルにぶつけ、スマートな着地とはならなかった。
「ああ、なんだ、巧たちも来てたのか」
「お見舞いにきたんだぁ」瑞樹ははしごに手をかけ、恐る恐る降りているが、巧はロフトの縁に手をかけ、くるりと着地した。
「その割には騒がしいが」
「ロフトが気に入ったらしくて、そこでふたりで騒いでました」
莉子の苦笑いが聞こえる。慣れたもので連藤からジャケットをするりと抜き取り、いつもの場所へしまいに行った。
「連藤、オレたちご飯食べるの、お前帰ってくるまで待ってたんだぜ?」
「ほんとぉ。もうお腹ペコペコだよぉ」
ふたりは連藤に文句を言いつつ、ジャケットを脱ぐと椅子にそのままかけ、腰を下ろす。
「ねね、莉子さん、今日のご飯、カレーでしょ?」
子犬のような懐っこさで、瑞樹が声をかけると、
「じゃぁ、何カレーでしょうか?
当たった人、大盛りになります」
「え? マジ?」
「ちょ、巧、本気出してるし」
「回答はひとり1回まで。
では、はい、巧くん」
指名しつつ、莉子はせっせとご飯を盛り、カレーを準備しているようだ。
「え、オレから? えー……瑞樹から言えよ」
「おれ? おれはねぇ……チキンカレー!」
「じゃあ、オレはシーフード」
「俺は豚だと思う」
「みんな出揃いましたね。
はい、正解は、こちら!」
莉子が運んできたのは、ひき肉いっぱいのキーマカレーだ。
しっかり煮込まれ、スパイスのいい香りが漂ってくる。
「はい、正解はキーマカレー。連藤さんが一番近かったですね。今日は豚のひき肉で作ったので」
「……当たるわけねーじゃん」
ボヤく巧に、
「参加賞として、食後にプリンが当たります」
一瞬目を輝かせたが、「ぷ、プリンだけじゃなぁ……」ちらりと莉子に視線を投げてくる。
「ちゃんとアラモードです。缶詰さくらんぼも付けます」
「じゃあ、いただきまーす!」
コップの水に入れられたスプーンを取り上げ、早速カレーに手をつけようとしたとき、ぱちりと巧の手が叩かれた。
「だめ。みんなで揃って、いただきますしてから」
「えー?」
「えー? じゃない。
ほら、サラダとスープもあるから運んで」
巧はしぶしぶ、瑞樹はいい返事をして、莉子に言われた通り料理を運び終えると、4人が椅子に座り手を合わせた。
「はい、いただきます」
連藤の発声に合わせ、
「「「いただきまーす」」」
3人も声をそろえると、待ちに待ったカレーへとスプーンを差し込んだ。
白いご飯とキーマカレーのルーを1:1になるようにすくい、巧は口に運んでいく。
カレーの香ばしい風味が広がったと同時に、甘みが舌に感じる。
だがそれがコクとなってカレーを包んでいるのがよくわかる。
さらに肉の旨味はもちろん、きのこの旨味もしっかり詰まっており、臭い消しで入れたのか、人参のみじん切りもしっかり煮込まれているため、青臭くなくいい風味になっている。
少しトマトも入れたのだろうか。酸味も感じる。だがこの酸味は味が濃いめのカレーをさっぱり感じさせる効果があるようで、もうひと口、もうひと口と誘われてしまう。
さらにこの辛味がちょうどいい!
甘さがあるためそれほど辛くないと思いがちだが、あとから湧いてくる舌への辛味がじわりと額から汗をにじませ、さらに食欲をあおってくるのだから、タチが悪い。
やはりキーマカレーは普通のカレーよりも水分が少ない分、濃厚な味わいと肉のがっつり感を楽しめるのが魅力のカレーだ。
「……莉子さん、おかわりってある?」
「ちゃんと用意してますよ」
「じゃ、莉子さんおかわり!」巧の声に続き、瑞樹も「おれもおかわりしたい」皿を持って立ち上がった。
「ほら、瑞樹くんは自分でカレーをよそいに行きます。巧くんもここは私の家です。店ではありません。
自分のことは自分でしなさい」
「……奈々美みたい……」
「なんか言った?」莉子が鋭く睨むと、巧は飛び上がるように立ち上がり、キッチンへと向かっていく。
「食べ切りそうになるなら、他に誰も食べないか確認するんだよ?」
「わかってるー」
返事はするが、瑞樹とご飯の量とルーの量でもめているようだ。
勝手にしたらいい。
莉子は小さくため息をついて、連藤を見やった。
連藤は淡々と自分のペースでカレーを口に運び、飲み込んでいるが、うっすらと笑っている。
食事が美味しすぎて、というわけではなく、この時間に笑っているのだ。
「連藤さん、何、にやにやしてるの?」
「……ん? なんか家族みたいだなって思ってな」
思い返せばこんな賑やかな食卓を囲むのは、久しぶりな気がする。
それは莉子であれ、連藤であれ、もちろん巧もそうだ。
いつもは店でカウンター越しに食事をすることが大半だが、自身の家で、家庭の食器で、テーブルで、顔を合わせて食事をするというのは本当に、今までなかったことかもしれない。
この前の大雪キャンプは三井もいたので、いつものメンバーが集まったという雰囲気だった。
瑞樹は連藤の言葉を聞いていたのか、おかわり分を皿に乗せて席に着くと、
「家族かぁ。したら、代理はお父さんかな。莉子さんはお母さん。巧は長男だなぁ、ワガママ放題だから」
「はぁ? オレ、そんなワガママじゃねーし」
「そうかなぁ?」瑞樹はおどけた顔で返すが、巧は不満なようだ。
「でも、莉子さんは、家族だから。オレと」
「おれたち、だよぉ」
瑞樹が肩を揺すって巧にアピールする。
「莉子さんは家族か。したら俺はどうなるんだ?」
「連藤か……
親戚の口うるさいおばさんだな」
「おば……
それでも親族だよ、連藤さん」
莉子が笑いながら嬉しそうに言うが、連藤は納得できていないようだ。
「おばさ……!
せめて、兄とか何か言いようがあると思うん」
「はいはい、そこまで。
カレー食べ終わったら、少し休んでデザートにしよう」
「「はーい」」
巧と瑞樹の元気な返事が聞こえてくる。
連藤からの声がないため、
「ほら、連藤おばさんは?」
「おばさんじゃない!」
たまには大勢の食事も楽しいものです。
莉子はそんな日常の幸せを感じながら、お茶の準備に取り掛かった。





